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不可避なLIMIT  作者:
第三章 「ESCAPE」
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第27話

 何もかもが分からなかった。


 どうしてあんなことになってしまったのか、あの場では何が起こっていたのか、どうして高林くんがあんな目に遭わなくてはならなかったのか、どうして自分があの場にいたのか……。


 人知を超えた不可解な現象、異常を通り越した奇怪な空間。なぜ事が起こったのかということに思考を巡らせようとする度、未だ鮮明に刻印されている記憶が蘇り、それは僕の脳内だけでなく心まで蝕んだ。


 僕たちにとって唯一の救いだったのは高林くんの悲惨な姿を見ずに済んだことだ。首が飛んでいたり、指が転がっていたり、足がもげていたりしたらと想像すると、吐き気が治まらない。


 あの惨劇から一週間が経過したけど、まだ誰もあの日から立ち直れていなかった。一応、その間は休校となったが、そんなものは気休めに過ぎない。問題は、あの教室に入ることができるかどうか、だ。


 特に別室で授業を再開するなどという気の利いた配慮もなく、一週間ぶりに登校した僕たちは、教室の手前で一度足を止めた。扉は空いていて、中が見える。あの出来事自体がまるでなかったかのように教室は綺麗に磨き上げられていた。むしろ最初よりも輝いているのではないかと思えるほどに。だけど、それが逆に不気味で、不自然だった。


 一歩。それが踏み出せない。躊躇するというレベルではない。脳から発される電気信号を体が拒み、足が震える。それは勿論僕だけではなく、他のメンバーも同様だった。唯一違ったのは、普段通りに教室に入って教壇に上がった都築先生。


「何をボサッとしている? 全員遅刻にするぞ」


 涼しい顔をして十名の名前しか載っていないであろう出席簿を開く。僕たちはそんな彼女に軽蔑の視線を送るけど、一向に気にする気配がない。


 耐えられない。


 僕は拳を握りしめ、小さいようで大きな一歩を踏み出し、教室に入った。一瞬、高林くんがあんなことになってしまったシーンがフラッシュバックのように僕を襲い、眩暈がしそうになったけど、足に力を入れ、正気を保ち、僕は毅然と都築先生の目の前に立った。そこで彼女を見上げる。


「……何でだよ」


 やっとの思いで絞り出した僕の言葉に、都築先生は首を傾げ、惚けた表情を見せる。だけど、それがフリであることはお見通しだ。


「高林くんがあんなになった理由……知ってんだろ?」

「朝礼始めるぞ。全員席付け」

「答えろよ!!」


 僕の話を無視して通常通り授業を始めようとする都築先生は、口を引き結ぶ。クラスメイトは教室の外から叫ぶ僕を見守っていた。


 静寂が場を支配する中、僕の思考が回転し始める。忌々しい空間に入り、都築先生を真っ直ぐに見つめ言葉を発したことによって、ずっと動揺と混乱が入り乱れていた僕の脳内が整理されたのかもしれない。それと、いつも通り都築先生が僕の質問に素直に答えなかったことも、僕を冷静にさせた一つの要因かもしれない。


 高林くんが爆発したあの時、授業は日本史で都築先生が教室にいた。僕たち生徒は発狂しそうなほど混乱していたけど、都築先生はどうだったか? 


 正直、あの時の精神状態では都築先生を観察する余裕なんてなかった。だけど、克明に記憶された光景を思い出すと、そこに都築先生は映っていた。その時の彼女の様子は驚きは見られても、予想外の出来事に対する動揺や混乱は見られなかった。今僕が切り出した高林くんの話をスルーしようとしたことを含めても、都築先生は高林くんが死ぬことを知っていたのだろう。それが爆死というものだと知っていたのかどうかは分からないけど。


 都築先生との面談での、僕たちを殺す発言。あの台詞は勿論、生意気にも優位に立とうとしていた僕への脅し。だけど、なぜその脅しが殺人なのかがずっと引っかかっていた。だって脅しなら殺人予告でなくても、他にいくらでも脅しになりそうな文句がありそうだったから。でも都築先生が、高林くんが死亡することを知っていたのなら、あのような台詞が自然と出てきたことも合点がいく。実際に先生たちが殺人を犯すわけではないけれど、僕たち生徒が近い将来死ぬことを知っていた。それはつまり事故などの不確定事由に因るものではなく、作為的に仕組まれた死。人間爆発という有り得ない、明らかに不自然なもの。だからこそ、誰かが仕組んだ、予め決められた死を知っていた都築先生は、僕の挑発に返すように、咄嗟にあのような殺人を仄めかしたのだ。


 もしそうだとしたら、ここに集った生徒たちはもうすぐ死ぬということになる。何が原因でそんなことになっているのか皆目見当もつかないけど、この状況を打開する術は何か?


 きっと優先されることは、この鳥籠の中から逃げ出して、世間に助けを求めることだろう。


 高林くんの爆発から推測するに、あれはタイミングを計れるものではない。もし誰かが好きな時に好きな人を爆発させられるのだとしたら、ここに来た瞬間に全員を殺し、適当な時期になってから事故を装って、全員死亡した旨を世間に公表すればいい。それをしなかったのは、敢えてではなく、できなかったと考えるのが妥当。つまり、都築先生たちも誰がどのタイミングで死亡するかは把握できていない。それを前提にすると、先生たちがリモートコントロールできる爆発物を制服などに仕込んでいる可能性は否定される。


 では、あの爆発は何に因るものなのか? 爆発した以上、どこかに爆発物が仕込まれていたと考えるのが順当な線だ。自分たちが身に着けているものには爆発物が仕込まれておらず、更に先生たちが手出しできない場所に爆弾が仕込まれているのだとすると、考えられるのは一つ。


 それは――――僕たちの体内だ。


 毎授業後に測定器の中に入って、脳だけでなく全身をスキャンしていたのは、爆弾が脳ではない体のどこかに仕込まれていて、経過を観察したかったから。


 今僕が考えている仮説が正しいとすると、僕たちが生き残る方法は、体内に埋め込まれた爆弾を摘出すること。それができるのは医者しかいない。正確には医者でもできるかどうかは判らないけど、ここにいてもただ悲惨な死を待つことしかできない。それよりも、この異様な区画から脱出して世間に助けを求め、一刻も早く病院で手術を受けること。これが今最も優先すべき事項であると考えられる。


「みんな、授業を受けよう」


 僕は軽く息を吐いて、教室の外に目をやる。僕の手の平を返したような発言に、都築先生は眉根を寄せて怪訝そうな表情をしている。生徒たちは戸惑いの色を浮かべていた。


 まあ当然だと思う。唐突な発言の意図が彼らに分かるはずがない。ここを脱出するのだとしたら、それを先生たちに悟られてはいけない。警戒されれば脱出が困難になるであろうことは容易に想像できるからだ。だったら、今はまだ大人しく彼らの指示に従っていた方がいい。正確には、従っているフリをするんだけど。


 僕は一度教室を出て、不安そうな表情を見せるみんなに微笑んだ。


「ここで立ってても仕方ないよ。どうせ僕たちは籠の中の鳥。この空間からは出られない。教室であんなことが起こって入りたくない気持ちは解る。だけど、一人で寮に籠って、ああなるかもしれないっていう不安に駆られるより、通常通り授業をみんなで受けて、みんなで一緒にいた方がその不安は和らぐ。悔しいけど、今の僕たちにできることは何もないし、いつも通り授業受けよう?」


 僕の説得にみんなは顔を見合わせていたけど、やはり簡単には教室に入ってくれそうにない。


 僕は仕方なく、都築先生に口元を読まれないように背を向け、彼女に聞こえない程度の微かな声を震わせた。


「僕にこの状況から抜け出せるいい案がある。後で僕の部屋に集合。だから今は僕の言う通りにしてくれない?」


 再び顔を見合わせる生徒たち。この様子から都築先生には何かを話したことを悟られてしまったかもしれないけど、内容まで把握されているわけではないので問題ない。


「……解った。ゆーすけの言う通りにする」


 涼葉は僕の顔を見上げ、最初に教室内に入った。椅子を引く音がやけに大きく聞こえる。


 彼女が着席したのを音から察し、航輝と天音さんも口を引き結んで教室に足を踏み入れた。続けて西園寺さんと宮本さん、早坂くんが入り、最後に一条さんと勇くんが入って席に着いた。


 僕が席に着くと、都築先生と目が合った。彼女は僕をじっと見つめていたけど、特に何も言及しなかった。


 時間が押していたために朝礼はなくなり、すぐに一時間目の英語の授業が始まった。いつもと空気が違う。誰も都築先生の話なんて聞いていない。虚ろな目をしながら、ただ時間が過ぎるのを待っている、そんな感じだった。

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