猫野良太2
数分前、猫野は薬局で何者かに殴られ、気絶していたが、たった今目を覚ました。薬局の椅子の上に寝かされていた猫野は、隣に何者の気配を感じ取っていた。
見れば、それは同僚の――いや仲間である須田ではないか!
凄腕弓手の須田は猫野が目を覚ますと、安心したように息をつく。
「よかった、死んでなかったのか」
「くくく、私が簡単に死ぬと?と言うよりなぜ、私を殴った?」
「てっきり、感染者かと思ったんだ。すまない」
猫野は「いてて」と呟きながら、立ち上がった。
「私を感染者と思うのは勝手だが、次からは間違えるなよ」
猫野は辺りを見渡した。
「私のつるはしは?」
「すまない、殴った衝撃で、あんたがどっかに……」
「くそ、素手で連中と戦えと?」
「代わりといっちゃ何なんだが……」
そう言って、須田は、レンチを渡した。
「こんなもの、外に出れば3分も持たないぞ」
「我慢しろ、きっと良い武器が拾えるさ。それより、髭そったらどうだ?」
「何?」
「あんた、そんな髭を生やしても、もう意味は無い。狐狩りは壊滅したんだ。それに邪魔なだけだし、正直似合わない」
猫野はそう聞くと、心と言う名の器が粉々に砕けた。
(似合わない……似合わない)
猫野は、薬局の洗面所に向かった。そこに、髭剃りがあった。
数分後、猫野は髭をそって須田の前に現れた。それは、あまりにも若々しく、美形であった。須田は思わず、赤面する。
「ひ、髭がないと、いけてるじゃないか」
「そうか?」
それを聞くと、思わず喜んでしまう。褒められるのは、ある意味じゃ久しかった。
その時、外から物音が聞こえた。
「まずい、きっと奴らだ!」
「くくく、激戦の始まりだ」
正面のガラスドアが叩かれ始めた。感染者が、短い棒を持って叩いていた。そして、割って中に入ってきた。
須田は弓を構える。
「待て、ここは俺がやる」
「でも……」
「あんな雑魚に矢の無駄だ」
猫野は、首をならしながら、感染者に近寄った。
「おい、そんな血塗れの格好じゃ、レディーに失礼だぜ」
すると、感染者は奇声を発しながら、猫野に組みかかってきた。猫野は感染者に捕まれ、倒れこんだ。感染者は圧し掛かってきた。
「猫野!」
「構うな!」
猫野はレンチで、感染者の頭を殴った。骨が軋んだが、感染者はなおも襲い掛かる。
「ちっ、てめーなんざ、彼女にこくっても振られるぜ、あんちゃん」
もう1度、今度は手加減なしで殴る。何かが砕ける音がし、感染者が痙攣を起こしたように震え、動かなくなった。
「須田、裏口から出るぞ」
「そ、そうだな」
2人は裏口から外に出た。外は、激しい嵐の様な豪雨だった。
「これはいい」
「なぜだ、猫野?」
「雨で、感染者の視界が悪くなってるぞ」
「私達の視界も」
2人は長い、坂道の様な階段を上がった。
上がれば、短い橋が見えた。すると、銃声が鳴り響いた。
「銃声だ!」
「この銃声は、拳銃だな」
悲鳴も聞こえた。
2人は銃声の響いたほうに走った。すると、制服警官が、感染者に文字通り餌食になっていた。
「須田、下がってろ」
猫野は走り、レンチで感染者の後頭部を二度殴った。感染者は、死んだ。
猫野は拳銃を拾い上げた。
「これはコルトディティクティヴスペシャルだ。全日本都道府県警察に採用されている回転式拳銃だ。装弾数は5発。弾倉と薬室を兼ねているシリンダーのおかげで、構造が単純だから、自動拳銃のように、弾詰まりは基本的に無い。欠点は弾が少ないことだけだな」
須田は呆れて、苦笑いした。内心、やっぱ美形でもオタクだなと思ったことだろう。
「予備の弾薬は貰っておこう」
猫野は、拳銃を腰に納めた。
「使わないのか?」
「拳銃は、取っておく。近接戦闘武器と違って、使用回数が限られている」
すると、前方から複数のわめき声が聞こえた。
見れば、10人前後の感染者達が、走ってきた。
「須田、逃げるぞ!」
「ええ!?戦わないのか?レンチに弓…はたまた拳銃があるんだ。きっと勝てる」
「馬鹿野郎!戦いの勝敗は武器で決まるんじゃない!」
2人は走り出した。大きな水溜りが、水飛沫を上げる。
感染者達のわめき声が近くなってくる。
すると、何かが飛んできた。
火炎瓶だ。
火炎瓶は、地面に落ち、辺りを火の海にする。
その上を歩く感染者達は、火が付着し、たちまち燃え上がったが、燃えながらもなお走ってきた。
マンションの8階の窓から、誰かが叫んだ。
「ここだ!ここに来い!」
2人はマンションの階段を駆け上がった。