日曜日
この日は、朝から陰鬱であった。
今日を持って僕は彼女と別れる。
別れが辛くて陰鬱なわけではない。
彼女に別れを切り出して悲しませるのも嫌だし、
何より、あんなに好きだった彼女と実際に付き合ってみて、彼女を好きになるどころか嫌いになっていく自分自身も嫌だった。
約束通り二人分のお弁当を作り、仕度はばっちり。
「あんたえらく暗いわね、一体どこ行くの」
「デート」
「何でデート行くのにそんな暗いのよ」
「……行ってきます」
心配そうな母親に見送られて、家を出る。
市内の駅前にある噴水に、時間きっちりに到着。
足元に集う鳩を眺めていると、40分程して、彼女がやってきた。
「ごめんごめん、色々あって遅くなっちゃって、待った?」
「……今着いたところですよ」
こういう場ではこう言うのがセオリーだとわかっていながらも、内心イライラを抑えきれない。
着いたらすぐに映画を見る予定で彼女と話し合ったのに、見る予定の映画がもう始まってしまったじゃないか。
日本人は時間に過敏すぎるとは言うが、流石に40分の遅刻はいただけないのではないか?
「それにしても、暁君の私服……地味だね」
「そうですか。胡桃さんの私服は派手ですね。でも動きづらくありませんか?」
「そうそう、そうなんだよ。この日のためにオニューのにしたんだけど、動きづらくて家から駅につくのに予想外に時間かかっちゃって乗れなくて、こうして遅刻しちゃったんだよ」
青いジーパン、白いTシャツ、黒いジャケット。
煌びやかな彼女のフリフリした私服に比べると、確かに地味だと言われても仕方ないかもしれない。
しかしそのドレスみたいな服のせいで遅刻してしまったのなら本末転倒だ。
服装は動きやすさをもっと重視すべきである。
「見る予定の映画、もう始まってしまいましたから予定を変更して先にお弁当を食べましょう」
「はーい、朝ご飯食べてないからお腹ぺこぺこだよー」
噴水の前のベンチに二人で座り、作ったお弁当の1つを彼女に手渡す。
「うわ、すごーい。これ作るのにどんだけかけたの?」
「たいして時間はかけてませんよ。前日にお米を炊いて、野菜いためて、揚げ物をして、1時間くらいです」
「お味の方は……うわ、すっごい美味しい!」
「お気に召していただいたようで何よりです」
これでまずいとか言われたらお前の味覚がおかしいんだよと言ってしまうところだった。
「私野菜嫌いだけど、この味付けなら毎日でも食べられるかも」
「お母さんに味付の工夫するように頼んでおくことですね」
恐らく料理が下手なのは親譲りなのだろう、ここ一週間彼女のお弁当を見ていて思った率直な感想だ。
「んー、お腹いっぱい。お腹いっぱいになったら眠たくなってきちゃった。映画の時間になったら起こしてね」
そう言うと彼女は僕にもたれかかり、目を閉じてあっという間に寝息をたてはじめる。
僕はデート事情に疎い方だと自覚しているが、デート中に昼寝するというのはどうなのだろうか。
とはいえ彼女の昼寝を邪魔するわけにもいかないので、携帯電話を弄りながら映画の時間を待つ。
周りから見て、今の僕達はデートをしているように見えているだろうか。
「胡桃さん、そろそろ映画が始まりますよ」
「んっ……ふぁい」
「よだれよだれ」
あまり人前にはお見せしたくない、寝起きの彼女の口元をティッシュでぬぐってやる。
「えへへ……暁君、お母さんみたい」
「失礼な。誰がお母さんですか。映画館行きますよ」
映画館へ行き、チケットとパンフレットを買う。
勿論お代は言われずとも僕持ちだ。
見る映画も、彼女の好きそうな恋愛物。
ポップコーンとコーラを買って、彼女と隣り合って座り、上映開始。
映画の内容は、普通だった。
何かと縁のある二人がお互いを意識し合って、お互いの事を理解しあって、最後には結ばれる。
僕が何より望んでいた、恋愛のカタチだった。
唐突に恋が始まって、お互いの事を理解できずに最後には別れてしまう僕達の関係とは真逆だった。
「映画俳優も女優も好みだったけど、中身はイマイチだったね。何ていうか、刺激がないよね」
「そうですか? 素敵な恋だと思いますよ」
恋愛に刺激を求める人間は、恋に恋しているらしい。
彼女は運命的な出会いがしたかっただけなのだろうか?
「ゲームセンター行きませんか?」
「うん! 行く行く、プリクラ撮ろうよ」
映画館から出た後、僕達はゲームセンターへ。
「暁君って、よくゲームセンター行くの?」
「ええ、音ゲーとかしますよ」
「音ゲー! 私一度踊るやつしてみたかったんだ、一緒にやろうよ」
「いいですよ、踊るやつは得意中の得意だったりしますから」
二人で筺体に立ち、コインを入れる。
「曲は暁君が選んでいいよー」
「わかりました。それではこれにしましょう」
やり慣れている曲を選び、ダンススタート。
「え? え? 何これ? 速い、速すぎるよ」
しょっぱなからついていけない彼女。
しまったな、彼女はやったことがないのだから簡単な曲を選ぶべきだった。
「すみません、次は簡単な曲にしましょう」
2曲目は彼女に合わせて、一番簡単な曲を選ぶ。
「あ、これなら私でもできるかも、ほっ、よっ」
楽しそうに踊る彼女の隣、簡単すぎる曲を踊らされる僕は逆にイライラしていた。
ギャラリーに笑われていないだろうか、こんな簡単な曲をやっているカップルなんて。
「音ゲー面白かったね、プリクラ撮ろうプリクラ」
「はい、僕はプリクラは初めてなんですよ」
「えー、もったいないよプリクラ今までしてこなかったなんて、男友達としたりしないの?」
「今のゲームセンターは男だけでプリクラは駄目なんですよ」
「へーそうなんだ、笑って笑って」
彼女と二人プリクラの筺体に入り、写真を撮る。
どうにもプリクラの良さが僕はわからない。ツーショット写真なら普通にカメラで撮ればいいのに。
「落書き落書き」
「原型留めてないじゃないですか」
おまけに彼女は出来上がった写真に落書きをしだす。僕の顔に猫髭をつけたりウサ耳をつけたり、もう僕と彼女の写真だと気づく人はいないのではないだろうか?
「はいこれ半分。携帯とかに貼ってね」
「はあ」
「あ、UFOキャッチャーしよ!」
彼女からもらったプリクラをポケットに詰め込む。
その後も彼女がUFOキャッチャーのぬいぐるみを手に入れるのに2千円も使うのを呆れながら眺めたり、相性占いをして38%という微妙すぎる結果になって話のネタにもならなかったりとゲームセンターで時間を潰し、駅前の噴水に戻った頃には夕日が暮れていた。
「楽しかったね」
「そうですね」
ベンチに隣り合って座り、彼女の感想に適当な相槌を打つ。
そろそろ、切り出さなければいけないのだろう。
「約束通り、1週間経ったので別れましょう」
「えっ……」
彼女の顔を見ないように、空を見上げながらそう呟く。
「そんな、私の何が駄目なの? 私に、悪いところがあったら言ってよ! 直すからさ!」
「胡桃さん、僕を見てドキドキしますか?」
彼女が僕を好きになったのは、勘違い。
勘違いだったはずなのに。
「する、するよ! 今でも私、暁君見てドキドキするよ! 今全然危険な目にあってないけど、暁君見てドキドキするよ!」
「……っ」
どうして、こんな僕を彼女は好きになってしまったんだ。
「違う、違うんですよ胡桃さん、それはまやかしなんです、嘘なんです」
「嘘じゃない! 嘘じゃないもん!」
彼女の想いを受け止める事が出来ず、うわ言のように彼女の想いを否定する。
彼女を傷つけたくないから、それとも彼女の悪いところを伝えたくないから?
「……胡桃さんには、もっといい男性がいますよ。それじゃ」
「待って、ま˝って˝よ、暁くーん!」
彼女の顔を見ることができず、僕はカバンを手にして立ち上がり、駅の方へと駆けていく。
後ろで彼女の涙声が聞こえてきたが、振り返ることはできなかった。
「うっ……ううっ……」
家に帰り、僕は部屋で彼女と共に撮ったプリクラを見ながら泣きじゃくる。
僕のいい加減な態度が、いい加減な気持ちの恋愛が、彼女を傷つけたのだ。