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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第10話

「このプロジェクトの目的は、学力向上のために何が有効かということを導き出すこと。背景は皆も知っていると思うが、日本の学生の学力低下だ。それを食い止めるために、教育の根幹とも呼べる、教員の質というものに我々は注目した。そもそも教え方が悪いから子供が理解できないのではないか、という理屈だ。面白く且つ解りやすい、興味をそそるような授業。それを君たちにはこれから約半年受けてもらうことになる。どの授業がどのような影響を君たちの脳に与えるのかチェックするために、授業毎に検査を受けてもらう。検査室は隣の教室だ。ここまでで何か質問は?」


 場が静寂に包まれる。


 日本の学生の学力が低下した。では、低下する前はどうだったのか。それを考えれば、その当時の教師の質が良かったかどうかを検証すればいいことは、すぐに判る。時代が違うし、教師の質だけでなく子供の質も違うのだから、それだけで判断することは軽率だが、それにしてもこれだけお金をかけて、国家プロジェクトと銘打ってまでやる内容が、素晴らしき教師陣の授業が生徒の脳に与える影響、とは随分とお粗末だ。そんなことが判らないエリートじゃないだろう。


 そう思いつつも、口を噤む僕。だって、そんなこと言ったら身も蓋もないし、この雰囲気の中わざわざ発言する度胸も持ち合わせていない。この場で質問を求めても、手を挙げる奴なんて一人もいやしない――


「あのー、いいですか?」


 とか思ってたら、一人の女の子が挙手した。黒魔術の勇くんの後ろ、涼葉の前の席に座る、一条愛加とかいう子だ。アイドル志望なのかテレビの前でポーズを決めていた、ツインテールの女の子である。


「何だ?」


 眉一つ動かさず発言許可を与える都築さん。すると、一条さんはスマホをブレザーのポケットから取り出した。


「昨日、ネットしようと思ったら繋がらなくて。圏外だったから勿論電話も無理。連絡取れないの困るんですけど。どこにあるんですか? インターネットできたり、電話できたりする場所って」


 彼女の発言は、都築さんの説明とは全く以って無関係。これは都築さんへの、もっと大きく言えば、国家プロジェクトへの反抗と取れなくもない。やる気ゼロが丸分かり。まあ、僕も人のこと言えないんだけど。


 一条さんの質問を聞き、都築さんが徐に口を開く。そして続いた台詞は、


「ない」


 一条さんの目が見開かれる。だけど、驚いたのは彼女だけではない。全員が全員、都築さんの信じられない言葉を前に目を剥いていた。


「ちょっ……、ないってどういうこと!? 約半年、誰とも連絡取れないってこと!?」


 一条さんが机を勢いよく叩き、その手で立ち上がる。


「そうだ」

「は!? ふざけてんの!?」


 明らかにクラス内に動揺が広がる。当然だ。ここに来た誰も、そんなこと知らされていなかったのだから。


「この国家プロジェクトの目的は、ボクたちの脳への刺激を図り、授業が与える影響を分析するもの。一切の連絡を絶つことに必要性があるなら、その理由を説明していただけますよね?」


 中央最後列に座る、オタクっぽいようなインテリっぽいような雰囲気を纏う、四角い黒縁メガネをかけた高林賢人。僕の寮の部屋のお隣さんである。その彼がメガネのレンズを光らせ、鋭利な質問を投げかける。


「今君が言ったことが私の答えだ。我々は授業が君たちの脳に与える影響を図り、正確に分析したい。だから、それ以外の余計なことは一切排除する。我々は純粋に授業だけが与える影響を図りたい。これが回答だ」


 都築さんは高林くんの質問にも動じない。きっと容易に想定できた質問だからなのだろう。高林くんが悔しそうに小さく舌打ちする。


「他に質問は?」


 教室を見回す都築さんに、生徒たちは徐々に積もるフラストレーションを抱え、歯噛みする。


 ここで一つ判ったことがある。それは僕たちが、とんでもないところに連れて来られてしまった、ということである。窮屈で圧迫の絶えない空間。ここにいるメンバーとしかコミュニケーションが取れないなんて、想像しただけで息が詰まる。そして、そこまで徹底させる国の異常さ。


 通常の授業は、様々な人とコミュニケーションが取れる日常で行われるもの。だったら、非日常空間での結果にあまり意味はない。きっと高林くんもそう思っているだろう。それでも敢えて反論しなかったのは、あくまでこれは研究の一環という位置付けだと考えられるからだ。純粋に授業だけが与える影響を図りたいのであれば、確かにそれ以外のことはない方がいい。


 だけど、その論理に更に反論するのなら、フラストレーションが溜まった精神状態が脳に与える影響も考慮すべき、ということだ。通常の精神状態で臨まなくては、実験結果が違ったものになる可能性は大いに考えられる。


 それでも敢えて一切の外部との接触を禁止すべき、と国が考えているのだとすると、そこから導き出される仮説は次の二つ。


 一つは、国がアホだということ。脳内沸点五十度の僕が考えられるレベルに到達できないとは、何とも情けない。


 もう一つは、この国家プロジェクトには別の意図がある、ということ。表向きは学力向上のための実験だけど、実際はもっと別の何かを図るために僕たちをここに監禁している。


 考えたくもないけど、可能性としては後者の方が高い。これだけの予算をかけて、国がアホでした、なんて結末になるわけがない。一応、国家公務員一種試験を通ったエリートなんだから。


 僕は湯気が既に立ち上っているんじゃないかと思われる脳を一時休止させて、反応のない教室に意識を戻す。


「今までのところで特に質問はないようなので、次は君たちの生活面の話をさせてもらう。半年もここで生活していたら、必要なものも出てくるだろう。そんな時は、この校舎の横にある購買を利用するように。軽食から文房具、下着まで、必要そうなものは全て揃っている。お金は国で経費として負担するので、購入の際はレジで受け取るレシートにサインをするように」


 ここに税金が使われるということは、この購買には娯楽的要素のあるものは置いてないんだろうな。世の中の情報をキャッチする術もなさそうだし、この合宿から帰ったらきっと浦島太郎状態だ。


「それでは、これから時間割表を配る。各自後ろに回してくれ」


 都築さんは、教壇の上に置いてあった十人しか名の連なっていない黒い出席簿に挟まったプリントを取り出し、左から順に三、四枚を一番前の列の生徒に手渡す。


 僕は差し出された時間割表に目をやったまま、後ろの早坂くんに回付した。


 時間割表は月曜から金曜まで、六時間ぎっしり詰まっていた。体育とか音楽とか、学力低下に関係なさそうな科目まで入っているところを見ると、あくまでこの合宿の単位がきちんと高校のものに帰属していることが窺える。


 両手で掴んでいるプリントを見て、理系科目が壊滅的な僕に一つの懸念事項が浮かぶ。まさか、ここに書かれている科目を全てみんなで受けなきゃいけないなんてこと、ないですよね……?


 僕の抱える不安について、誰か質問しないかなーと思っていると、都築さんの方から時間割についての説明が始まった。


「最初に言っておく。この時間割に書かれている科目は、全て受けてもらう。理系だから、文系だから、という理由で、必要ない科目を受けない、ということは許されない」


 僕が一番訊きたいことから先に言ってくれた都築さん。読心術でも使えるんでしょうか? そして、返ってきたのは僕が最も期待しなかった答え。まあ、何となく予想はできていたけど。


「音楽、美術、体育、家庭科などの科目も同様だ。全員必須参加とする。だが、安心してほしい。君たちが一番心配しているのは、今年は受験のための大切な時期なのに勉強の時間が取れない、ということだろう」


 ここで僕は思わず、そんなこと全く心配してません、と心の中でツッコミを入れる。


「君たちには、〝好きな大学に入る権利〟を与える。大学に進学する予定のない者は、〝好きな企業に入る権利〟を、企業にも入らない予定の者は、国から謝礼金として一千万円を与える」


 都築さんが強く言い放つ。闇に塗れていた生徒の目には僅かに光が灯る。


 僕が大学に進みたいと思った場合、全く勉強しなくても東大に入れる、ということか。ハーバードとかでも入れてくれんのかな? まあ、そんなところ行っても英語解らないし、勉強に付いていけなくてリタイアするのがオチだけど。


 僕は大学には行く予定だけど、それを隠して世界放浪者になる予定ってことにして一千万円をゲットすることもできんのかな? お金を貰った後、気が変わって大学進学に決めたってこともあるんだろうし。


 この僕の疑問は、誰もが考えたことらしい。さっきまでネットができないことで文句を言っていた一条さんが、口を開いた。


「あの、それって例えば、あたしが大学進学する予定だったとして、だけど、か、仮にアイドルになりたい、と思ってるとする。その場合、好きな大学に行く権利じゃなくて、一千万円貰って、レッスン料とかエステとかの足しにしてもいいってことなの?」


 強気に発言しつつも、ちょっと恥ずかしそうな一条さん。ふーん、やっぱりアイドルになりたいんだ。


 都築さんは一条さんの質問に機械的に答える。


「可能だ。ただし、大学は自力で進学し、後々好きな企業に入れる権利を行使する、といったことは認められない」


 ほおー、そうすると、仮に全員が一千万円貰うことを選択した場合、国として総額一億円の出費になるわけだ。税金真面目に納めてる人がそれ聞いたら、確実に泣くな。


 まあ、一千万円なんて考え様によっては安いものか。いい企業に入ってそこで一生働くことを考えると、そっちの方が貰える額は多いし、努力なしで最高学歴を手に入れられれば、大手企業に入れる可能性も広がるだろう。日本もまだまだ学歴社会な面があるからな。自分が起業しようと思ってるなら、一千万円貰ってそれを元手にするのがいいだろうな。


 親への手紙に〝将来を保障する〟という内容の文章が書かれていたのは、恐らくこういうことなのだろう。〝自分が死ぬまでの将来〟ではなく、〝一番近い将来〟を保障するのだ。


 うーん、じゃあ僕はどれを選ぼう? これって結構人生左右する選択だよね。


「これは、本プロジェクト終了までに決めてくれれば構わない。他に質問は?」


 再び都築さんが教室を見回すが、挙手する者はいなかった。


「質問がないようなので、次は教科書を支給する。隣の教室に教科書と、体育で使用するジャージを用意してあるので、各自取りに行くように」


 都築さんが教室を出て行くので、僕たち生徒はばらばらと席を立って彼女に続いた。

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