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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第21話

 僕たちは購買を出て寮へ向かった。行儀はあまり良くないけど、飲み物を飲みながら歩く。


 いつも通り木々の間にできた道を通っていると、遠くの方に早坂くんがいるのが分かった。幹の間から見える彼は、草原で自前のサッカーボールを使ってリフティングをしているようだった。


「あ、僕ちょっと散歩してから行くから、みんな先寮戻ってて」


 僕の突然の台詞に不思議そうに首を傾げる三人。誰も早坂くんには気付いていないらしい。


「だったらわたしも散歩付き合うよ?」

「片瀬さんが行くならオレも!」

「え、じゃ、じゃあ私も……」


 三人がそれぞれ声を上げる。航輝は随分薄情になったものだ。


「いや、いいよ。何か一人になりたい気分だし。それじゃ」


 僕は幹の間を通り抜け、道なき道を歩く。一度後ろに振り返ったら、三人はきちんと寮に向かっていた。僕は軽く息を吐く。別に三人が一緒でも良かったけど、男同士の方が早坂くんが色々と話してくれそうだと思ったから、少し無理やりにでも単独行動に出たのだ。


 この区画には草原が至る所にある。そもそも寮の目の前もそうだし。それでも敢えて、違う場所でサッカーの練習をしているところを見ると、誰にも邪魔されずに一人で黙々と練習したいという意思が感じられる。


「サッカー凄く好きなんだね」


 僕の声に早坂くんは落下してきたボールを手で受け止めて、こちらに顔を向けた。


「いつからいたの? 全然気付かなかったよ」


 爽やかに微笑む早坂くん。第一印象もそうだったけど、絶対女子にモテまくりのタイプだ。


「ゴメン、邪魔しちゃって」

「いや、いいよ」


 早坂くんは額の汗を袖で軽く拭って、その場に腰を下ろす。彼の目配せで、僕は隣に座った。心地よい風が草原を駆け抜ける。


「それで、何の用かな?」


 嫌味などまるでない、自然な聞き方だった。


「別に用ってわけじゃないんだけど、偶々早坂くんが目に入ったから。随分熱心にリフティングしてたね。サッカー選手でも目指してるの?」


 早坂くんは少しだけ嬉しそうに笑って、空を見上げた。


「うん、なりたい」


 僕は正直驚いた。自分の夢をこんなに素直に、そして力強く話せる人が世の中にどれくらいいるだろう。早坂くんがこれだけはっきり僕の質問に答えられるのは、きっと彼が努力していて、且つ、サッカー選手になれるだけの実力があるからだと思う。そうでなければ、恥ずかしくてこんなに堂々と言えるはずがない。


「そっか……。なれるといいよね。僕応援してるよ」

「ありがとう」


 微笑む早坂くんは本当にいい人で、男の僕まで惚れてしまいそうな勢いである。


「どうしてサッカー選手になりたいって思ったの?」


 この時、早坂くんの動きが一瞬止まった気がした。何かマズいことでも訊いてしまっただろうか、と心中で若干の不安に駆られる。


 早坂くんは空を見上げたまま暫し逡巡して、それから視線を草原に落とした。


「……今日の体育の授業でのおれの動き、見たよね?」


 今日の体育での早坂くんの動き。まるでワープしたかのような、魔法のような移動法。


 僕は遠慮がちに頷く。早坂くんはそんな僕の反応を確かめてから話を続けた。


「小学生の頃、体育の授業で八十メートル走があってさ。普通に走ってたんだ。元々、運動は得意な方だったし、足も速い方だった。だけどあの日、八十メートルを走り終えたおれを、まるで奇異なものを見るような目つきでクラスメイト全員が見ていたんだ。先生も例外じゃなかった」


 早坂くんは苦笑しているが、その表情はどこなく切なく、痛々しかった。


「最初、どうしておれがそんなに注目されているのか解らなかった。だけど、その理由はすぐに判ったよ。おれが異変に気付いてみんなの方へ一歩近づいたその時に、おれと一緒にスタートしたメンバーがやっとゴールしたんだ」


 僕は一言も喋らず、ただ相槌を打つことだけに専念して早坂くんの話を静かに聴き続ける。


「初めは何で奴らはこんなに走るのが遅いんだと思った。だけどそうじゃなくて、自分が早かったんだと気付いた。おれはいつも通り走っているつもりだったけど、みんなの目にはそんな風に映ってなかったし、事実そうじゃなかったんだ」


 ここまで聞いて僕は確信する。早坂くんも天音さんと航輝と同じ、特殊な能力を持った人間なのだと。そしてそれは、このプロジェクトは能力者を集めるためのものだ、という僕の仮説の確実性を高める。


「それからも時々そういう力が出ることがあった。でも、どうすることもできなかったし、誤魔化せそうな時は必死に誤魔化した。おれはそんな感じで日常を過ごしてたんだけど、中学生の時、急に体が動かなくなった時があって。金縛りにあったように動けなくなったんだ。だけどすぐに解放されて、そうしたら口では上手く説明できないんだけど、自分でその力をコントロールできるようになったんだ」


 彼らが自分の能力をコントロールできるようになる時、そこには共通点があった。三人が三人とも、〝無〟になる瞬間があるということだ。


 天音さんは音が消え、航輝は体重がなくなり、早坂くんは動けなくなった。これはきっと偶然なんかではない。


「体育の時にみんなが見たアレね、別に瞬間移動なんかじゃないんだ」


 僕は意味が解らないといったように首を傾げる。


「みんなにはそう見えたかもしれないけど、素早く動いただけなんだよ。ただし、人間の目では追えないくらい速く、だけどね」


 なるほど。早坂くんはその能力を活かして、体育の時に誰の目にも留まらぬ速さで中央から航輝の前に移動したってわけか。そりゃワープにも見える。


「サッカーを始めたのは、その能力があったからなんだ。本当は体を動かせることだったら何でも良かったんだけど、おれの動きは観客に見せることができない。ちょうどサッカーしてた時にその力が発揮されたことがあって、でも誰も気付かなかった。テクニックだと思って、誰も不思議に思わなかったみたいなんだ。気付かれなかったのは偶々なんだけど、でもその時思ったよ。技のあるスポーツにこの能力は使える。俊敏な動きでフェイントをかけ、敵を躱しつつフィールドを駆け抜け、ゴールにボールを放つ。おれにピッタリのスポーツだなって」


 早坂くんは手中にあるサッカーボールを愛おしそうに眺める。だからって常にこの力を使ってるわけじゃないけどね、と付け加えて。


「普通の人からしたら反則なんだろうけど、この力は僕に与えられた特権だと思ってる。だからチームが負けそうだったら、どんなことをしてでも勝てるように動く。プロのサッカー選手だったらそれくらい当然だし、世界を相手に戦うんだったら尚更。世界はそんなに甘くない。勝ちは貪欲に取りに行かないとダメなんだ」


 徐々に陽が傾き、若草色の草原に朱色が混じる。風と共に流れ込んでくる潮の香りが心地良い。


「あーあ、つい透谷くんに話しちゃったよ。こんな話、誰にもする気なかったんだけどな」


 僕は訳も分からず慌てて、ごめん、とだけ返答する。だけど、早坂くんは何だかすっきりとした表情をしていて、僕を見て微笑んだ。


「いや、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないよ。きっとおれも誰かと話したかったのかもしれない。透谷くんはおれの話真剣に聞いてくれて、しかもサッカーの話だったからつい余計なことまで話しちゃったよ」


 早坂くんは、ありがとう、と感謝の意を述べて、僕は先にその場を離れた。早坂くんはもう少し練習してから戻るようで、樹木の間を通り寮への道を辿る僕の背中からはサッカーボールを蹴る音が響いていた。

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