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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第22話

 ヤバい。このままでは完全に遅刻だ。


 僕は急いで顔を洗って、制服に袖を通し、走って部屋を飛び出す。後ろの方で、オートロックの扉がガチャリと閉まる音がした。現在の時刻、午前七時九分。


 今日、僕は朝食の準備をする当番。既にその朝当番も何度か行い、僕は配膳の効率を上げてきている。


 朝当番の食堂集合時間は七時十分。僕はエレベーターを待つのではなく、横にある階段をドタドタと音を立ててひたすら下る。


 涼葉が決めた当番表は、三人一チーム。しかもご丁寧なことに、毎回メンバーが違うように設定されている。全員と交流が持てるようにという、涼葉なりの配慮なのだろう。そして今日の朝当番のメンバー。それが僕をここまで必死にさせる要因だった。


「お、遅くなってごめん!」


 息せき切らして食堂入口の桟に手を突き、腰を屈めながら顔を上げる。そこにいたのは、片手にくまのぬいぐるみを抱えた西園寺さん、そして腕と足を組んで座っている一条さんだった。


 僕は腕時計に目をやって時間を確認する。定刻までまだ十五秒あった。


 安堵しながら食堂に入り、西園寺さんと一条さんの前に立つ。だけど、二人の様子がおかしい。彼女たちは食堂の入口付近を見つめたり、きょろきょろと辺りを見回したりしていて、僕の方を見る気配が全くない。


「どうしたの?」


 二人に声をかけると、彼女たちは目を剥いたように僕に照準を合わせた。


「うわあ! ちょっと脅かさないでよ! あんたいつからそこに立ってたの!?」


 一条さんの僕に対する扱いが酷過ぎる。〝あんた〟呼ばわりである。


「いつって……、さっきからずっと」

「そんなわけないでしょ!」


 一条さんの鋭い視線が僕の全身に刺さる。僕は彼女からの視線を躱すように、西園寺さんのぬいぐるみに目をやる。SOSを投げかけてみたものの、西園寺さんは困ったような表情を浮かべた。


「……今回は透谷くんの味方はできない。一条さんの言うこと正しいから」

「え?」


 僕は意味が解らず首を傾げる。その様子を見て、一条さんが勝ち誇ったように僕に冷笑を向ける。


「入口付近からあんたの声が聞こえたのよ。『遅くなってごめん』って。だけどそこにあんたがいないから、あたしたちは辺りを見回してたってわけ。……まさか、あたしたちが嘘ついてるとでも言いたいんじゃないでしょうね?」

「……いやそんなまさか。一条さんたちが嘘ついてるなんて、これっぽっちも思ってないよ……」


 苦笑しつつ、僕の周りにはクエッションマークが溢れていた。僕は確かに食堂に入って来たはずなのに……。今日の当番は一条さんと一緒なのだから、そんなかくれんぼなんてして遊ぼうと考える余裕なんてないし。


 一条さんはそんな僕の表情に一瞥をくれるだけで、配膳の準備を開始した。僕たち三人は特に言葉もなく、ただ手を動かす。西園寺さんには机を拭いてもらって、一条さんが装ったご飯やお味噌汁を僕が並べる。


「………………………あのさ」


 会話が無いだけでなく、明らかに拒絶されている雰囲気に耐え切れず、僕は一条さんに勇気を奮って話しかけた。


「…………何」


 返答はないだろうと予想していたけど、意外にも一条さんは言葉を返してくれた。声は妙に刺々しいけど。自分の用がある時しか話さないような悪い子ではないんだな、と僕は内心安堵する。


「え、えっと、そのー……、あの時はごめんね。いきなり何か気に障るようなこと言っちゃったみたいで。ずっと謝りたかったんだけど、言う機会もなくて……」


 購買で一条さんに会った時に、アイドル志望なんだね、と話しかけたアレの時の話である。未だに一条さんからここまで邪見にされている理由が解らない僕。引っかかるのは、その時言っていた『時間がない』という台詞。


 僕の謝罪を全く想定していなかったのだろう。一条さんは狼狽しながら、少し顔を赤らめて言い放った。


「べ、別に、そんなこといちいち気にしてないよ! だから謝んないでよ。あたしの方こそ少し言い過ぎた……かもしれないし」


 伏し目がちにそう話す一条さん。意外と中身は素直なのかもしれない。この流れならイケるかもしれない!


「あのさ、僕ずっと気になってたんだけど……」


 僕は一条さんの瞳を見つめる。彼女は驚いたように目を見開き、急に恥ずかしそうに慌てて目を逸らした。


「な、なに……?」

「〝時間がない〟ってどういうこと?」

「は?」

「前言ってたでしょ? 時間がないのにこんな所に来ちゃったって」

「ああ……」


 一条さんのテンションが目で見て明らかなほどに下がっていく。僕また何か余計なこと言ったのかな……?


 一条さんは軽く溜息をついてから、しゃもじを動かす手を休めることなく口を開いた。


「余命が短いんだとでも思った?」

「え……、うん……」


 正直全く脈絡が無かったから、〝時間がない〟という言葉の意味自体をあまり考えていなかったけど、ここは一条さんの話に合わせておこう。


「まあ、普通はそう思うよね」


 まあ確かに、言われてみれば普通はそう思うかもしれないな。


「でもあたしのはそんな深刻な話じゃなくて、簡単に言うと、早くアイドルになりたいって話」


 僕たちが話す前で、その話を全く聞いている様子もなく西園寺さんはぬいぐるみと戯れている。机を拭くという仕事以外、する気がないらしい。きっと頼めばやってくれるだろうけど、別にいいや。


「早くアイドルになりたいのは解るけど、何でそれで〝時間がない〟の?」

「だって、アイドルって若くて可愛くないとできないじゃん。アイドルでいられる時間は限られてるの! だから凄く焦るし、早くなりたい。そのために早くからプロダクションに所属して、レッスンも沢山受けて、歌や踊りの練習も沢山こなしてきた。でも、それだけじゃダメなの……!」


 一条さんは歯を食い縛り、前見た時と同じような苦しそうな表情を見せた。いつの間にか、ご飯を装う手も止まっていた。

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