月曜日
以前書いた短編の焼き直し
騙されている人間に、あなたは騙されていますよと言ったところで大して効果は無い。
何故なら騙されている自覚がないからだ。
サブリミナル効果や、ステルスマーケティグ効果に踊らされた人間だって、自分が踊らされているという自覚はない。
僕……高校2年生の暁牡丹が何を言いたいかと言うと、結構皆思い込みが激しいということだ。
「ねえねえこの音楽聞いてみてよ! これ聞いたらダイエットに成功するの!」
「うっそ!? 私もそれ聞く聞く!」
例えば、教室で嬉しそうに音楽を宣伝しているクラスメイト。
あのクラスメイトがダイエットに成功した、というのは本当だろう。
1ヶ月前に比べると、確かに腰回りが痩せている。
しかし彼女の聞いている音楽がダイエットに効果のあるものかと言われれば、嘘のはずである。
彼女の聞いている音楽は、確かどこかの大学が開発した記憶力に効果のある音楽だったはずだ。
ところがどういうわけか、彼女はそれをダイエットに効く音楽だと思って聞いている。
ひょっとしたらあの音楽には記憶力向上だけでなくダイエット効果もあるのかもしれないが、
彼女は思い込みで自分の体を痩せやすい体にしたのではないだろうかと考えている。
少なくともあの音楽を普通の人間に、普通の音楽だと言って聞かせたところで記憶力はあがるかもしれないが、ダイエットには効果がないのではないだろうか。
僕は正直言って、思い込みでダイエットに成功できる彼女が羨ましい。
どうにも僕には、思い込みができないのだ。
「このアイドルすんげー可愛いよな」
「わかる。めっちゃドラマとかCMにも出てるし、やっぱ皆評価してんだな」
教室で流行りのアイドルをべた褒めしている男子達。
芸能人などを見た目や喋りなどではなく、メディアの露出具合で評価する人間は一定数いる。
いわゆる『皆評価してるんだから自分も評価しよう』という考えだ。
このアイドルの事務所のように、そういう人間をうまいこと利用するところもある。
自分の中でプラスの補正をかけて物事を見ることができるのだから、彼等の中では周りは素晴らしいもので溢れているのだろう。
僕は正直言って、他人の評価を基準にできる彼等が羨ましい。
どうにも僕には、そういうことができないのだ。
「あのアイドルとかゴリ押しだろ、飽きた」
「つうかめっちゃブサイクじゃん、皆騙され過ぎだろ」
一方、彼等のように逆に評価を下げる人間もいる。俗に言う捻くれ者だ。
好みは人それぞれだが、僕としてはこのアイドルは中の上。
彼女が普通のアイドルとして売り出されていたら、彼女をブサイクと評す彼等は一体どんな評価を下すのだろうか?
彼等は別に羨ましくない。
「あのアイドルすごく可愛いよねー。私もこの音楽でダイエットに成功したよー」
特徴的なふわふわとした声が僕を刺激する。
胡桃杮。僕のクラスメイトで、学園のアイドルと評されている女の子だ。
先程アイドルの話をしたが、彼女がアイドル扱いされているのは彼女の実力だ。
ブロンドのさらさらとしたストレートにくりくりと愛らしく小さな顔、大きすぎないDカップの胸、少しもちもちとしてるところが健康的な下半身、声優としても即戦力になりうる声。
グラビアアイドルにだって、ライブアイドルにだって今すぐなれるだろうし、裏表のなさそうな性格だって男を魅了する。
僕だって、彼女の事は好きだ。
けれど告白どころか、喋ったこともほとんどない。
今まで何人もの男の告白を蹴ってきた人間に僕が告白したところで成功するはずがないと思っているのもあるが、僕と彼女は致命的に相性が悪いからだ。
彼女ははっきり言って、思い込みが激しい人間だ。僕とは正反対の人間だ。
思い込み以外にも、彼女を観察していると僕と合わない箇所が多々見受けられた。
その思い込みの激しさから醸し出される幼さも彼女の人気の1つだし、彼女を見ていると僕もなんだか癒されるが、遠目から見るのと実際に交流するのとでは全然違う。
アイドルは崇拝するものであり、交流するものではないのだ。
だから僕は今後も彼女と関わることなんてないだろうと思っていた。
ところが、神様というのは随分意地悪らしい。
とある日曜日、僕が買い物から家に帰る途中、
「誰かー、誰か助けてくださーい」
「うるせえ! 声出すんじゃねえ! 切られてえか!?」
彼女……胡桃さんの助けを求める声と、下品な男の声を聞いてしまう。
どうやら不良にからまれているようだ。好きな子のピンチを知ってしまったからには、見て見ぬふりをするわけにはいかない。
僕は声のする方へと向かい、
「お前ら、彼女を離せ!」
意気揚々と不良達に立ち向かう。
「げほっ」
「あ、暁君! だ、大丈夫?」
そして1分も経たないうちに負けてしまう。
「こいつマジだせー、かっこつけてすぐにやられるとか」
「ヒーロー気取りの男とか糞カッコ悪いんですけど」
男達が倒れた俺の背中をげしげしと蹴りつける。
最早興味は彼女ではなく、僕を痛めつける方へ向いているようだ。
そうだ、それでいい。こいつらの注意を僕に引きつけておけば……
「君達、そこで何をやっているんだ!」
「げえっ、マッポ!」
事前に通報しておいたので、警察がやってくるというわけだ。
僕が不良に立ち向かったのは戦うためではなく、彼女に危害を加えさせないための時間稼ぎというわけだ。
「暁君、大丈夫?」
「大丈夫。それじゃ」
一目散に逃げ出す不良に勝ち誇りながらボロボロになった服の土埃を掃っていると、胡桃さんが心配して話しかけてくる。
しかし恥ずかしくなって僕はすぐに彼女を置いて去ってしまう。
彼女から見れば僕は大見得切ってボコボコにされた情けない騎士崩れだ。彼女の評価も駄々下がりだろう。
勿論警察を呼んで、時間稼ぎのために盾になったと正直に言えば評価は逆にあがるかもしれないが、そんなの逆に情けないじゃないか。
僕は別に彼女の好感度を稼ぎたくて、惚れられたくてこんなことをしたわけじゃないんだ。
体がかなり痛いし、服もボロボロになったからクリーニングに出さないといけない。
そのうえ彼女には情けない男だと思われたことだろう。
しかし僕は今日の行動を後悔はしていなかった。
「あの、付き合ってください!」
「……え?」
しかし翌日の放課後、屋上で彼女に告白された時は、昨日の行動を後悔するのだった。
あんだけ情けない姿を見せたのに、どうして彼女は僕に惚れるのだろうか?
『負けるとわかっていても私のために戦ってくれるなんて素敵!』とでも考えているのだろうか?
好きな子に告白されるという美味しいシチュエーションではあるが、僕は内心困っていた。
僕と彼女が付き合ったとして、うまくいかない。僕はそう確信していた。
うまくいかずにそのうち別れて、彼女を傷つけてしまうだろう。僕だってきっと傷つく。
しかしここで断っても、彼女を傷つけてしまうだろう。
好きな人間を傷つけるわけにはいかない。彼女の告白を断り、なおかつ彼女を納得させる必要があるのだ。
「胡桃さん、何で僕を好きになったの?」
まず僕は、彼女に告白した理由について尋ねてみる。
「んとね、昨日、怖い人にナイフを突きつけられて脅されて怖くて目をつぶっててね、暁君の声がしたから目を開けたら、すごくドキドキしたの。これって恋だよ」
なるほど。そのドキドキは、恋のドキドキではないだろう。
「それはね、吊り橋効果って言うんだよ」
「吊り橋効果?」
「うん、簡単に言えば恐怖でドキドキしている時に近くに異性がいると、そのドキドキを恋愛感情だと勘違いしてしまうんだよ」
助けに来た僕を見て一目惚れしてドキドキしたわけではない、目を開けた時に近くにあったナイフが怖かったんだ、彼女は。
「そんなの嘘だよ。私今だってドキドキしてるもん」
口で言っても理解してくれないのなら、体で理解させるしかないだろう。
「胡桃さん、ちょっとこっち来て」
「うん」
僕は彼女を、屋上の、人が落ちるのを防ぐための柵へと連れて行く。
「実はここの柵だけ、ゆるくて外れるんだ。胡桃さん、ここに立って」
「ええっ!? や、やだよ、落ちちゃうよ」
「大丈夫だよ、僕が突き落としたりしなければ落ちないから」
「う、うん……」
柵の一箇所を外してそこに彼女を立たせる。
彼女は足をガクガクと震わせている。彼女が恐怖を感じているのは誰の目にも明らかだった。
「どう、胡桃さん、今ドキドキする?」
「うん、する! 何だか暁君が、物凄くカッコよく見える!」
「胡桃さんは怖くてドキドキしてるだけなんだよ、そのドキドキを恋愛感情だと勘違いしちゃってるんだよ。具体的に僕のどこが好きか、言える?」
「あ、あれ? どこなんだろ……」
お互いに危険を乗り切った男女が、吊り橋効果で恋に落ちる……そんな美談めいた話もよく聞くが、
吊り橋効果で恋に落ちた二人は、得てして長続きしないものだ。
だって偽りの恋愛感情なのだから。相手のどこが好きになった、とかじゃないんだから。
「でも好きなんだもん! ドキドキしてるもん!」
しかし、偽りとは言えど彼女が僕に恋愛感情を抱いてしまっているのはまぎれもない事実。
「わかった。じゃあ1週間。1週間だけ、僕と付き合おう」
「お試し期間ってこと?」
「そういうこと」
「つまり、その1週間の間に、暁君をその気にさせろってことだね」
「いや、そういうんじゃないんだけど……」
僕は彼女の告白を、一時的に受け入れることにした。
実際に彼女と交際することで、僕と彼女とではうまくいかないということを、彼女は僕を好きになったわけではないと、彼女に理解させるのだ。
僕自身、一時的とはいえ、うまくいかないとはいえ、彼女と交際してみたかったというのもある。
正反対の人間は逆に相性がいいとも言うし、意外と付き合ってみれば本当にうまくいくんじゃないかという望みもあった。
まず、僕達は一緒に下校することにした。
「えへへ、恋人と一緒に下校って、憧れてたんだ」
「そうなんだ。ところで胡桃さんって、今までたくさんの人に告白されてたよね? 何で今まで断ってきたの? 恋人と一緒に下校したかったら、とっとと作ればよかったじゃないか」
「誰でもいいってわけじゃないよ。今までの男の人は、ドキドキしなかったもん。でも暁君は、ドキドキするもん」
僕が助けにいかなかったら、下手したら彼女は不良にドキドキして恋してしまったかもしれないなと考えながら、早速自分と彼女のうまくいかない箇所を発見してしまう。
それは歩く速さ。ふわふわとろとろと歩く彼女に比べると、僕はすたすたと歩く。
すぐに距離が離れてしまい、ある程度距離が離れると彼女が走って僕の方へ追いつかざるを得ない。
「もー、歩くの速すぎだよ、二人の時間をもっと堪能しようよ」
「わかりました」
今度は僕が彼女のペースに合わせる。普段の半分以下のスピードだ。
「……あの、私と話してるの、つまらないの?」
「いや、そんなことないけど」
「でも何だか顔がつまんなさそうで」
しばらく彼女と話しながら歩いていたが、彼女に言われて、自分がいらいらしていることに気づく。
彼女の話がつまらないわけではない。そもそも彼女の声だけで僕は楽しめている。
いらいらの原因は、自分が彼女に合わせてゆったりと歩いていることだった。
歩く速さが合わないカップルは、うまくいかないと聞く。
1週間経たないうちに、彼女の方から別れを切り出されるかもなと僕はげんなりしていた。
「それじゃ私、電車通いだから。あ、そだそだ、アドレス交換しよ」
「はい。……胡桃さんの携帯、ごちゃごちゃしすぎじゃないですか?」
「えーだって可愛いじゃん、暁君のこそ、シンプルすぎだよ」
「携帯電話なのに、持ち運びに不便じゃ意味ないでしょう」
駅の前で彼女とアドレスを交換する。
アクセサリーを大量につけた煌びやかな彼女の携帯と、
色もシンプル、アクセサリも何もない、待ち受けだってデフォルトな僕の携帯。
僕が家に帰ると、早速彼女からメールが来る。
『初メール! よろしく/(´^┏o┓^`)\』
こんな中身のないメールを送られて、僕にどうしろと言うのだろうか?
『よろしくお願いします。胡桃さんは、好きなテレビ番組とかありますか?』
よろしくだけでメールが終わってしまいそうなので、こちらから話題提供をする。
それからしばらく、彼女とメールをする。
彼女のメールは絵文字や顔文字を多用しており、肝心の言いたいことが読みづらい。
その上何を伝えたいのか、よくわからない文章だった。
メールをしながら疲れながらも、来たメールには律儀に返信をする。
気づけば午後2時を回っていた。送ったメールは返ってこない。
きっと彼女は寝たのだろう。
自分がメールの辞めどきがわからないせいで、彼女に夜更かしをさせてしまったなと反省しながら、僕もベッドに入る。