第30話
「また透谷か。お前って意外と病弱なんだな」
昼休み。僕は来たくもないのに、仕方なく保健室に足を運んでいた。暑苦しい大男、大崎先生と話すために。
僕は先生の前に置かれていた、回転する丸椅子に腰かけた。
「病弱ってわけじゃないですよ。ただ最近ちょっと眠れなくて……」
「高林のことか……。お前たちは直に見たんだもんな。そりゃあショックだよな……」
俯き、暗めの表情を見せる大崎先生。演技なのか、本当にそう思っているのか、判断が難しい。
「はい……、それで大崎先生なら睡眠薬を持っているんじゃないかと思って」
僕の台詞に、大崎先生は理解できないといったように首を傾げた。
「普通、ただの保健室に睡眠薬なんて置いてないぞ? そんなのは医者の所に行って処方されるもんだからな」
「そんなこと知ってます。でも先生たち、僕たちに睡眠薬飲ませたことありますよね」
初日のバスで飲ませたドリンク。僕は大崎先生の表情を窺う。
大崎先生の顔が徐々に険しくなっていく。これは当たりだ、と思っていると、完全に僕の予想外の返答がきた。
「もしかして、ここに来る途中バスの中で渡した飲み物のことか? 残念ながらアレもうないんだよ。俺もここ来てすぐは寝付けなくてよ、余ってたやつ貰って飲んじまったんだ。ベッドが変わるとどうにも寝付けなくていかんな」
大崎先生は大男らしく豪快に笑っている。僕はその前で、口をポカンと開けてマヌケ面をお披露目していた。
あのドリンクに睡眠薬が入っていたことを簡単に認めた。そのことから推察するに、睡眠薬が入っているのはバレて当たり前の事実。隠す気など毛頭なかったということか。それに、もし大崎先生の言うことが本当だとすると、あの飲み物の中に危険物は入っていなかったことになる。そうすると、体内の爆弾は一体いつ付けられたのか……?
「それにしても、どうして僕たちに睡眠薬入りの飲み物なんて飲ませたんですか?」
「ん? ああ、それはな。長い間バスに乗ってて退屈するよりも、寝てる間に着いた方が生徒たちもいいんじゃないかっていう判断だ。それに、慣れない場所で疲れる前にぐっすり休んでおいた方がいいっていう、俺たちの優しさも入っている」
大崎先生は腕を組んで、うんうんと首を上下させている。
「ふーん、僕はてっきりこの場所を特定されないためだと思ってたけど、違ったみたいですね。それだったら大崎先生、ここがどこだか教えて下さいよ」
僕は少し意地悪そうに表情を歪める。相手がこの場所を隠そうとしていないという前提があれば、僕のストレートな質問に答えざるを得ない。そこで言葉を濁せば、隠す意図があるということがバレバレだ。さあ、どう来る?
大崎先生は数回目を瞬いた後、何事もなかったかのように答えた。
「悪い、透谷。俺もここがどこだか知らないんだ」
「は?」
「いやあ、俺もさ、みんなと同じように寝てる間に着いたら楽だなって思って、あのドリンク飲んで寝てたんだ」
「……でも、この国家プロジェクトに参加するに当たって事前説明とか受けてますよね? その時に場所を伝えられているんじゃないですか?」
「それがな、この国家プロジェクト、場所は行ってからのお楽しみ、とか言われてな。事前に教えてくれなかったんだ。ま、場所なんてどこでもいいやって思って、バスに乗っている時間暇だから寝てたってわけだ」
「…………………」
こいつ……!!
僕は歯噛みしつつ、力なく保健室を後にした。何だか全身から力が抜けてしまった気がする。そして物凄く悔しい!
大崎先生の話が本当かどうかは判らない。嘘と言われればそう聞こえるし、本当だと言われれば本当に聞こえる。だけど、この場所を特定できていない、という現状は何も変わっていないということだけは解る。
放課後、僕は一人でこの敷地を覆うフェンスの前にやって来た。唯一扉になっている、僕たちがフェンスの内側に入るために通った場所だ。南京錠のような頑丈そうな錠がかけられ、脱走者を許すまじと立ちはだかっている。
フェンスの外側へ行く場合、この鍵、もしくはフェンス自体を壊すのが手っ取り早い。フェンスは針金のように細いからペンチか何かがあればすぐに壊せそうだ。南京錠の鎖は太く、壊すのは難しそうだけど、ピッキングで鍵そのものを開けてしまうというのはどうだろうかと考えて、すぐに却下する。ピッキングは技術を必要とすると聞いたことがあるし、焦っている状況では素早く解除できるとも思えない。前もって鍵を開けておいたとしても、バレたら違う錠に取り換えられるだけだろうし、見つかった段階で脱走することがバレバレである。あまりメリットが感じられない。
ではやはりフェンスを壊すしかないかと考えて、それを見つめる。人が通れる範囲を壊す時間は脱走の際には大きなリスクとなる。予め少しずつ壊していき、脱走当日は蹴飛ばせば突き破れるくらいにしておけばいいか。
脱走の時間は、先生たちにバレないように深夜。でも、あの寮のセキュリティがどこまでのレベルか知らない。もしかしたらそんな夜中に生徒たちが寮を出たら、アラームが鳴る仕組みになっているかもしれない。これは事前に調べておく必要があるな。
僕は上を見上げた。フェンスの高さは約三メートル。いざとなれば登って脱走することも可能か。女の子だと登るのに時間がかかってしまうかもしれないけど、生きるか死ぬかの瀬戸際だったら、通常以上の力を発揮してくれるだろう。
それにしても、僕たちを閉じ込めているこのフェンス。すぐに壊せそうだし、高さもよじ登って向こう側へ行けそうなお粗末さ。まるで、脱走して下さいと言わんばかりだな。
僕は何とはなしにフェンスに手を触れた。
「―――――――――っ!?」
急に、手から全身に電流が走るようなビリビリとした激しい感覚が伝い、僕は抵抗もできずにそのまま意識を手放し、その場に倒れ込んでしまった。




