第46話
高林くんの一件と同様、勇くんが爆発した後一週間ほど休校になった。だけど、その間も朝食の当番は続く。当初から人数が四人も減ったことで、朝当番は三人から二人制に変わっていた。
僕は七時八分頃に食堂に到着し、一人で配膳の準備を進める。今日の当番は僕と天音さん。彼女はいつも僕より早く食堂に来ているのに珍しいなと思いながら、休校中だから寝坊でもしているのかなと思い直す。だけど、七時十分を過ぎても彼女がここに来る気配はない。
「具合でも悪いのかな……?」
僕はさっさと六人分の朝食を整えて、三階へ向かった。女子の階に行くのは実は初めてで、少し緊張する。
一番手前の〝天音〟と書かれた表札を確かめ、ドアをノックする。
「天音さーん、大丈夫? 今日朝当番だったんだけど、具合でも悪いの?」
僕の呼びかけは虚空に消え、ドアの向こう側からは何の返事もない。
「天音さーん」
もう一度ノックをしながら呼びかけるが、やはり返答はない。
僕はさすがにおかしいと思ってドアノブに手をかける。だけど、ここの寮はオートロックだから簡単には開かない。と思っていたら、ドアの下の方にカードキーが挟まっている。まるで取って下さいと言わんばかりに。
僕は怪訝な表情をしながらもそれを手に取り、扉の鍵を解除する。ライトが緑に変化し、ピーッと音が鳴る。
「し、失礼しまーす……」
女子の一人暮らしの部屋に許可なく入るなんて勿論初めての経験で、僕は唾を呑み込みながら細くドアを開けて中を見る。だけど暗くてよく見えない。仕方なく、勇気を振り絞りながら体を部屋の中へ入れた。
「天音さーん、朝ですよー」
日和っている僕は起こしに来たにも拘らず普通の音量で声をかけることもできず、小声で部屋の奥へ進む。そして、カーテンの隙間から差し込む光に照らされた天音さんを見て、僕の心臓は止まりそうになった。多分本当に数秒止まったと思う。
部屋の天井に備え付けられている蛍光灯から輪っか状に垂れ下がる紐。そこからだらんとぶら下がった天音さん。
「天音……さん……?」
僕は血の気の無い彼女を前に頭の中は真っ白になり、呆然と立ち尽くした。暫くして今度は〝自殺〟という単語が脳内を埋め尽くす。部屋の外から涼葉の声が聞こえてきて僕は我に返り、急いで天音さんの前にあったテーブルに上って彼女を紐から解放する。
必死な形相で、彼女を抱きかかえるようにして床に寝かせた。まだ僅かに温かいけど、普通の人間より硬かった。
「どうして……?」
何も喋らず横たわる彼女に僕は語りかける。表情がどうしようもなく歪む僕とは対照的に、天音さんのそれは穏やかだった。
このまま僕がここにいてもどうしようもない。早く水川先生に知らせよう。そう思って部屋を出ようと立ち上がって、床に封筒が落ちているのが目に入った。僕はそれを取り、表紙に裏返す。
「『遺書』……?」
僕はいてもたってもいられなくなって、白い封筒から中の手紙を取り出した。そして、震える手でそれを乱雑に開く。
「雫ちゃん! 雫ちゃん!!」
ドアをドンドン叩きながら大声を出す涼葉の声が耳朶を打つ。きっと食堂に行って朝当番である僕と天音さんがいないことから、それぞれの部屋に探しに来たのだろう。
僕は無気力に立ち上がり扉を開いた。僕の視界には、驚愕を極めた涼葉、一条さん、西園寺さんの顔が飛び込んできた。
「……ゆーすけどうしたの?」
どうして僕が天音さんの部屋にいるかを問うのではなく、涼葉は僕の心配をした。きっと僕の瞳からは涙が流れていたからだと思う。手には所々濡れた天音さんの手紙を携え、僕は涼葉の言葉にぼそりと呟いた。
「天音さんが……死んでた……」
涼葉の瞳が見開かれ、彼女は入口にいた僕を押し退けて奥に走った。そして横たわる彼女を見つけ、その場にへたり込んだ。一条さんと西園寺さんも涼葉の後を追う。
「どうして自殺なんか……」
息を吐くように零れ落ちた涼葉の言葉に、僕は天音さんの遺書を彼女に差し出した。涼葉はそれを黙って受け取り、涙で濡れてインクが滲んでしまった文面を見て黙読する。
『みんなへ
みんながこの手紙を読んでいる頃、わたしはきっとこの世にいないと思います。
まず一言、謝らせてください。勝手に死んでしまってごめんなさい。わたしはみんなみたいに強くないから、いつ死ぬか分からないという状況にいつも怯えていました。心が壊れそうで、自分が自分ではないようで、正直発狂しそうな時が幾度となくありました。それでも、能力を使用しなければ生きられるのだと知って、少し安心していました。でも、勇くんがあのようなことになったことで、やはりわたしたちが死と隣り合わせで生きているという事実は変わらない、不可思議な死を抑えることはできないのだと知りました。それでわたしはもう生きていることに限界を感じました。裏切り者として疑われていることも、辛かった原因の一つだと思います。沢山悩んで沢山迷って出した答えです。いつ訪れるか分からない死に怯えて生きていくより、わたしは自分の手で自分の人生を終えることを選びました。後悔がないかと訊かれると、生きたいというのが本音なので返答に窮してしまいますが、それでもわたしは自分の出した答えに迷いはありません。唯一残念なのが、みんなとずっと一緒にいられないことです。
勝手に死んで勝手に迷惑かけて、本当に申し訳なく思っています。ですが、最初で最後のわたしのお願いを聞いてください。お母さんとお父さんにわたしが謝罪と感謝をしていたと伝えてほしいのです。折角生んでくれたのに、二人の許可もなく、しかも二人から離れた遠い地で自ら命を絶つこと、本当にごめんなさい。そして、今まで育ててくれて、わたしのことを沢山愛してくれて、本当にどうもありがとうございました。言葉では言い表せないくらい、本当に本当に感謝しています。
最後に……、必ずこの島を無事に脱出し、元気に自分の家へ帰ってください。わたしは死んだ後もみんなが笑える日が来ることを切に祈っています。今まで大変お世話になりました。本当にどうもありがとうございました。
天音 雫
追伸
透谷くん、みんなで一緒に栃木に行く約束守れなくてごめんなさい。思う存分、楽しんできてね』
手紙がくしゃりと音を立てて歪む。上からぽたぽたと零れ落ちる涙は、紙に吸収されて文字をぼかす。
「勝手すぎるよ……」
涼葉が泣き崩れ、手にしていた手紙が腕と共に落ちる。
生暖かいものが床を濡らし、徐々に強さを増す光が外から差し込んでそれに反射する。その光景は、今の僕たちが置かれている最悪な状況に希望の光がきっと差し込むという天音さんからのメッセージのような気がした。




