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木曜日

 朝、家を出て学校へ向かう途中、道端で昨日の猫にすり寄られる。

 餌をあげたのは僕ではないというのに。

 猫に付きまとわれているうち、駅へ到着。


「おはよー暁君。あ、昨日の猫ちゃん。ちっちっち~」

「おはようございます。懐かれてしまったみたいで」

「暁君、動物に好かれそうな顔してるもんね~」

「どんな顔ですか……」


 猫を抱きながらにゃーにゃー言っている胡桃さんを見て、思わずときめいてしまうが、それよりも恥ずかしさが勝る。周囲の視線釘付けなのだ。


「? 何で離れるの? あ、ひょっとして猫アレルギー?」

「い、いえ……」


 こんなに可愛い子と付き合っているということを自慢したいという思いも確かにある。

 しかしこんな恥ずかしい女と一緒にいると思われたくないという気持ちが勝ってしまい、自然と彼女から距離を取ってしまう。彼氏失格だ。

 猫を可愛がる彼女をチラチラと見ながら、他人のフリをして学校まで歩く。


「学校着いちゃった。それじゃあね猫ちゃん、車には気を付けるんだよ」

「ちゃんと手を洗ってくださいね」


 学校についたので猫と別れ、猫臭い彼女と共に校内へ。


「あら、胡桃さん何その匂い。獣臭いわ」


 下駄箱でクラスメイトの女子が、彼女に嫌味ったらしく言う。


「でね、暁君。昨日お風呂で寝そうになって大変だったよ」

「大丈夫だったんですか?」

「結構危なかったかも」


 しかしその嫌味は、彼女には気づかれていないようだった。

 チッと舌打ちをし、忌々しそうに女子は教室へ。


「胡桃さん、手を洗うの忘れないでくださいね」

「そだったそだった、お手洗いお手洗い」


 教室近くの女子トイレに手を洗うため入る彼女を外で待つ。


「あ、みっちゃんおはよー」

「……」

「みっちゃん?」

「私よりも彼氏と話してれば?」


 中からそんな会話が聞こえてきて、トイレからそのみっちゃんと呼ばれた女子が出てくる。

 しかし参った、まさか女子というのがここまで恋人できて友人関係蔑ろにする人に冷たい種族だとは思わなかった。

 彼女とクラスメイトの関係を正常化させるためには、僕が悪役になる必要もあるだろうか。



「んー、エビフライ美味しー」

「野菜美味しいです」


 お昼休憩、相変わらず彼女のお弁当の野菜は僕が食べている。

 しかし困ったな、話題がない。

 頻繁に彼女は僕とお喋りするもんだから、会話のストックが切れてしまったのだ。

 何か、何かないだろうか。身近にあるもので話題……そうだ。


「海老って、虫っぽいですよね」


 エビフライを満面の笑みで頬張っている彼女に、海老の話を持ちかけてみる。

 すると彼女はエビフライを口の中に入れたまま、渋い顔をする。

 そしてエビフライをお弁当箱の中に戻してしまった。汚いなあ、学園のアイドルともあろうものがこんなところを誰かに見られたらとんだイメージダウンだよ。


「暁君、食事中にどうしてそんな事言うの?」

「え? いや、胡桃さんが海老食べてたので」

「もー暁君のせいで私虫を食べてるような気分になったじゃないのさ、もうこのエビフライあげるよ」

「いえ、流石にそれは……」


 間接キスならまだしも、彼女が口に入れて唾液べっとりのエビフライを食べるというのはどんなプレイだ。

 しかし失敗したな、僕は人の気持ちを考えて発言したりすることが苦手ということか。


「私の気持ちを暁君も味わうといいよ。ブロッコリーのぶつぶつって卵みたいだよね」


 復讐のつもりなのか、僕がブロッコリーを食べている最中にそんな事を言う。

 別に僕はそれくらいでブロッコリーを戻したりはしないが。


「うう……自分で言ってて気持ち悪くなってきた、私もうブロッコリー食べられないよ。だからこれもあげるね」

「……」


 食事の時間というのは癒されてしかるべきなのに、どうして僕はこんなにも疲れているのだろうか。

 食事を終えて教室へ戻る。

 彼女はお弁当箱を自分の机のカバンに仕舞った後、まだ話したりないのかこちらの席へ駆け寄ってくる。

 その途中、


「いたっ!」


 彼女は転んでしまった。

 いや、正確には転ばされたのだ。僕は見逃さなかった、女子の一人が足をひっかけたのを。

 犯人を思い切りビンタしてやりたい衝動を抑えながら、転んだ彼女に手を差し伸べる。


「大丈夫ですか」

「いてて……あはは、私ドジだよね」


 犯人グループからは、出たよブリっ子だの、そんな陰口が漏れていた。

 現金なものだ、仲が良かった頃は、彼女の性格も受け入れていたはずなのに。

 結局連中は彼女を利用していただけなのだろうか。

 魅力的な彼女と一緒にいることで、自分も魅力的になるとでも思っているのだろうか。

 男ができて用済みになったからって、自分達と一緒にいなくなったからって、だからってこんな事が許されるのだろうか。


「少し怪我してますね、保健室行きましょう」

「え? 別にいいよ」

「いいから」


 一刻も早くこの場を離れたかった。

 これ以上僕はあいつらの声を聞きたくなかったのだ。

 保健室に強引に彼女を連れ込んで、おでこにガーゼを貼る。

 少し怪我していたのは事実だった。

 きっぽになったら、あいつらの責任だろうか。元をただせば、僕の責任だろうか。


「そ、その、保健室って、何かドキドキするよね」


 自分が今どんな状況にいるか理解していないのか、理解していないフリをしているだけなのかはわからない。

 彼女にはっきり言ってやるべきなのだろうか、クラスの女子に嫌われているよと。


「……治療もしたし、教室に戻りましょう。そろそろ授業です」


 僕にはそれができなかった。



「ねえねえ、今日はカラオケ行かない?」

「……行きましょうか」


 陰鬱な気分で授業を受けて放課後。彼女にカラオケに誘われた。

 僕も気分転換がしたかったところだ、その誘いを受け入れる。


「んー、でも2人でカラオケってのもなあ。友達も誘っていい?」

「待ってください。誘うなら、カップルを誘いましょう」


 彼氏持ちの男がカラオケ行く時に女友達を誘うなんて、ロクなことにならないのはわかりきっている。

 それならカップルを誘うのが現実的だ。気まずい雰囲気になることはないだろうし、僕の苦労もある程度は理解してくれるに違いない。

 僕の友人カップルを誘って、4人でカラオケへ向かうこととなった。



「いえす! いえす! おーいえす!」

「胡桃ちゃんいいよいいよ~」


 彼女がノリノリでアニメソングを歌うのを、友人が合いの手を入れて盛り上げる。

 彼女は友人に任せて、僕は友人の彼女に悩みを打ち明ける。

 事情を説明すると、


「……なるほどね。確かに恋人できたからって友人関係蔑ろにしたら嫌われるわよ。私はこれでも友達付き合いもそれなりにしている方だけど、それでも恋人いない女子からたまに悪態つかれたりするわ。一度嫌われてしまったら、胡桃さんの容姿が魅力的ということもあって、嫉妬も入ってしまうでしょうね。修復は難しいと思うわ」

「やっぱり別れる時に僕が悪役を演じる必要があるのですかね……?」


 シナリオとしては、彼女と別れる際に酷いことをする。

 無理矢理犯そうとしたり、彼女を散々けなして別れたり。

 そうすれば僕が悪者になると同時に、彼女は同情されるのではないだろうか。


「そうしたら、『胡桃さんに問題があったから嫌われたんじゃなーい?』という展開になる可能性も否めないわね」

「た、確かに……」


 ああもう人間関係って難しい。


「私としては、そんな事で簡単に壊れるような友達関係、要らないと思うけどね。あなたの言っている通り、その子達は胡桃さんと一緒にいることで嫉妬や劣等感を感じながらも、彼女と仲が良いということをステータスにしていたのだと思うわ。本質的にね、男に好かれる女は女に嫌われるのよ。彼氏持ちになってしまって一気にその負の感情が爆発したの。あなた後数日で彼女と別れるつもりだとか言っているけど、そのまま彼女を守るべきなんじゃないの? 責任をとるべきなんじゃないの?」

「しかし、彼女は僕の事を本当に好きなわけじゃない。勘違いしているだけなんだ。僕も憧れだった彼女と実際に付き合ってみて、正直疲れるんだよ。彼女だって、内心疲れているだろうさ」

「私には、彼女は楽しそうに見えるけどね。偽りの愛が真実の愛になってもいいじゃない。ま、あんたが好きじゃないのならしょうがないけどね……あ、次私曲入れるわ」




「カラオケ楽しかったね!」

「そうですね」


 カラオケを終えた後、友人カップルと別れて、彼女と駅まで歩く。


「それにしても、暁君の友人面白い人だね。盛り上げ上手だよ」

「うん……うん……」


 彼女の会話も上の空。僕はどうするべきなのだろう。


「それじゃ、また明日」

「はい、さようなら」


 彼女と別れて、自分の家へ。

 遅かれ早かれ、彼女は彼氏ができたら、友人を蔑ろにして嫌われただろう。

 たまたまその相手が、吊り橋効果で惚れてしまった僕だということ。

 まともに惚れた相手でも、彼女は女子に嫌われたことだろう。

 いや、まともに惚れていたら、もっと恋人にゾッコンだったかもしれない。

 結局は彼女が悪いのだ。僕は悪くないし、どうすることもできないんだと言い訳をするように言い聞かせて布団へ入る。

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