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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第18話

 ちょうど五十分くらい走って校庭に戻って来た。本当に今日の体育の授業は長距離を走っただけだった。大抵の者は腰を屈め、膝に両手を突きながら呼吸を整えようとしている。


「皆さん、お疲れ様ですわ。今日の体育の授業はこれで終わりですの。着替える前に測定を行うのを忘れないように、それだけは気を付けて下さいね」


 あれだけ走ったのに、息一つ乱れていない小鳥先生。妖精少女のくせに。まるで化け物みたいだ……。


 僕たちはフラフラになったその足で校舎に入り、二階へ上がって測定器の中に入った。こんなただ走るだけの授業で、教え方も何もないだろうと思うけど、そんなこと言っても意味がない。だって、もうここは授業が与える影響を測る場ではないのだから。


 全員が測り終えて女子が出た教室で、男子たちが着替える。次の授業は確か、化学か。



「みんな、化学を担当する水川セリカですっ! 宜しくね☆」


 ここで水川先生登場。僕たちは化学の教科書を机に載せながら、可愛らしくウィンクをする彼女を見つめる。人を見た目で判断するなってよく聞くけど、優秀な講師には全く以って見えません。


「理系選択じゃない子もいると思うので、まずは元素記号の復習からいっちゃうゾ☆」

「………………」


 いちいちその決めポーズしていて疲れないのかな……?


 何だか折角美人教師って扱いなのに、女の子はともかく男まで引いてるよ。


 時々そのポーズが出てくるけど、教え方としては悪くなかった。まあ、可もなく不可もなくってところだろう。



 面倒臭いなと思いつつも、授業が終わる度に測定する。その分、休憩時間は十五分と、普通より五分長く設定されている。


 三時間目は大崎先生の数学。彼は教室に入ってくる際、桟に頭をぶつけないように潜り、教科書を首にトントンと当てながら教壇に立った。あまりの大男っぷりに、保健室に行ったことのない生徒たちは目を丸くして息を呑んでいた。バスに乗っていた時は、差し出されたドリンクを受け取るだけで、あまり彼のことを見ていなかったのだろう。


 大崎先生は生徒たちの顔を見回し、それから歯を見せてニカッと笑った。


「はじめましてだな! 俺は大崎夏男。数学を担当する。お手柔らかに頼むぜ」


 彼の授業も至って普通だった。といっても、僕の高校で教える先生よりは面白可笑しく、授業に惹き付けるような話し方で、進行の仕方も上手い。だけど、ああそういうことね! みたいな感動は別になかった。



 四時間目、生物。そこで僕たちは唖然としたのだった。


「みんな、生物を担当する水川セリカですっ! 宜しくね☆」


 本日二回目の登場。教師の使い回しなんて、国はこの国家プロジェクトの真の目的を隠す気ないでしょ!


「じゃあ今日の授業では、みんなの体の内部について勉強しちゃうゾ☆」


 ええ!? 今お昼前なんですけど!? この時間に内臓の機能について勉強しちゃうの!?


 げんなりとしながら、誰だよこの時間割考えたの! と心の中でひたすら文句を言う。


 だけど、そこでふと、さっき自分でツッコんだ内容が脳裏を過り、僕は待ったをかけた。


〝国はこの国家プロジェクトの真の目的を隠す気がない〟? もしそれが本当だとすると、それは隠す必要がないから……?


 僕の顔が徐々に青ざめる。昨日都築さんが言っていた〝もし私たちが、君たちを殺そうとしていたら、どうする?〟という言葉が木霊する。


 僕たちに真の目的を隠す必要がないのは、バレても支障がないから。では、どうしてバレても支障がないのか。それは、バレても外部にそれが漏れる心配がないから。漏れる心配がないということは、僕たちの口を完全に封じることができる自信がある証拠。


 テレビドラマでよく聞く〝口封じ〟。最も確実な方法は、秘密を知った者を殺すこと。最初からその秘密を守るつもりがないということは、僕たちは生きてここから帰れないということを意味している……?


 考えたくはないけど、そうすると幾つかの疑問が解消されてしまう。例えばこの合宿に参加する見返り。好きな大学に入学する権利、好きな企業に入社できる権利、一千万円貰う権利。だけど、そもそもこの合宿が終わるまでに誰も生きていなければ、その報酬を与える必要がない。元々、国はそんな豪華な報酬を与える気なんてなかったのではないか。


 都築さんのハッタリめいた面談での発言。ハッタリなら、そんな過激なものではなく、いくらでも僕より優位に立てるものがあったのではないか。それでもあの短時間で出てきた発言が殺人予告。効果は抜群だけど、普通そんなの、想定がない限り言えない台詞だ。


 国が僕たちを何らかの理由により始末したいのであれば、こんな風に国家プロジェクトと銘打って大々的に行ったのも納得がいく。国が罪もない日本国民を殺すことなんてできない。裏の世界の人間に頼むにしたって、そいつが裏切らないとも限らないし、失敗しないとも限らない。確実に遂行するためには、邪魔になるであろう警察に事情を話して逮捕しないように協力を仰ぐ必要がある。だけど、多くの人に計画を話してしまうということは、それだけ外部に漏れる可能性が高くなるということを意味している。それに、十人の高校三年生が死ぬ連続殺人事件なんかが起これば世間に不安が広がるし、十人殺し終わってパタリと連続殺人が終わったら、面白がってその続きを行う模倣犯が出てこないとも限らない。それよりも、ターゲットを同じ場所に集めて、事故に見せかけて一気に殺してしまう方が確実で簡単。全員を漏れなく集めるには、マスコミに情報を流して国家プロジェクトと銘打って行った方が断りにくくなるし、国なら是が非でも僕たちを参加させる術も持っていそうだ。


 誰とも連絡が取れない圏外区域で合宿を行っているのも、万が一誰かがそのことに気付いても助けを呼ばせないためだと考えれば納得がいく。


 だけど、だとしたらすぐに僕たちを殺そうとしないのは、あまりにも早く死にすぎると世間が不自然に思うからか? もしそうだとしたら、僕たちを殺すまでにはまだ猶予があるということ。国がそれを実行に移すまでにここから脱出するか、阻止する術を見つけられたら、僕たちの勝ち。


 でも、今まで考えた論理を肯定すると浮かび上がってしまう疑問がある。


 僕たちを事故に見せかけて一気に殺そうとしているのだとしたら、先生たちはどうなる? 神風特攻隊みたいに、行きの燃料しか積まれていないのか?


 どうせ殺すなら、どうして授業後に毎回僕たちを測定する必要がある? 天音さんや航輝の能力に関係しているのか?


 私服校だって珍しくないのに、わざわざ制服を作って着させている意味は? どうせ僕たちと共にこの世から消えるのであれば、制服なんか作る意味ない。持ち帰ることができれば、国家プロジェクトに参加した証になって、喜ぶ親もいるかもしれないけど。実はこの真っ白な制服には何か施されているのか?


 様々な疑問が湧いてくるということは、僕たちを殺そうとしているという論理を簡単に肯定することはできない。この論理を正と断定してしまうのは、あまりにも結論を急ぎ過ぎている。だから、やっぱり僕はこのことを誰にも話すことができない。


「透谷くん、具合悪そうだけど大丈夫ー? 先生が治る魔法かけてあげよっか?」


 話しかけられて我に返り前を向くと、水川先生が僕の顔を覗き込んでいた。めちゃくちゃ近い。僕は驚きの声を上げながら、思わず椅子を後ろに引いた。


「それだけ元気なら大丈夫ね! でも、先生の授業を聞いていなかったのはダメよ? ちゃんと聞いててくれなきゃ、先生悲しい」


 しくしくと泣く素振りを見せる水川先生。何だかちょっと面倒臭い。


 僕は溜息をつきながら、仕方なく彼女に謝りの言葉を述べる。


「すみませんでした。あの、授業はちゃんと聞くようにするので……」


 僕のその言葉に反応したように水川先生はぱっと顔を上げ、笑顔を見せた。


「先生、嬉しい☆」


 ……いつものウィンクありがとうございます。


 僕は彼女にバレないように、静かにもう一度溜息を漏らしたのだった。

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