第34話
都築先生が教卓の上でトントンと教科書やら出席簿やらを整え、一言。
「それでは、解散」
その一言が合図となって、僕たちは日常と化してしまった非日常の中で日常を装い、散り散りに教室から姿を消す。ここ数ヶ月の光景と何ら変わらないように見える放課後を送ろうとする生徒たちを都築先生が目で追う。自分の発した〝解散〟という言葉が〝この区画から〟という意味で捉えられているなどということは露知らず。
僕たちは遂に非日常の中で更なる非日常に足を踏み入れた。これからが一勝負である。
「先生、ちょっといいですか? この部分の英訳なんですけど……」
涼葉が英語の教科書を手に、早速都築先生に近づく。涼葉は偶にだけど、都築先生に勉強についての質問をすることがある。だから、きっと都築先生は涼葉を怪しんでいない。
僕は英文を読み上げる涼葉の声を聞きながら、教室の外で待っていた宮本さんと合流する。
僕たちのミッションは、どこかに隠されているフェンスの電流を止めるスイッチを探すこと。ただ、闇雲に探しても時間が勿体ない。ここは当たりをつけて探すのが適切である。
スイッチが隠されている場所として可能性が高いと僕が睨むのは、フェンスの入口付近、あまり生徒が近づかない職員室、そしてその職員室の向かいにある誰も出入りしない謎の部屋。
今現在、都築先生は教室、小鳥先生は購買、大崎先生は保健室、水川先生は寮にいるはず。
階段を下りると、ちょうど保健室に入っていった西園寺さんが見えた。その扉の向こうから大崎先生の大きな声が聞こえてくる。あまり保健室にやって来ない、ぬいぐるみを抱えた人形のような西園寺さんに大崎先生はご満悦のようだ。
僕と宮本さんは顔を見合わせ頷き、まず職員室から物色することにした。扉を細く開けて中を覗く。やはり誰もいない。
職員室は思ったより小さかった。先生が四人しかいないのだから、それも当然のことかもしれない。四つのグレーデスクが向かい合って並べられ、そのブロックが右と左に一つずつ設置されていた。壁沿いには本棚やキャビネットが立てられている。
僕たちは物音を立てないように慎重に中に入り、素早く先生たちのデスクやキャビネットを調べた。ざっと見たところではスイッチはなさそうである。
「ん?」
僕は小鳥先生の袖机を開けたところで、その中に入っていた一部の資料の表題に目を留めた。
「『人間の潜在能力における研究について』……?」
白すぎるほどのA4用紙に明朝体で印字された無機質な黒字が映える。
クリアファイルに入れられたその資料を取り出し、僕はページを捲る。A4の紙に細かい文字が羅列していた。
「あんた、何してんだよ! 用がないならさっさと次行くぞ! いつ奴らに見つかるか分からないんだからな!」
宮本さんが小声で急かしてくる。僕は手に持つこの資料に目を落としながら、仕方なくそれを元の場所に戻した。
「ったく、のんびりするな!」
「すみません……」
目を三角にした宮本さんに怒られてから、僕は職員室から出ようとした。その時だった。
保健室の扉がガラリと乱暴に開かれ、中から大崎先生が走ってきた。僕たちは廊下に出そうとしていた足を咄嗟に引っ込め、細く開いた扉の脇に体を張り付けた。宮本さんは僕なんかよりも機敏に動き、廊下の様子を窺っている。
大崎先生は僕たちに気付く様子もなく、職員室の前を通り過ぎた。遅れて、西園寺さんが保健室から走って来る。
「西園寺さん! どうしたの!?」
僕は職員室から飛び出し、大崎先生を追いかけようとする西園寺さんの目の前に立った。彼女は困惑した様子で廊下の先と僕を交互に見つめる。
「突然保健室でピーピーって音が鳴って、そうしたら大崎先生が恐ろしい形相になって走って行った……」
西園寺さんがそう説明した直後、二階から涼葉の叫ぶ声が聞こえてきた。
「ちょっと先生! どこ行くんですか!?」
それと同時にドタドタと慌ただしく階段を駆け下りる音が聞こえ、都築先生が姿を現した。彼女は僕たちを一瞥するも、そのまま外に走って行ってしまった。続いて涼葉がやって来る。
「あ、ゆーすけ! わたしは都築先生を追うから、そっちは自分たちの任務を全うして!」
涼葉はそれだけ言うと、上履きのまま外に駆け出した。
「わたしも行ってくる!」
西園寺さんは一言残し、涼葉の後を追って走って行ってしまった。
どうして先生たちが一斉に外に走って行ったのか、物凄く気になる。航輝たちが脱走したことに関係があるのか、それは判らない。だけど涼葉の言う通り、折角チーム分けをしたのだから、途中で予想外の出来事が起こったからといって先生たちを追いかけるよりも、それは涼葉たちに任せて当初の予定通り自分たちはスイッチを探した方がいい。そんなに大人数で先生たちの行動を追っても、あまり意味がない。
「アタシたちはどうすんだよ」
「僕たちは引き続きスイッチを探す」
宮本さんは僕の決定に特に異を唱える様子もなく、首肯した。




