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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第16話

 僕は部屋を出て、隣の教室に移動した。


 さっきの都築さんの含み笑い。〝君には〟という台詞。釈然としない。


「あ、ゆーすけ! 面談どうだった?」


 涼葉が僕に気付いて駆け寄ってくる。だけど、彼女の表情はすぐに不安の色に染まった。


「ゆーすけ……? どうしたの? 顔色悪いよ?」

「別に何でもない……」


 僕は彼女に目を留めることもなく自席に座り、深く息を吐いて机に突っ伏した。


 少し疲れた……。僕の脳みそにしては一日に考える量が多過ぎた。


「ねえ、ゆーすけ。具合悪いんだったら、保健室に行って薬貰ってから寮に戻った方がいいよ」


 僕は最初涼葉の提案を断ったが、彼女は断固として聞かず、僕を半ば無理やり保健室へ連行した。そしてなぜか航輝と天音さんも付いて来る。


 階段を下りて一階。職員室の横を通り過ぎて突き当たり。先頭を歩く涼葉が、ガラリと勢いよく保健室の扉をスライドさせた。


「失礼します」


 僕は内心ドキドキしていた。保健室っていったら、めちゃくちゃ美人なお姉さんが白衣着て待っていてくれる、そんなオアシス的な場所であるべきだというのが僕の持論。実際、学校の保健室にいるのはおばちゃんが多い。残念ながら、それが現実。だけど、ここの保健室には期待ができる。都築さんは美人、水川先生もまた美人。第三の美女が現れる可能性大!


「すみません、透谷くんの顔色が悪くて体調が優れないみたいなんですが、診ていただけますか?」


 僕はさっきまでの具合の悪さはどこへいったのか、目を輝かせ、唾をゴクリと呑み込み、眼前の涼葉の後頭部から視線を横にずらした。


「!!」


 現実はそう甘くない。そう悟った高三の春でした。


 なんと恐ろしいことに、丸椅子に座っていたのは白衣を着た大男だった。


 さっきまでの興奮が一瞬の内に引いていき、顔が青ざめ、泡を吹きそうだ。


「本当だ。相当具合悪そうだな」


 誰のせいだ。


 この大男、どこかで見たことがある、と思って思い出した。昨日バスで栄養ドリンクを配っていた男だ。座っているから身長は判らないが、筋肉ムキムキで色黒。無精髭を生やしていて少しワイルドな感じ。山でイノシシ取ったり、海でマグロ取ったりしていそう。しかも素手で。


「いつから具合悪いんだ?」


 こんなに悪くなったのはまさに今だよ!


「少し前からです。面談が終わって戻ってきたら、顔色悪くて……」


 涼葉が僕の保護者のように代わりに答える。


「そうか。ちょっと失礼するぞ」


 大男は僕のワイシャツのボタンに手をかけ、上から順に外していく。凄くげんなり。


 シャツを開き終えると、首にかけていた聴診器を取って耳に当て、先を僕の体にペタペタと当てた。ひんやりと冷たい感覚が体を僅かに震わせる。


「内臓とかに問題はなさそうだ。多分、疲れたんだろ。急に新しい環境になって、自分でも分からないストレスとか感じたりしてるんだろうよ」


 聴診器を耳から外し、再び首にかける大男。僕はシャツのボタンを留める。


「ゆっくり休めばすぐに治るさ。因みに薬は出さないぞ。薬に頼らず、自分の力で治せ」


 一応診てもらった、ということで、僕は仕方なく大男に頭を下げた。


「……どうもありがとうございました。その……お名前は?」


「ああ、名乗ってなかったな。俺の名前は、大崎夏男。お前たちの授業は、数学を教えることになっている。よろしくな!」


 ニカッと白い歯を見せて笑う大崎先生。名は体を表すとはよく言ったものだ。見た目通り暑苦しい名前。僕は彼の笑顔に合わせて苦笑を返した。



 再びお礼を言って、僕たちは保健室を後にした。


「ゆーすけ、帰ったらすぐに寝た方がいいよ。疲れてるらしいから」


 涼葉の言葉に、航輝と天音さんも首を縦に振る。


 僕は、ありがとう、とだけ返して、四人で寮への道を辿った。


 徐々に陽が傾き、群青色が橙色に覆い被さる。


 西日が葉を茶色く染め上げる森の中を歩きながら、僕はさっきの大崎先生の言葉を思い出していた。


〝数学を教えることになっている〟。


 一瞬、彼が表現を間違えたのかと思った。だけど、そんな 様子は微塵も感じられなかった。


 通常、有名講師であれば専攻が決まっていて、その科目を教える。その場合、数学を教える、と断言するのが自然だ。だけど、大崎先生の表現には〝未確定要素〟が含まれる。数学を教えることになっている、が、教えないかもしれない。彼の言葉からは〝数学を教えるように頼まれた〟というニュアンスが漂っているように思えた。大崎先生は専攻などというものも持っていなくて、偶々数学を宛がわれただけ。


 だとすると、そこから推測するに、授業をしてくれるのは実力のある有名講師ではなく、ただの一般人。


 それが真である場合、当初示されていた〝日本人の学力向上〟という国家プロジェクトの目的は完全なる建前で、本音は全く別のものであるということを示唆しているのであった。

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