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不可避なLIMIT  作者:
第三章 「ESCAPE」
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第35話

 職員室の次は、斜め向かいにある謎の扉。前に一度一人でその扉のレバーハンドルに手をかけたことがあったけど、その時は動きもしなかった。ハンドルの上にカードの差し込み口があるところを見ると、寮と同じようにオートロックになっているのだろう。


 仕方なく僕たちも外に出た。校舎から離れ、鉄棒が並ぶ校庭の最奥に向かう。


 風が吹く度にさらさらと靡く宮本さんの黒髪からいい匂いがする。僕は彼女の整った横顔を見て、ふと疑問が口を突いて出てしまった。


「宮本さんは凄い美人なのに、その……、どうして男の子っぽい喋り方するの?」


 そして、言ってから激しく後悔。美しい顔が崩され、ギロリと尖った目が僕に向く。


「す、すみません! いや別にただ勿体ないと思っただけというか、思ったことがつい出てしまったというか……」


 おろおろと言い訳をする僕を睨み付けた後、宮本さんは前を向いた。お咎めがなかったことに僕は安堵する。


「……アタシ、父親いないんだよ」


 ぽつりと呟かれたその言の葉は、静かに僕の鼓膜を震わせた。僕はゆっくりと宮本さんに焦点を合わせ、横顔を見つめる。


「アタシが生まれる前に事故で亡くなったって聞いてる。母親は昔から体が弱くて、なのにアタシのために必死に働いて学費を工面してる。そんな母親を見て、守ってやれるのはアタシしかいないって思った時があったんだ。その時はまだ何も解ってなくて、テレビで喧嘩のシーンを見て自分なりに勉強したりして、小学生の苛めっ子をやっつけたり、母親をバカにしたクラスメイトの男子をボコボコにしたりしてた。とにかく力が強ければいいと思ってたんだ。そんなことをしてたら、知らない間に不良と呼ばれる連中とつるむようになってて、気付いたら言葉遣いもこんなんになってたってわけさ」


 宮本さんを初めて見た時、思いっきり不良だし怖そうだと思った。だけど、不思議と悪い人ではないと思っていた。それが今裏付けられたような気がした。彼女は根はとても真っ直ぐだけど、不器用な女の子だ。


 何も話さない僕の顔を覗き、宮本さんは自嘲気味に笑みを溢した。


「笑っちまうよな。世間では不良少女という目で見られ、母親はその親として見られる。守ると決めたアタシが実際には母親を苦しめてた。当時の自分の考えが浅はか過ぎて、ホント笑えるよ」


 急に真顔に戻った宮本さんは、誰に言われるでもなく更に話を続ける。本当は誰かに打ち明けたかったのかもしれない。


「でも、だからこそアタシはこの国家プロジェクトに参加したんだ。手紙を読んだ時点で何となく怪しいって思ってた。だけど、それに参加すれば将来が保障されるって書いてあったから……! これで母親に迷惑をかけずに済むって思ったよ。このプロジェクトから戻ったら、好きな会社に入れる権利を行使して沢山働いて、沢山金を稼ぐ。それで母親に謝りたいんだ……」


 薄らと湿った瞳をして、宮本さんは僕に目を向けた。


「どうしてあんたにこんなこと話しちまったんだろうな」

「何でだろうね。それは宮本さんにしか分からないよ」

「そりゃそうだ。今の話、絶対誰にも言うなよ? もし言ったらタダじゃおかないからな」

「……承知しております」


 僕は苦笑してから、宮本さんに向き直った。彼女は不思議そうに若干首を傾げる。


「きっとお母さんは解ってたよ、宮本さんの気持ち。自分のために一生懸命になってくれてる娘のことを。今まで迷惑かけてしまったと思ってる宮本さんなら、この先必ず本当の意味でお母さんを守っていくことができると思うよ」


 宮本さんは目を丸くして、それから少し嬉しそうに穏やかに微笑んだ。僕はそれを見て確信する。こんな風に笑えるのであれば、この先心配はいらないと。


 校舎から離れた、鉄棒の並ぶ校庭の最奥。僕たちはそこで足を止める。


「これくらい離れてたら、例の部屋の中見れる?」


 透視のように近くのものを見通すことのできない宮本さんに僕は確認する。彼女は静かに佇む校舎を前面に目を細めた。


「多分大丈夫だと思う」


 宮本さんはスーッと息を吸い、ゆっくりと吐いてから、一度瞑った瞼を持ち上げた。その瞳の先は大地を這うように滑り、そのまま校舎まで辿り着く。標的の部屋に視線が集中し、宮本さんが口を開く。


「スイッチらしきものはない……。四方の部屋であまり広くない。誰もいないし、何もない」


 宮本さんが能力を解除して、僕の方に首を捻る。そして彼女は眉根を寄せながら、いつもと様子の違う僕を見て訊ねる。


「どうした?」


 僕の瞳孔はこれ以上ないほどに開かれ、体はわななき、鼓動は速く大きく脈打つ。拳を握りしめ、その場に立ち竦み、僕は震える声で、告げた。


「体が……点滅してる……」


 宮本さんの目が見開かれ、彼女は息を呑みながら自分の両掌を眺める。それは確かに赤くピカッと光った。これで彼女の点滅は三度になる。あと二回点滅したら宮本さんは――――


 宮本さんの儚げな瞳には一瞬にして涙が溜まり、それは泉のように溢れ出す。わなわなと震える唇を必死に動かす宮本さんを見ながら、僕は何もすることができない。


「お母さんにごめんって伝――」


 以前耳にした、忘れたくても忘れられない〝ピ――――ッ〟という機械音が鳴り響く。それは彼女が最後まで言葉を口にすることを阻んだ。宮本さんの必死な顔が瞬時に消え去る。爆発による爆風が僕を吹き飛ばし、地面に体を叩きつける。


 幸い意識が飛ぶこともなく、体のあちこちを痛めながらも僕はすぐに上体を起こした。すると、ちょうどカラカラという音を立てて何かが自分の方へ転がって来た。僕はそれを見て、泣きそうに掠れた声で必死に彼女の名を呼ぶ。


「宮本さん……!!」


 転がって来たのは、黒い煤と血に塗れ傷ついたヒヨコのチャーム。宮本さんが集めてケータイに付けていたストラップ。それを手で掴み、顔部分に付着した煤を親指で拭い去る。


「うわあああぁ―――――――――――――――――――――――!!」


 僕はその場に崩れるように慟哭した。


 水色のペンキが剥げた鉄棒には赤い染み、地面に広がる土には黒ずんだ斑点。そこには不気味にも肉片が飛散していた。濃い橙に彩られた空は、その場に同化するかのように色を落とす。


 僕の手の中のヒヨコは――――泣いていた。

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