佐々木奈々子
「行くぞ」
石倉は拳銃を構えながら廊下に出て、その後を奈々子が付いて行った。
「もうすぐ屋上だ」
ホッとしてしまう。屋上付近になると感染者の数が減ってしまうのか?
屋上に上がる階段を駆け上がり、2人は屋上に出た。すると絶句する。
屋上には大勢の感染者の死体があった。さらに黒焦げの巨大な怪物の死体も。その中に見覚えのある死体が……
「真人!」
思わず駆け寄る。だが、どんなに呼びかけても反応がない。脈を測るが、なかった。
「そんな……」
悲しいはずだ。だが不思議と悲しみが湧かない。心が麻痺したのか?そんなはず……しかし……
屋上にヘリが止まっていた。そして、パイロットらしき死体も……。石倉は死体に駆け寄る。
「くそ!パイロットが死んでる!」
ということは、脱出が不可能なのだろうか?
「なんてことだ……」
「つまり、出られない?」
「いや、安心しろ、俺はこう見てもパイロットの資格を取ろうと勉強し、離陸までは可能だ」
「じゃ、なぜパイロットになれなかったの?」
「試験当日にインフルエンザで休んだ」
そう言って、石倉はヘリに乗った。
「くそ、パイロットはご丁寧にもエンジンを切ってる」
「稼働は?」
「不可能じゃないが、なんせずっとヘリをいじってない。時間がかかる」
そう言って、石倉は思い出そうとしてるのか、装置をじろじろと見る。
その時だ。
階段から無数の奇声が聞こえた。
奈々子は階段まで行き、様子を見た。今まさに大勢の感染者が階段を駆け上がっていた。
奈々子はドアを閉めたが、鍵が無かった。感染者たちがドアを開けようと押してくるので、奈々子は自分を閊え棒にし、侵入を阻止しようと踏ん張った。
「まだですか!」
「もうチョイ!」
ドアが少しづつ開き始める。
「まだ……!」
「まだだ!」
感染者たちの腕が、奈々子の右手を掴んでくる。
「よし!来い」
奈々子はすぐにドアから離れ、全力疾走した。同時に感染者たちも飛び出してきた。奈々子は振り返らず、ヘリに乗ると、すぐに扉を閉めた。
大勢の感染者がヘリを囲み、車体をたたく。
「離陸する!」
プロペラが回り出す。回転が十分になると、ヘリが離陸した。大勢の感染者はヘリを見上げ、奇声を発しながら、ただ、ヘリが過ぎ去るのを見守った。
だが、ヘリが揺れ出す。
「くそ!エンジントラブルだ!緊急着陸する!」
ヘリはどこかの屋上に着陸した。
奈々子は慣れないヘリに吐き気を感じ、すぐに外に出て空気を一杯吸った。
すると、地上にあるヘリの残骸を確認した。それは自分が運ばれたのと同種のヘリだ。
「あの、地上にあるヘリの残骸は?」
「ん?ああ、俺が乗ってたヘリだ。ほかにも数名中学生が乗ってたな」
「え?じゃあ」
まだ街に取り残されている友人が大勢いるということになる。
奈々子は屋上から降りようとする。
「おい待て!どこへ行く?」
「友人を探しに行きます」
「馬鹿言うんじゃない、こんな広い街で友人が都合よく見つかるか?」
「それでも探します」
すると、石倉が一喝する。
「冷静になれ!このままみすみす地上に行くなんて、自殺行為と同じだ!」
「それでも行きます」
「見つかったとして、脱出はどうする?」
「頑張ります。出来なかったら、友人と一緒に運命を共にします」
「ふざけるな!」
「あなたはいつ自衛隊をやめたんですか?」
その言葉が突き刺さる。石倉は考え改めた。そうだ、俺は自衛隊だった。現役だ。本来の任務を思い出せ!
「わかった、俺はヘリを修理する」
そう言って、無線機と拳銃を渡した。
「これを使え。友人が見つかったら、現在位置を連絡しろ。迎えに行く」
「もしヘリが治らなかったら?」
「直せる。安心しろ」
「ありがとうございます」
「健闘を祈るぞ」
奈々子は階段を駆け下がった。