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ケースその1


どこにでもいる庶民が、金持ちの友人をもつとロクなことがない。

これが、和泉櫻の持論だった。



けーす いち:映画



和泉櫻は今年で20歳。

この少子化の世の中、五人も子供を産もうと思った両親のおかげで末っ子として生まれた。

五人も子供がいると学費がかかるので、上の兄弟たちは学費を奨学金で払い、その間の生活費をアルバイトで稼いでいたという。それにならって櫻も大学に進学したので、生活費もアルバイトで稼いでいる。

そんな櫻の唯一の楽しみは、借りてきたDVDをアパートで見ることだ。

「DVD?映画なら映画館で見ればいいだろう?貸し切って」

休日にアパートでDVDを見ていると、尋ねてきた加賀英志はそういった。

「家でDVD見るから、帰ってくれる」


貸切?どこの庶民がやる行為だそれは。


櫻が心の中で突っ込みながらアパートのドアを閉めようとすると、その隙間に輝く革靴が差し入れられたのでしめるわけにはいかなかった。何しろ、加賀英志の履いているこの革靴10万円というお値段だ。

「DVDをもってこい」

「は?なんで」

「今から電話して映画館を貸し切るから、そこで一緒に見ようぜ」

そう言うと、加賀英志はポケットからスマートフォンを取り出してどこかに電話しはじめた。

「ちょっとまて」

櫻は急いでスマートフォンを取り上げると通話を切った。

「映画館の貸切なんて必要ない。家でも十分に見られる」

「映画館の方が画面も大きいし、音もいいんだろう?」

確かに、それはそうなのだが。たかがDVDを見るだけではないか。

「家で静かに見たいんだ」

「ふぅん。櫻がそれでいいならいいけど。」

というと、加賀英志はアパートのドアをサッと大きくあけて部屋の中へとずかずかと入り込んでいった。家主に断りもなく。

櫻は玄関で無造作に転がっている10万円の革靴を見つめ、丁寧にそれをそろえるとアパートのドアを閉めた。

テレビの前にもどると、櫻の定位置の隣で加賀英志が座って待っていた。

その状況で、そう言えば加賀英志と映画を見るのは初めてだったということを思い出した。

「どうした」

加賀を見ていると、不思議そうにこちらを見上げてきた。

「・・・・絶対に、途中で話しかけたりテレビの前を横切ったりしないでよ」

映画を見ている最中、話しかけられたり触られたりするのが櫻は嫌いだった。だから映画は基本的に一人でしか見ない。しかし、部屋に上がり込んだ加賀はどうしたってアパートから出ていきはしないだろう。

「わかった」と加賀は大きくうなずいた。

借りてきた映画は洋画でアクションだった。

基本的に吹き替えも字幕も必要のない櫻は、英語のみで始めから最後まで映画を観終わった。

その間、映画に集中していたのだが。終わってから加賀の存在を思い出した。

「まだいたのか」

驚いて思わずそう言った櫻を半眼で睨む加賀。

しかし櫻は本心を口にしただけだった。基本的にじっとすることが出来ないであろう加賀のことだ。さっさとアパートから出て行っているものだとばかり思っていたのだ。

「オレの存在を忘れる程に面白かったのか?」

「まぁね」

唇の端を吊り上げた加賀は妙な迫力があった。

「わざわざマナーモードにしてまでな。だから、オレが電話するとでないわけだ」

家で映画を見るときにも、櫻は携帯電話をマナーモードにする。集中してみたいからだ。

「男がいるわけじゃあないんだな」

「は?男?」

なんの話だいったい。

加賀は一つ頷いて言った。

「お前、今度から映画を見る時にはメールで連絡しろ。」

「は?なんで」

「オレと連絡が取れなくなると困るからだろう」

「いや、私は困らないけど」

「いや、困る。だからメールしてこい。それが出来ないなら映画を見る時にはマナーモードにするな。いいか、オレは本気だ。出来なかったら、テレビとデッキを壊すからな」



そんなやり取りがあったことを、テレビとデッキが壊されてから櫻は思い出した。

DVDを観ていたら、突然アパートのドアを激しく叩く音がし、開ければ勢いよく加賀が入ってきて10万円の革靴を履いたまま部屋の中へ入るとテレビとデッキをぶち壊したのだ。

突然の激しい音に、アパートの両隣の人が心配して出てきたのがみえて、櫻はひきつった笑みを浮かべた。

「すみません、お騒がせしました」

静かにドアを閉めた。



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