鳥山恭介
鳥山達(茜は眠っている)は、この部屋にあった無線通信室(あくまで命名で、本当は無線オタクの長男の部屋)に集まり、スピーカーからの音を聞いていた。
『東京のみなさん、ありがとうございます。こちらは日本狼です。たった今、狂人軍団の襲撃にあいました。ものすごい数です」
鳥山は来ていた。この実況者の秋葉はこの数時間無線で何度も楽しい会話をした。特に秋葉と黒澤は親睦を深め、見えない絆で結ばれている。
秋葉のいる刑務所の図は壁に貼ってある。秋葉の説明で簡単に書いたものだ。二重の四角形が書かれており、外側を高いフェンスが囲み、その内側をさらに高さ三十フィートあるコンクリート塀が囲んでいる。この東京には感染者と戦うコミュニティーが多数存在し、秋葉のいるコミュニティー、通称日本狼は都内でも強力なコミュニティーだ。自衛隊や警察署から頂いた銃や大砲、戦車があるからだ。
スピーカーから他の声が聞こえた。別のコミュニティーが励ましのメッセージを発信したらしい。
『がんばれ日本狼』
『ゴブリンより日本狼へ、負けるな、勝て、以上』
『負けるな同志たちよ!ゾンビ軍団に反撃を!』
『大日本帝国万歳!』
次々と日本狼に向かってメッセージが発信される。
『ありはとう、みんな。鳥山君、黒澤さんはそこにいるのかい?』
黒澤は顔を赤めた。
「ええ、ここにいるわ」
『ああ、黒澤、無事でよかった。いつか一緒にSF映画を見ようって約束を覚えているかい?』
「覚えてるわよ、馬鹿! それより自分の心配をして、お願い死なないで」
『僕に投げキッスをしてくれ、愛しの黒澤。おお! なんだか力がわいてきた。負けないぞ、負けられない、うわっ! 聞いたかい、同志たちよ。あの音を!』
スピーカー越しからすさまじい音がした。「たった今、わが日本狼は榴砲弾を発射した。一瞬でクレイジーズは全滅だ。いや、まだ大勢残っている』
見えてはいないが、全員日本狼の状況を頭で想像した。全員、大砲を搭載した要塞が感染者軍団と戦っているイメージがわいてきた。
実は、日本狼は未成年者、高校生や中学生、小学生の数が多く、高校生と中学生が中心となって活動しているのだという。その数は千人近くだ。
『現在、機関銃で応戦中』と秋葉は実況を続ける。『窓から外の様子が見える。僕の頭上の屋根から機関銃の弾丸が嵐のように飛び交っている。弾丸は暗い暗黒の闇のなかへ消え、僕達をクレイジーズから守ってくれている。狙う必要はない。適当に撃っても当たる。それくらい向こうは大勢で襲撃している』
その時、ノイズが大きくなった。そしておさまる。
『また榴弾砲が発射された。おぉ! 今度は戦車と装甲車の編隊が出動する。彼らはゲートを抜けていく。フェンスを透かして掃射するらしい……お、待ってました! 狼部隊の出動だ!』
狼部隊は秋葉いわく、高校生の運動部や大人の男を中心に編成したいわゆる特殊部隊らしい。
スピーカーからは、榴弾砲、戦車の大砲、装甲車の大型機関銃、機関銃などの銃声が聞こえてきた。
この戦闘は何時間も続いている。その間に鳥山はトイレに行き、そして戻ってきた。
「鳥山」と雑賀が口を開いた。「日本狼は火炎放射と焼洟手榴弾で感染者達を丸焼きにしているらしい」
「上手に焼けました~♪か?」
「焦げ肉ができている」
「感染者達の襲撃は数分前に止んだ。落下傘付き投下照明弾を発射中。前線の状況がより把握できやすくなった」
その時実況は止まり、驚きと恐怖で満ちた声で実況が再開された。
『わが軍はすでに数百人のクレイジーズを殲滅しているのにもかかわらず、連中はなおも襲来している! その数は数百、いや数千人だ! 狼部隊が撤退している。どういうことだ? くそ、今双眼鏡で状況を確認する。なんてことだ……右手のほうでフェンスが破壊され、無数のクレイジーズが侵入してきている。戦車・装甲車部隊はあっという間に飲み込まれた! コンクリート塀のゲートを封鎖。これで侵入は不可能だ!』
銃撃戦が再開した。おそらく機関銃や狙撃銃、突撃銃や短機関銃、散弾銃などで抵抗しているのだろう。ただよらぬ緊張感を感じた。
数分後には、銃撃戦は激しくなっている。日本狼の戦闘員は要塞の塀に立ち並び、眼下の敵に向かって銃で応戦しているに違いなかった。
鳥山は、自分の左腕に誰かが絡んできているのを感じた。
見れば、黒澤が鳥山の左手を抱き、心配そうに無線機の実況聞いていた。
「大丈夫だ、日本狼は最強だ。全滅するはずはない」
『現在、銃器だけでなく、火炎放射、焼洟手榴弾、火炎瓶、油で燃やした布切れなどでも抵抗。すごい悪臭だ』
黒澤は心配そうな目で鳥山を見つめた。
「彼らを信じろ」
『今度は迫撃砲だ。敵は大軍なので命中率は高い。んん? これは……』
しばらく間が空いた。
『みなさん、僕達の勝利を祈ってありがとう。しかし、クレイジーズは仲間の死体を山のように積み重ね、とうとうコンクリート塀と同じ高さになった。どういう意味かわかるか?』
黒澤は思わず聞いた。
「どういうこと? 彼らは全滅したの?」
『愛しの黒澤さん、その逆だ。仲間の死体の山を使って塀のてっぺんまで登って侵入してきた。次々と侵入してきた。塀死守部隊は必死に抵抗したが、侵入は食い止められなかった。それに、巨大な翼竜の襲撃にも遭っている。この部屋の廊下で銃声が聞こえる。非戦闘員も武器を持たされて戦わなければいけない。僕も機関銃を片手に、片手に日本刀を持って出陣する』
「そんな……」
『ごめん、黒澤さん。約束、果たせなかったね。わが軍は日本狼と同じ絶滅の道を歩むことになってしまった』
「がんばって! 生き残れるわ!」
『ありがとう――』
『秋葉、奴らが侵入しそうだ! ドアが持たない! 銃を持て!』
『待ってくれ、今は最後の別れをしている。黒澤、僕達はとうとう顔を合わせずに別れることになってしまった。でも、落胆しないでくれ。君はまだ生きている。僕の分も生きてくれ。僕はここで終わるけど、君だけは生き残って、ここで起きた事実を後世に伝えてくれ……僕のたった1つのお願いだ。生まれ変わったら、今度こそ会おうね。さよなら、僕らはできる限り――』
ドアが壊れる音がした。
『くそ、クレイジーズが侵入してきた! じゃ、行ってくる! 愛してるよ!』
すぐに銃声が響いた。
だが、すぐに止んだ。
同時に、スピーカーからはノイズしか流れなくなった。銃声も、迫撃砲も、爆発音も、なにも聞こえない。感染者の奇声以外は。
全員、黙っていた。黒澤に限っては、ただ、信じられないような顔で無線機を見つめていた。
確かに信じられない。要塞1つが、知能もない感染者軍団に落とされるなんて。
鳥山は、黒澤をベッドまで抱え、寝かせてやった。
「休憩も必要だ、休んでおけ」
「うん、ありがとう」
隣で眠る茜は、気持よさそうだった。
「大丈夫か?」
「怖いよ……秋葉が、日本狼の要塞が落とされるなんて。あそこが数時間で落とされたなら、ここは3分ももたないわ」
「考えるな、今は休んでおけ」
「どうしよう、怖くて仕方ないわ……」と泣きそうな顔で言った。
「確かに。ここは丈夫じゃない。俺も使い物になりそうにない。だがな、俺達は、いや、お前は生き残らないといけない。日本狼――秋葉の分まで生きなければならない。俺は今まで悪をした。でも、変わるチャンスが来た。今から俺は、ここの全員を守るぞ。約束する」
黒澤は、弱弱しく微笑んだ。
「そうね、みんなで生き残らないと……」
鳥山は心を決めた。今までは本能的に戦ってきたが、ここで初めて他人のために戦うと。――日本狼の二の舞はごめんだった。