火曜日
昨日彼女と夜遅くまでメールをしていたせいか、どうも朝から身体がだるい。
恋愛というのは、こんなに疲れるものなのか。
リビングで母親の作った朝食を食べながらニュースを見る。
今日の僕の星座は1位らしい。まったく信じないが。
「牡丹、そういえばあんたもそろそろ浮いた話とかないの?」
母親がそんな事を聞いてくる。
「実は昨日女の子に告白されてね、付き合うことになったんだ」
「あら! まーよかったわねえ」
「まあ、1週間で別れるけどね」
「え!? ちょっと牡丹、それどういうこと。あんたまさか遊びのつもりで」
「行ってきます」
遊びだなんてとんでもない、彼女を傷つけないためなのだが、母親にそれを説明するのも面倒くさいので、カバンを持って家を出る。
「あ、暁君おはよ。えへへ」
家から学校までの通り道にある駅で、彼女が待っていた。
どうやら僕を待っていてくれたらしい。待ち合わせなんてしていないのに、よくもまあ献身的に尽くせるものだなと彼女の恋に対する意気込みに感心する。
「おはようございます。学校行きましょうか」
「あ、ごめん暁君。私友達待ってるんだ」
「……そうですか、先に行っていますね」
「え? 暁君も一緒に待とうよー」
悲しいかな、僕の勘違いだったようだ。
彼女に一旦別れを告げて先に学校へ行く。
恋人の友人と一緒に学校に行くなんて、気まずいにも程がある。
仲間は多い方が楽しいなんて考えで一緒に待とうと誘われても困るのだ。
「この度私、暁君と付き合うことになりました!」
先に教室に行って自分の席で本を読んでいると、教室に入ってきた彼女が爆弾発言。
学園のアイドルがそんな事を言えば、当然教室はざわめき、視線は僕に集まる。
僕は目立つのが好きではないというのに。何てことをしてくれたんだ。
「胡桃ちゃん、正直似合わないよ、月とすっぽんだよ」
「そんなことないもん!」
さりげなく僕をこきおろすクラスの女子。
正直腹が立ったが、お似合いのカップルではないと思っているし、彼女に比べれば自分がすっぽんであることも自覚していた。
「お前どういうことだよ? どんな汚い手を使ったんだ!?」
「何でお前なんかと」
クラスの男子には詰め寄られる。その大半は嫉妬によるものだろうか。
彼女の発言のせいで、僕が敵を作ってしまったことは火を見るより明らかであった。
『なんであんな発言したの』
その日の午前の授業中、僕は不機嫌を隠せずに彼女にメールを送って問いただす。
『だって嬉しかったもん。皆におめでとうって言って欲しかったもん』
なんて能天気な頭なのだろうか。
現実は女子には不釣り合いだと言われ、
男子には嫉妬から評価を下げられ、僕がダメージを負っただけだ。
これが原因で男子にいじめを受けるようになったらどうしようかと、ナイーブな気持ちで授業を受ける。
「暁君、一緒にご飯食べよ」
お昼休憩が始まると、すぐに彼女が僕の机まで椅子を持ってきて、僕の机にお弁当を置く。
どうやら拒否権はないようだ。
「わかりました。屋上に行きませんか」
彼女と一緒に昼食を食べるのは別に嫌ではないが、クラスメイトの視線を受けながら食べるのは嫌だ。
「屋上! 屋上いいね、恋人っぽいね!」
僕に天使の笑みを見せると、彼女はとたとたと屋上へ駆けていく。
クラスメイトの冷ややかな視線に耐えながら僕も教室を出て屋上へ。
「私達以外にも、結構カップルいるね」
「そうですね。そこのベンチで食べましょうか」
屋上の一角にあるベンチに彼女と腰掛け、二人してお弁当を開く。
「えへへ、すごくドキドキする」
「胡桃さん、ひょっとして高所恐怖症ですか?」
「あれ、何でわかったの? そうなんだよね、実は高いとこ怖くて。でも今は平気だよ、隣に暁君がいるからね」
そう言いながら彼女は僕に肩を寄せる。
ドキドキするのは高所恐怖症だからだよ、なんて野暮な事を言える雰囲気ではなかった。
「暁君のお弁当、美味しそうだね」
彼女が僕のお弁当……正確には僕の母親が作ったお弁当を物欲しげに見つめる。
「よければ食べますか」
「え、いいの? えへへ、それじゃエビフライもーらいっ」
彼女はひょいと僕のお弁当のメインのおかずであるエビフライを奪う。
よりにもよってそれを奪うなんて、遠慮という言葉を知らないのだろうか。
「あ、代わりに私のピーマンの肉詰めとブロッコリーあげるね」
そして彼女はピーマンの肉詰めの肉を食べた部分とブロッコリーを、強引に僕のお弁当にひょいひょいと入れる。
「胡桃さん……好き嫌いは駄目ですよ」
「あ、この人参もあげるね!」
ぐいぐいと僕の口に人参のソテーを押し込む。
食生活が合わない夫婦は、うまくいかないと聞く。
夫婦でなくて恋人なのだが、やはりうまくはいかないのだろう。僕は人参を咀嚼しながらため息をつく。
「あ、ひょっとして人参嫌いだった? ごめんね」
「いえいえ、そういうわけではありませんよ。……胡桃さん、今楽しいですか?」
「? 変な事聞くね、すごく楽しいよ?」
「そうですか。僕も楽しいですよ」
好きな女の子と一緒に昼食を食べているというのに、僕はいまいち楽しめなかった。
「ごちそうさまっと。何する? 何する?」
食事を終えた彼女が、キラキラとした目で僕を見る。眩しい笑顔に思わず目を背けてしまう。
「友達と話したりして、遊べばいいんじゃないですか?」
「えー、恋人なんだし、暁君と遊びたいよ」
「恋人も大事ですが、友人も大事だと思いますよ」
友情よりも恋愛を重視した結果、孤立してしまった人間は結構多い。
1週間で別れる予定なのだ、あまり彼女の交友関係にひびを入れたくはない。
「何でそんな事言うの? ねえねえ、もっと話そうよ」
そんな僕の気遣いには気づいてくれず、彼女は少し怒った顔になる。
頬をぷくっと膨らませ、思わずつつきたくなる衝動に駆られる。
「……わかりました」
結局僕は、彼女の誘いを断る事が出来なかった。
午後の授業を受けた後、僕と彼女は一緒に学校を出る。
「付き合うってやっぱりいいね、エビフライ食べられるし、ピーマン食べてもらえるし、ブロッコリー食べてもらえるし、人参食べてもらえるし」
「好き嫌いは駄目ですよ」
もし世の恋人達がそんな理由で付き合っていたとしたら、世も末だな。
明日から彼女の好きそうなおかずを母親にたくさん作ってもらおうかと考えながら、彼女と駅まで歩く。
「それじゃあ、また明日」
「あーん、まだ電車が来るまで時間あるからもうちょっと話そうよ」
「……わかりました」
本当は早く帰ってみたいテレビ番組があるのだが、可愛い彼女のためにここは我慢することに。
結局彼女と会話している間に彼女が乗る予定だった電車が出発してしまい、更に駅前での彼女との会話は延長された。
ひょっとしたら彼女はわざと一本電車を乗り過ごしたのではないだろうかと思える。
そうまでして僕と会話したいのだとすれば嬉しい限りだが、正直話が合わない。
家に帰った僕は、何とか彼女と話を合わせるために、彼女の好きそうなテレビ番組や音楽などをチェックする作業に勤しんだ。
夜9時前、彼女からメールが届く。
『今から始まるドラマ、すごく面白いよ!』
言われてテレビをつけ、彼女の言うドラマを見てみる。
確かに面白そうではあったが……
『最終回じゃないか。全然ストーリーわかんなかったよ』
『えへへ、ごめんごめん。今度ビデオ借りて最初から見るといいよ』
最終回のドラマを他人に勧める彼女の神経に苛立ちながらも、メールを何通かやり取りし、彼女の勧めてくれたドラマを最初から見るためレンタルビデオ屋でビデオを借り、何話か見たところで床につく。