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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第12話

「それにしても、とんでもないところに来ちまったな」


 階段を下りながら、航輝がそう口にする。だけど、その口調からはそこまで大変な事態に遭遇している鬼気迫る感じは窺えない。きっと、何とかなると思っているのだろう。まあ取って食われるわけじゃないし。


「二人は幼馴染って聞いたけど、同じ高校なのか?」


 ローファーに履き替えながら、僕と涼葉の話を振る航輝。心なしか、僅かに体が涼葉の方を向いているような気がする。だけど、そんなことに構う僕ではない。


「うん」


 僕が短くそう答えると、航輝は更に質問を重ねる。


「東京?」

「うん」

「そっか、じゃあいいよな。オレなんて栃木だったから、朝早くに特急乗って来たんだぜ?」


 ニュースでは、プロジェクトの協力者はほとんど東京都在住と言っていたはずだ。栃木県在住の航輝は、生徒の中ではマイノリティに入るわけだな。


「それは大変だったね。わたし栃木って行ったことないけど、餃子美味しいんだよね!」

「おう! 宇都宮は餃子の街だからな! もしよければ今度来るか? 日光東照宮もあるし、江戸村もあるし、鬼怒川温泉もあるし、意外と楽しめると思うぞ!」

「行く行くー!」


 涼葉と航輝が栃木観光の話で盛り上がる。僕も栃木は小学校の修学旅行で行ったくらいだから、航輝がこの合宿を終えた後、招待してくれるなら是非行きたいものだ。


「航輝は生まれも育ちも栃木なの?」


 校舎の隣の購買に向かいながら、僕は航輝に訊ねる。彼はすぐにかぶりを振った。


「こう見えてオレ、生まれは東京なんだぜ?」


 航輝が得意げに胸を張るが、『こう見えて』も何も、見た目だけじゃ東京出身なのか栃木出身なのか判らないよ。しかも、みんな同じ制服着ているわけだし。


「オレが五歳の頃、親父の転勤で栃木に移ったらしい。何となく記憶がある程度で、実際ほとんど憶えてないんだけどな」


 航輝が笑顔を見せる。だけど、僕も笑顔を返しながら、脳内では別のことを考えていた。


 全国から抽選で選ばれた十名の高校三年生の中でほとんどが東京都在住。全員にどこから来たのかを訊いていないから、ほとんどと言っても何割か判らないけど、恐らく八割から九割。六割七割だったら過半数とかの表現使いそうだし。そんな高い割合で東京在住だなんて、単なる偶然か? 考え過ぎかもしれないけど、このプロジェクトに裏の顔があるとすると、これは偶然で片付けられない内容かもしれない。


 航輝と逆パターンで、今は東京に住んでるけど出身は別の場所、というケースもあり得る。僕と涼葉は生まれも育ちも東京。残りの七人にさり気なく訊ねてみるか。


「ゆーすけ!」


 涼葉の声で僕は我に返った。


「どーしたの? ボーっとして。購買入るよ」


 既にプレハブらしき購買に辿り着いていた。最近、柄にもなくマイワールドに入ってしまうことが多いな。無意識で歩いてしまうのは脳に良くないらしいから気を付けねば、とどうでもいい内容で気を引き締める僕。


 白い仮設のような建物の扉をスライドさせると、手前には文房具や参考書らしき本が並び、奥の方にはカップ麺やスナック菓子から冷凍パスタや加藤のごはん、洗顔料やシャンプーなど様々な物が売られていた。大学によくある学生購買会とコンビニが一緒になったような(ただし雑誌やマンガなどの娯楽品は除く)購買だった。


 各自ばらばらに購買内を見て回る。


 僕は最奥のドリンクコーナーへ行こうと向かっていたが、ふと視野の左端に人影が入って足を止めた。どうやら先客がいたようだ。その人物は、化粧品コーナーを見つめている。


「アイドルになりたいんだもんね」


 僕の声に反応して、一条さんが物凄い速さでこちらに振り向く。キッと僕を睨み付けるその目力は、きっとデビュー後も役立つだろうと思うけど、さすがに意地悪い台詞で声をかけてしまったか、と彼女の表情を見て僕は一人反省する。


「……何? あたしのことバカにしてんの? どうせアイドルなんてなれっこないって」

「そ、そんなこと言ってないよ」


 彼女の挑戦的な態度に、一歩後退して苦笑する情けない僕。そんな僕の様子を見て、一条さんは軽く溜息をついて伏し目がちになる。


「一分一秒が惜しいのに、何でこんな所来ちゃったんだろう……?」


 彼女は自分で言った言葉に苦しむような表情を見せて、手に取っていたマスカラを売り場に戻した。


「一分一秒が惜しいって?」


 背を向けた一条さんは僕の問いに一度立ち止まったが、振り向くことなく強気に言い放った。


「あんたに教えるわけないでしょ」


 あーあ、完全に嫌われちゃったよ。だって、何か突っついてみたくなるような子だったんだもん。


 僕は溜息を漏らし、最も奥のドリンクコーナーから出入口側へと見て回った。


 それにしても、マスカラとかの化粧品がこの購買に置いてあるのは正直驚いた。高校生でお化粧している子もいるけど、この限られた空間に置くにしては適さない物だと思う。もしかして、都築さんや水川先生もこの合宿が終わるまでここから出られなくて、この購買を利用せざるを得ないから、とか?


 入口から見て右手前にはレジがある。だけど、人はいなかった。万引きしてもバレないんじゃない? と思って、そういえば購入に際して僕たちがお金払う必要なかったんだ、と思い出す。それに、しっかり監視カメラが設置されていることも確認。


 レジ棚の左端には〝目安箱〟と書かれたボックスが置かれており、その右横には用紙と鉛筆が備えられていた。


 僕はそのボックスに手を乗せながら、小さく呟く。


「この目安箱って何だ?」

「この購買で売ってほしいものをリクエストできますのよ」


 突如聞こえてきた穏やかでゆっくりと流れる声に僕の目は点。その点を目安箱から、声が聞こえたレジ裏へと向ける。


 何かの台の上に乗っかり、漸く姿を現したのは、小さな小さな女の子でした。両脇だけ三つ編みされた肩ほどの滑らかな髪。白いレースのふわっとしたドレスを着ている。身長は百二十センチくらい。背中に羽でも生えているんじゃないかと疑いたくなるような、妖精のような少女だった。


 だけど、僕は信じることができない。今目の前にいる妖精少女と、レジの方から聞こえてきた大人びた声の主が同一人物であるはずがない。視覚と聴覚、それぞれから得た情報の整合性が取れない。


 僕が少し狼狽えながら口を閉ざして彼女を凝視していると、妖精少女は不思議そうに首を傾げた。


「あら? 目安箱について質問したのはあなたではなかったかしら?」


 彼女の台詞に、僕の体が思わず固まる。


 ええぇ!? ということはやっぱり、さっきの声の主はこの子なのか!?


「いや、えっと、はい、そうなんですけど……、えーっと……、どちらさん?」


 脳が現状に付いていけていない。そんな様子を気にすることもなく、妖精少女は見た目に似合わないおおらかな微笑みを見せる。


「わたくし、青空小鳥と申します。あなた方の先生を務めますの。だから、わたくしのことは〝小鳥先生〟とお呼び下さい。以後、お見知りおきを」


 彼女は台の上で、ふわりとスカートの両脇を少しだけ摘まんで持ち上げ、頭を下げた。


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。〝そんな馬鹿な〟。その言葉がエコーのように木霊する。こんな妖精少女が僕たちの先生? ちゃんちゃら可笑しくて、臍で茶を沸かせそうだ。しかも見た目だけでなく、名前まで小さい。


 僕があまりにマヌケ面をしていたのだろう。小鳥先生は口元を手に当て、可笑しそうにクスッと笑った。何とも上品な笑い方だ。


「おっ、悠介、もう何か買ったのか……って、え!? 誰この小っこいの!?」


 購買を見て回っていた航輝が飲み物を持ってレジにやって来た。彼は小鳥先生を不思議そうに眺めている。


 先生らしいよ、と僕が一言呟くと、航輝は、え、と吐息と共に口から漏らし、それから大声を上げた。


「ええぇぇぇ――――!?」


 小鳥先生を目の前に奇声を発する航輝。小鳥先生は笑顔を崩さないが、どうしてだろう、その笑顔が冷たい。


「ちょっと、どうしたの!?」


 航輝の声につられて、小走りでレジまでやって来た涼葉。


 僕は早速涼葉にも事情を説明してやる。彼女も僕の話を聞いてすぐは唖然としていたが、今自分が目にしているものは現実なのだと、必死で言い聞かせているようだった。


「うわっ! マジで先生なのかよ!? 小っせー!!」


 さすが純粋なだけあって順応性が高い航輝。落ち着きを取り戻せば、それが現実とかけ離れた事象であっても信じるのは容易い。


 航輝はまるで珍しい生物でも観察するかのように、舐める様に小鳥先生を見回す。そんな彼の態度に、先ほどと同じく冷ややかな笑顔を向けるのは小鳥先生。


「わたくしはあなた方の先生ですのよ? 目上の人に対して、失礼なことを言うものではありません。わたくしだってこの小さな見た目気にしているのですから、これ以上言ったらセクハラで訴えてしまうかもしれませんわよ?」


 穏やかに微笑んでいるように見せかけて、その実、目が笑っていない。小鳥先生から醸し出される、なぜだか五感が警鐘を鳴らすような雰囲気と、セクハラという単語に、ウッと押し黙る航輝。


 そんなことより、その見た目、気にしているんですね。だからやけに穏やかな口調で大人びた雰囲気を醸し出しているんですね。いや、実際大人なんだろうけど。


 僕のそんなツッコミを余所に、衝撃から戻った涼葉が小鳥先生を見て苦笑しながら口を開く。


「あの、小鳥先生……、どうして先生が購買でレジ番なんかなさっているんですか?」

「それは、人員が足りていないからですの」


 人員が足りていない?


「セリカちゃんが寮の管理人をしているように、わたくしも購買のレジ番を教員と兼務しておりますのよ」


 セリカちゃん……? と首を捻って、水川先生の下の名前がセリカだったことを思い出す。


「正確には、教員は教える以外に時間を持て余してしまいますわ。そうであれば、誰か新しい人を雇うより、教員の中から他の役割も担う人を選んだ方が人件費が安く抑えられる、というわけらしいですわ」


 本当に人件費を安く押さえたいのであれば、最近スーパーで増えている自分でピッできるレジにすればいいのに……、とそんなことは置いといて。


 小鳥先生の発言から推察するに、授業以外教師は用済み。だったら家に帰ればいい。しかも有名教師ともなれば、高校や大学、塾なんかで教えていても良さそうだ。だけど、そうではない。それってやっぱり……、


「先生方もこのプロジェクトが終了するまで、ここから出られないんですか?」


 小鳥先生が僕の質問に目を丸くする。次に、少し感心したように微笑んだ。


「今の先生の台詞だけでそう思ったのかしら?」

「いえ、そういうわけではないですけど……」


 僕は彼女の問いに不思議そうな顔を見せるが、小鳥先生はそんなことを気にする様子もなく、嬉しそうに笑顔を見せた。


「あなたの言う通りですわ。残念ながら、わたくしたち教員もこのプロジェクトが終了するまで、ここから出ることは許されておりませんの。どうやってその仮説を導き出したのかは分かりませんが、色々なところにアンテナを張って、色々なことを疑ってみるのは、とてもいいことですわ。目に見えていることだけが全てだと思わず、与えられた情報を鵜呑みにせず、自分自身で考え、事の真意を捉える。その感覚は今のあなたたちに必要なものだと先生は思いますの」


 にっこりと微笑む小鳥先生は、見た目に似合わず教師らしいことを言って話を締めくくった。

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