第0話
あの時の僕たちは必死だった。
新緑の葉は風に揺れて爽やかに歌い、日光を受けて光る小川は底に溜まる丸い小石を映す。蒼穹には小鳥が穏やかに舞い、海から運ばれる潮風は鼻腔を優しく擽る。
一見、天国と錯覚するほどの美しい光景。
だけど、そこは地獄だった。
まるで鳥籠のように敷地はフェンスで囲われ、それに触れれば電流が体の機能を一時停止させる。これだけインターネットが普及した現代で、ネットワークが繋がらない圏外区域。
そんな空間に佇む、汚れ一つない真っ白な校舎。それは無機質で、空虚で、邪悪だった。
不可視なものが襲ってくる恐怖、成す術もない絶望。怯え、体躯を縮め、自分の中で次第に大きく鳴り響く時限爆弾のタイマーに耳を塞ぐ日々。
枝に生い茂っていた葉はやがて色を変え、乾燥し、一枚、また一枚と地に落ちていく。
緊張の面持ちで足を踏み入れた教室。逃れるために必死に駆け巡った大地。極限の精神状態で仲間を懐疑した自分。
皮肉なことに、あの時間が人生の中で最もリアルで、最も生きているということを実感した時間だった。
あんなに生きることに執着したのは、後にも先にもあの時だけだと思う。
『運命を超えろ』
それが、あの教室に集った選ばれし僕らの全員の意思の表れであり、強い願いだった。精一杯運命に抗い、超越する。
だけど、僕たちの想いを遠くへ置き去りにするように時は無情にも刻一刻と過ぎる。
無惨で、残酷で、非道。そんな言葉が相応しい現実が否応なく僕たちを待ち構える。その時へ向かって時間は冷酷な音を奏で、着実に運命という名の狂わされた歯車を回していく。
当時はまだ誰も知らなかったんだ、僕たちを待ち受ける数奇な未来を――。