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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第17話

「皆さーん、ちゃんと先生の後に付いてくるのですよー!」


 小鳥先生は元気よく叫ぶと、校庭のトラックを一周してからそのまま逸脱して新緑の中に入って行った。訳も分からぬまま、僕たちもそれに続く。


 どんだけ気合入ってんだ、と思いながら、小さいながらも一生懸命走る小鳥先生の背中を捉える。時代に即さない紺のブルマ、胸の辺りに〝ことり〟と書かれた布が縫い付けられた白い体操着。両手はグーに握られ、大きく腕を振っている。


 そもそも最初の授業である水曜一限目が体育なんて。そしてその体育の授業を教えるのが、どうして小鳥先生……? 全く理解できない。


 僕たちは小鳥先生の後を追い、寮とも違う方角へ走る。水が流れる清い音が徐々に近付き、やがてその姿を僕たちに晒す。透明に光る水は底の丸石を映しながら止め処なく流れ、辺りには濃い緑の苔が()える。黄色や薄紅の小さな花がその場を飾っていた。


「皆さん、ちゃんと付いてこられていますかー?」


 ちらっと後方を見て、生徒が付いて来ているのを確認する小鳥先生。僕は毎朝学校まで全力疾走していたお陰で初めの方は問題なかったけど、さすがに長距離はキツい。既に息が上がってきているが、小鳥先生にその様子はない。


 僕の前にいる西園寺さんは相変わらずぬいぐるみを持って走っているけど、彼女の表情は分からない。


 死にそうになっているのは、殿を務める勇くん。前髪が長すぎて正確な表情は確認できないけど、新品のジャージに着せられた細い体が腕も背中もだらんと垂れ下がっている。見た目を裏切らない体力の無さだと思う。


 一方、余裕綽々で小鳥先生のすぐ後ろに付いているのは、見た目通り運動神経抜群そうな早坂くん。サッカーで鍛えているのかな。


 そして彼のすぐ後ろには、長い黒髪ストレートを高い位置でポニーテールにしている宮本さん。運動するときは邪魔だから髪を結ぶようだ。


 航輝は三番手である。そして四番が涼葉。涼葉はともかく、航輝は僕の位置まで下がって来てくれそうなものだけど、何やら一生懸命涼葉に話しかけている。どうやら僕はお払い箱らしい。


 僕は軽く溜息を漏らしながら、自分の走る道を見据える。


 体育の授業でどうして折角用意された校庭から抜ける必要がある? ここには自然が沢山あるから、リフレッシュの意味も込めて小鳥先生がわざと走らせているとか?


 昨日自分の部屋に戻った僕は、大崎先生から言われた通りすぐに睡眠を取った。彼の言うことはきっと本当だったんだと思う。僕は晩御飯を食べることもなく眠り続け、気付くと朝六時だった。掲示板に張り付けてあった涼葉作の朝食当番表を見に行くと、今日の当番は僕ではなかったので、欠伸混じりにそのまま部屋に引き戻った。


 まあつまり何が言いたいかって、沢山寝たお陰で元気一杯ということだ。これで少しは脳を回転させることもできるだろう。


 昨日の面談での都築さんの言葉もある。のんびりしているわけにもいかないし、何より気持ち悪い。小さな手がかりでも見逃さず、考え、より早く真相を突き止めたい。


 暫く走り続けていると樹木エリアから抜け出し、草原が広がった。僅かに潮の香りがする。海の音は聞こえないけど、ここは海岸沿いの場所なのかな、と予測を立てる。


 その予測を立てて間もなく、フェンスが見えてきた。僕たちが初日に通ったものと同じもののように見える。視界で確認できる限り、それは延々と連なっている。多分、学校や寮など、僕たちが生活する範囲を囲っているのだろう。まるで鳥籠のように。


 小鳥先生はフェンスが見え始めてから、ずっとそれに沿って走っている。


「キミも、気付いてるんだろ?」


 唐突に後ろから声が聞こえ、僕は首を捻った。


 黒縁メガネの高林くんだった。一生懸命走り、唾を呑み込みながら僕に話しかけてくる。


「え、気付いてる、って何に?」


 僕は少しペースを落として高林くんと並走の格好を取る。


「あの小さな先生の意図に、だよ。さっきからフェンス伝いに走行してる。それは恐らく、ボクたちの生活圏の範囲を示しているのと同時に、本当にこの区画から出られない、ということを見せつけるため」


 高林くんは真面目な表情で、ずり落ちてくるメガネを持ち上げる。


 高林くんは昨日の都築さんの説明の時も鋭い質問を投げかけていた。残念ながら怜悧な顔つきはしていないけど、きっと賢くて洞察力に優れた子なんだと思う。だけど、そんな彼がどうして僕なんかに……?


「確かに、フェンスが見える位置を直走っているのは僕もおかしいなって思ってたけど……」


 僕の言葉の濁し方に高林くんは一瞬眉を顰めた。だけど、彼はすぐに僕の言わんとしていることを悟ったようだ。


「どうしてキミに話しかけたかって? 別にボクのすぐ前を走ってたからじゃないよ」


 ええ? じゃあどうして?


 高林くんは前を見ながら、必死に小鳥先生の後に付いて行く。


「ボク、聞いちゃったんだよね。キミが色んな人に出身地訊いているの」


 確かに僕は今日も数人にその話を訊ねていた。朝食の時間を利用したり、教室での待ち時間だったり。


 西園寺さんと早坂くんに訊いたら、返ってきたのは二人とも、生まれも育ちも東京という答えだった。一条さんにも話しかけてみたけど、彼女には冷たくあしらわれてしまった。


「それで思ったんだ。キミも〝東京〟というワードが引っかかってるんじゃないかってね」


 高林くんが声のトーンを下げる。〝キミも〟ということは、高林くんもか。


「因みにボクは生まれも育ちも東京。キミもだろ?」


 僕は首肯する。


「キミが何人の出身地を知っているか分からないけど、ボクは一条さんと勇くんの出身地を知ってる。どっちも東京。しかも生まれも育ちもね」


 これで全員の出身地が揃った。宮本さん以外全員東京。在住していないのは宮本さんと航輝だけということになる。


 高林くんに誠意を見せるためにも、僕も残りのメンバーの出身地を伝えた。すると、彼は確信を得たかのような表情を見せた。〝東京〟というワードが絶対関係していると自信を持って断言できそうなほどに。


 だから僕は彼に訊ねた。


「宮本さんは横浜だよ? なのに、どうして東京が関係してるって思うの?」


 高林くんは鼻で笑った。何だかちょっとムカつく。


「キミ、考えてもみてくれよ。高校三年生が十名だ。日本の人口をバカにしすぎだろ。確かに東京は一番人口が多いが、かといって無作為に選ばれた奴らの九割が東京出身なんて不自然すぎる。東京都の高校三年生の人数と、その他の道府県合わせたその人数を比較すると、明らかに後者の方が多いはず。にも拘らず、東京都以外が一人しかいない。しかも横浜。東京に簡単に出て来られる範囲だ。そう考えると、ポイントは出身地が東京であるという点ではなく、東京に簡単にアクセスできる点にあると推測できる。それを考慮すると、東京にある〝何か〟が関係していると推察されるわけさ」


 どこで息継ぎをしているのか判らないほど一気に、まるで捲し立てるように話し終えた高林くん。走りながらそんなことをしたから、今彼は呼吸困難に陥っている。本当に賢いのか何なのかよく判らない。


 まあでも、彼の言っていることは的を射ているように思う。確かに、それなら東京都以外の者が一人いても、〝東京〟がキーワードであるという論理が成立する。

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