第42話
十分くらい経っただろうか。トラックが止まった。潮の匂いもいつもより強く、波の音が細波程度に聞こえる。
みんなに向かって腕を動かし、外に出る合図を送る。そして、静かに荷台から下りようとしたその時、呼吸が止まった。僕たちの網膜に信じられない像が結ばれる。
「――――トラックの旅は如何だったかな?」
都築冬子。薄暗がりの中、彼女が両手を腰に当てて僕たちの前に立っていた。
誰も何も言えない。ただ、驚愕と狼狽と失望がその場を支配していた。
なぜ彼女がここにいる!? 僕たちの居場所を特定できる術があるのか!?
じわりと額に嫌な汗が浮き出る。
居場所が分かったとしても、向かう先が分からなければ先回りはできない。だけど、都築先生は確かにそこにいる。
では、どうして彼女はここに来られたのか。僕たちの行き先を予測したのか、あるいは――。
僕は脳内に浮かび上がった一つの存在を振り払おうとするが、難しい。
――――内通者。
国サイドの人間がこの中にいると考えれば、都築先生がこの場にいる説明がつく。だけど、そう判断するのはあまりにも結論を急ぎ過ぎている。一度僕たちは脱走を試みているのだ。それを考えると先生たちが警戒していてもおかしくないし、この間の件でこの島に波止場があることは周知の事実だ。だとすると、先生たちが僕たちの行く手にいても不思議ではない。ここにいる教員たちなら、それくらいの思考を巡らせるくらい朝飯前だろう。
みんなの士気が完全に消滅してしまっている中、僕は視線を落とし、拳を握りしめる。
ここで終わるわけにはいかない。脱出できるとしたら今しかないんだ!
「みんな……」
僕は息を吐きながら言葉を漏らす。そして次に顔を上げ、眼前に立ちはだかる都築先生を精一杯睨み付けた。
「行くよ!」
必死に走り、荷台から飛び降りたその足で都築先生に掴みかかる。荷台の中で呆然としていた他のメンバーも僕の意図が解ったのか、走って外に飛び出す。こちらは八人。女性教師一人を倒せない人数ではない。
みんなは荷台の中でつけた助走を利用して、跳び蹴りを放とうとする。
僕はというと、情けないことに都築先生に腹部を思い切り蹴り上げられ、呼吸困難に陥っていた。この暗さでは視界が悪すぎる。酸素を取り込もうと喘ぐけど、肺にそれは入ってこない。苦しくて両手で腹部を覆い、距離を取る。
「くっ…………」
僕は細めた片目で状況を把握しようと努める。そして気付いた。さっきまで勢いづいていたはずなのに、今では誰も動いていなかったのだ。彼らの脚が目に入る。それは徐々に後退し、トラックに彼らの背が付く。
嫌な予感がして、僕は力一杯頭を上げた。そして彼らの静止の意味を知った。
都築先生以外の脚が三人分。彼女の横には、水川先生、大崎先生、小鳥先生が物凄い存在感を携え佇んでいたのだ。
「くそ……っ!!」
さすがにもう無理かもしれないという思いが脳裏を過る。でも、それでも諦めるわけにはいかない。
「早坂くん!」
僕は全身から声を発した。
「船だ!!」
早坂くんの体がピクリと反応する。それに応じて大崎先生がそうはさせまいとトラックの横に立ち、船への道を塞ぐ。
「何をやっている!? 早く行け!!」
大崎先生の大声が空に響く。言われた業者の二人は頷く間もなく、波止場に止められた船へ乗り込んだ。
僕の瞳は唇を噛み締めて苦い表情を浮かべる早坂くんを捉える。彼の能力があれば今の状況で島の外に出ることは容易い。だけど早坂くんは逡巡している。能力の使用による死と隣り合わせにいる今、彼を責めることは誰にもできない。僕は早坂くんにとても酷な要求をしたのだ。
強く目を瞑り諦めかけたその時、僕の体の前を疾風が駆け抜けた。まさか、と思い急いで目を開ける。そこに存在していたものが、ない。
「なっ……!」
早坂くんが立っていた場所に僅かに巻いた風が残り、その場に全員の注目が集まる。大崎先生は目を剥き、だけどすぐに船の方に体を捻った。波止場を離れ始めた船の中には早坂くんの姿があった。
大崎先生が歯を噛みながら波止場へ走る。
「おい! そいつを海へ投げ捨てろ!」
舵を取っていない方の男が、大崎先生の言葉に反応して早坂くんに掴みかかろうとするけど、彼は軽く躱す。能力を使用していなくても、早坂くんは元々動きが早い。多分、能力を使用している時の感覚が体に染みついているのだろう。
大崎先生の言うことを忠実に守ろうとするところを見ると、業者の二人もどうやら国側の人間の一味のようだ。ここに品物を運びに来ていることから考えても、事情を知っていると考えるのが妥当だ。
男は早坂くんを船から追い出そうと奮闘しているけど、攻撃はどれも当たっていなかった。早坂くんは男の背後を取ると、サッカーで鍛えた脚力で強力な一撃を加えた。見事ヒットし、男は床に頭を打ちつけながらその場に倒れる。
早坂くんはそこで一度息を吐き、僕たちの方に体を向けて精一杯叫んだ。
「必ず運命を超えてみせる!!」
僕たちの目が見開かれる。
〝運命を超える〟。それは僕たちに共通する想い。
早坂くんは僕たちの引き締まった表情を見て微笑んでから、気絶した男を引っ張るように携え、そのまま舵を取るもう一人の元へ向かった。舵を握っていた男は近づく足音に身を翻して絶句する。男の眼前には意識を失った相方がドサリと音を立てて床に捨てられ、その横には白い制服を着た生徒が立っていたのだから。
早坂くんはクールにも手をパンパンと払うと、いつもの爽やかさで言い放ったのだった。
「こうはなりたくないでしょ? だったら、おれの生活圏までちゃんと連れて行ってね」
白い船は夜の海に光を灯しながら、島から離れて行った。




