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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第23話

「事務所の人は、これができたらデビューさせてあげるよ、とか言うけど、でも本当はそんな気最初っからないんだよ! あたしをデビューさせてくれるなんて嘘なの!!」


 一条さんは潤んだ瞳を見られまいと俯き、拳を力強く握りしめる。


「どうして分かるの? 本人が話してるの聞いちゃったとか?」


 首を横に振る一条さん。


「じゃあどうして……? だってそんなの分からないじゃん」

「分かるよ!」

「だからどうして」

「分かるの! あたしにはみんなが何考えてるか分かるの! だからあたしがアイドルになりたいって言った時、周りのみんながどうせなれっこないって思ったのも知ってるし、バカにしたのも知ってんの!! みんなみんな、あたしのこと嘲笑って……、大っ嫌い! 人とコミュニケーションなんか取りたくない! あたしはあたしの力でアイドルになって、あたしをバカにした全ての奴を見返してやるんだもん!!」


 叫ぶように全てを吐き出すと、一条さんは食堂を飛び出して行った。走り去り際、彼女の涙がきらりと宙に舞う。


「い、一条さん!」


 僕は突然のことにそれだけしか言えなかった。そして、その場からも動けなかった。きっと追いかけようと思ったらできなくもなかったけど、彼女が出て行ってすぐ、みんなが食堂に入ってきたから。タイミングが悪いにも程がある。彼らの耳には、一条さんの名前を呼ぶ僕の声が届いているだろう。


「ゆーすけ?」


 入って来て早々、涼葉が顰めた顔を僕に近づける。状況だけ見ると、朝食の支度も完全に終わっていない上に、女の子が泣いて飛び出して行き、それを呼び止めたのが僕、ということになる。最悪だ……。


「はい」

「どうして一条さん泣かせたの?」


 まあ、そうなるよね。本当は僕が泣かせたわけじゃないんだけど。いや、もしかしてこれは僕が泣かせたことになるのかな……?


「いや、えーっと、どうしてと訊かれても……。泣かせたわけじゃなくて、向こうが勝手に泣いちゃった……みたいな?」


 僕は苦笑で誤魔化そうとする。が、しかし涼葉は甘くない。


 男として最低の言い訳。〝自分悪くない〟。言った後に激しく後悔。涼葉の顔が鬼のような形相に変化する。


「理由はどうあれ、愛加ちゃんが突然泣き始めるわけないんだから、原因を作ったのはゆーすけなんじゃないの?」


 ちらりと西園寺さんに目をやる涼葉。ぬいぐるみを抱きしめて静観している彼女は明らかに白。ということは、残りは僕しかいない、ということなのだろう。その推理は正しいと思うけどね。


「悠介、片瀬さんの言う通り、一条さんに謝ってきた方がいいんじゃね?」


 航輝はいつからそんなに涼葉シンパになったんだ。


 僕は軽く息を吐いて、自分がどんな悪事を働いたのかも解らないまま食堂から出ようとして、何か柔らかいものに跳ね飛ばされた。


 僕は情けなくも尻餅をついて、行く手を阻んだ障害物を見上げる。


「あら、透谷くん! ゴメンね、大丈夫だった?」


 そう言って手を差し出したのは、この寮の管理人である水川先生。


「ど、どうも」


 僕はお言葉に甘えて、差し出された手を握って体を起こしてもらう。その時に彼女の胸元が視界に入り、さっき自分がぶつかったのは……と想像して、慌てて水川先生の手を離した。


「あ、ありがとうございます、それでは」


 僕は狼狽しながら食堂を出て行こうとして、再び水川先生に止められた。


「もしかして一条さんのところに行こうとしてる?」

「え、あ、はい」

「それなら、透谷くんは無理よ」

「は?」

「だって一条さん、今トイレにいるもの」


 ああ、なるほど。それじゃあ無理だ。


「事情は分からないけど、私が一条さんとお話してきてあげるから、みんなはご飯食べててね。 時間もないことだし」


 時間は既に七時四十分を過ぎていた。


「じゃあお願いします」


 僕は一礼して食堂に戻った。みんなは、ほぼ終わっていたとは言えまだ完全ではなかった朝食の準備をしている。朝当番である僕は慌てて彼らに加わったのだった。



 八時半の始業に無事全員間に合った。それは、一条さんも例外ではない。


 彼女は気まずそうに教室に入って来て、自席に座った。僕はみんなが見ている前で仕方なく一条さんの席の前に立つ。


「一条さん、そのー……、さっきはごめんね? 僕、気になることって訊かないと気が済まない性格で……。あの、別に無理に話してほしいわけじゃないから、言いたくないことがあったらそう言ってくれれば大丈夫だから。……ということで、さっきはホントごめんね」


 一条さんが泣いた原因。それは、僕がしつこく理由を訊ねたことにある、と冷静に考えて思う。彼女が、人の考えが分かる、と言うのであれば、分かる、で良かったのだ。それを、そんなわけない、と彼女に理由を問い質したのが悪かったのだろう。


 だけど僕は分からないことを訊いただけ。正直、僕自身は悪くないと思う。それに、一条さんの話も激しい思い込みと言えてしまう話だ。でも残念ながら、ここはどういう人物が集まっている場所か。その前提が頭にあれば、僕はすぐに彼女の言うことを信じてあげることができたのだ。


 恐らく彼女の言うことは本当で、きっと一条さんは人の心を読むことができるのだ。それで事務所の人が自分をデビューさせる気がないことを知ってしまったということなのだろう。


 僕は席に戻った。今回、一条さんからの返答はなかった。さすがに気まずくて答えづらかったのだろう。


 チャイムが鳴って、都築さんが教室に姿を現す。都築さんというより、都築先生の方がいいのかもしれないな。


「突然だが、今日は全ての授業を中止して、抜き打ちテストを行う。テスト勉強をしての点数ではなく、授業だけで身に付けた君たち本来の力を見せてもらいたい。科目は五教科だ。それでは、一限目開始時間からテストを開始するので、各自準備をしておくように」


 都築先生の言葉に航輝や天音さんは慌てたように教科書を開いていたけど、僕はそもそもここにいる間に勉強する気はない。だって、指定校推薦なんて最初から狙っていないし、ここは実験の場だから、いくら悪い点数を取っても咎められることもない。好き放題だ。それに、もし行きたい大学ができたとしても、好きな大学に入れる権利を行使すればいいだけの話。その時は一千万円を捨てる覚悟だ。まあ、そもそも点数なんて、ここにいる似非教師陣は誰一人として興味ないんだろうけど。


 僕は始まった抜き打ちテストに力を入れることもなく、適当に問題文を読み、適当に解答用紙を埋めていった。

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