第1話
後方から声が聞こえた。それは吐息と言って頷けるほど微かに震えた音だった。
十一人しかいない教室。教壇には一人の教師。窓の外は鮮やかな緑色の葉が揺れている。
誰もがその声を捉え、目を向けて、瞠目した。
「何だコレ……!」
自分の両手を広げ、それを凝視しながら脂汗を滲ませる男子生徒。中央列一番後ろの席に座る高林くんの顔には混乱と恐怖の色が浮かび、四角い黒縁メガネのレンズは彼の荒い呼吸で僅かに曇る。
高林くんがそうなるのも当然だ。なぜならそこで、誰も見たことがない現象が起こっていたのだから。
「赤く光った……?」
僕は思わずそう漏らしていた。高林くんの体が赤く点滅していたのだ。
時間の間隔から見て、一秒おき。どういう仕組みなのか、高林くんの体に何が起きているのか、誰も分からない。
みんな高林くんを見ているものの、思考が追いついている者はおらず、混乱と戸惑いの表情で固まっている。
ピ――――――――ッ
突如、耳を劈くような機械音が鳴り響いた。かと思うと次に激しい爆発音が聞こえ、僕は爆風で目を開けていることができなくなった。何が起こったのか解らない。
暫くして何となく爆発の気配が治まった気がして、僕は恐る恐る目を開けた。
そこに高林くんはいなかった。
代わりにあったのは、机、椅子に飛散した生々しい色の液体。そして、それと同色に染め上げられた何かの塊。僕は直感でそれが何なのかを悟った。地元の駅で人身事故の処理をしている人が似たようなものを回収しているのを見たことがある。
高林くんの席の半径一メートルくらいは爆風の影響で何もなく、近くにあったものは全て飛ばされていた。近くの席の者も飛ばされて壁に殴打されていた。
「いやぁ――――――――――――――――っ!!」
女子生徒の悲鳴が響き、それを皮切りにみんなに反応が生まれた。同じように叫ぶ者、恐怖と混乱で声すら出せない者、その場で嘔吐する者、逃げるように教室を後にする者。
高林くんの近くの席に座っていた生徒たちの白い制服は赤く変化し、最前列に座っていた僕の制服にも細かい血飛沫が付着していた。壁に打ちつけられた彼らの顔や髪にもそれらは飛んでいて、僕は無意識的に自分の頬を拭った。そして、薄らと赤く染まった手の甲を見て、僕は体を丸め、急いで口元を押さえた。体の底から何かが逆流してくる感覚。咽返るような肉の焦げたような臭いと血生臭さ。耐えられなかった。
教室は見たこともないほど混沌としていた。
一瞬にして世界が、変わった。
僕はこの凄惨な光景を前に勿論思考は回らず、ただただその場から逃げ出したいという思いだけが募っていた。