変貌した友人
真人は全員を連れ、エレベーターに向かって廊下を走っていた。
信二を失った以上、自分が導かなければならない。そういう使命感を感じていた。
――よりにもよって、信二が感染とは
やがて扉が開いたエレベーターを見つけた。
「全員、中に入れ!」
そう言って自分もエレベーターに乗った。
その時、人間でもない、感染者でもない、猛獣でもない奇声、遠吠えともいえるのか、それが廊下中に響き渡った。
そして、遥か奥の廊下に、巨大な影が現れ、エレベーターに直進してきた。
真人は慌ててボタンを押し、扉を閉めた。エレベーターはゆっくり上がる。
全員が疲れたように座り込んだ。
真人も痛む左腕の肘を押さえる。
立花を見た。すすり泣いている。体には、周期的に震えが走る。真人はどう声を掛けていいのか分からなかった。分かるはずが無かった。
だが掛けることにした。
「あいつは残念だったな」
そう言って左肩を易しく叩く。
「大丈夫か?」
立花は顔を上げる。
「大丈夫、大丈夫……なわけない」
それものはずだ。真人は思った。
どう慰めるべきか?
「まあ、人生はつらい目に遭う、それを乗り越えてこそ、強くなれる」
我ながら説得力がない。
「乗り越えて、何になるの!」
立花はエレベーターの外まで聞こえる大きな声を出した。おかげで、真人は、警備員や研究員にばれて、捕まるのではないかと心配した。
しかし、そうした思いも、立花の顔を見れば吹き飛んでしまう。立花は今にも溢れんばかりの、目に大粒の涙を浮かべていた。
「乗り越えて、何になるの?!」
思わぬ反論に真人は、言い返せなかった。
「私は、ただ、前の学校でも普通に暮らしたかったのに……なんで2度も感染事故に巻き込まれるの…」
それは皆同じだと言いたかったが、言えなかった。
「皆は感染者を殺すときに、どんな気持ちなの?興奮?達成感?私は殺すたびに、言いようの無い罪悪感を感じてるのよ、胸が押し潰されそう……」
真人には理解できなかった。感染者を殺すたびに罪悪感を感じているのが信じられない。
「感染者も……彼らも<被害者>なのよ……ゾンビの様な一度死んだ存在じゃなきゃ、吸血鬼の様な自我がある存在でもない……悪い病気に罹った哀れな<被害者>なの……」
全員がはっとした。
確かにそうだった。生き残るのに必死で考えていなかったが、感染者は文字通り怪物でもない感染した人間だった。ウイルスによって自我を奪われた哀れな被害者だった。彼等は化け物ではない。あくまでも人間だった。
真人は何も言えなかった。いや、真人だけでない。真希も、奈々子も、森田も全員が何も言えなかった。立花の言葉で、全員が<加害者>になってしまった。
「感染者を殺すならまだいい……でも、でも、友人を殺すなんて……感染した友人を殺す羽目になるなんて……」
真人は悟った。「感染した友人」とは紘輝のことだろう。誰かは知らないが、立花と信二にとっては大事な人物だったんだろう。
「その……」
「何で私が大事だと思う人が感染するの……紘輝君、信二君……なんで感染しちゃうの……」
真人は理解した。彼女は強い人間じゃない。あくまで中学生だ。そして、恐らく恋人だった紘輝、そして、人知れず好意を抱いていた信二が感染して参ってしまってるんだ。
真人は立花に近寄り、手を取ると言った。
「ああ、世の中残酷だ、お前から大事な人物を奪っていくなんて」
エレベーターが開く。
「坂本、佐々木、森田、先に行け、俺達は後で追う」
3人は頷き、先に出ていった。
立花はワッと泣き崩れると、真人の胸に飛び込んだ。
真人は、そんな立花を抱きとめると、彼女の髪を優しく撫でた。
「私、私……信二君が好きだったの。信二君が憧れだったの。強くて、めげない彼が……紘輝君に似ていて…何に2人とも、感染するなんて……」
「確かに、世の中残酷だよな」
慰めるようにいい始めた。
「彼等は英雄だったよ、歴史に残らない英雄だ。自分の正義を貫き、お前を、仲間を守り続けた。もうお前は感染者を殺さなくていい。今度は俺が守ってやる。彼らと同じように必死に守ってやる。お前の本心は分かった。もう殺す必要は無い。殺人鬼の役目は俺が引き受ける。だから、悲しむな。悲しむなら東京を出てからだ。一緒に生き残ろう。東京から出られたら、青森を案内してやるよ。俺は青森出身だ。いいところだ」
優しく頭を撫でる。立花はただ、「ありがとう」としか呟かない。
真人は立花を連れ、廊下に出た。
まだ警報が鳴り続けている。
「しかし、何だ?この警報は?」
立花は肩をすくめる。「多分、避難警報じゃない?」
真希が来た。
「遅かったじゃない、まさか告白してた?」
「「してない」」
「それよりも、職員の姿がないよ」
「嘘だろ?そんなはず」
すると、ドアを開け、白衣を着た男が出てきた。
3人は見つかったと思ったが、その男の様子がおかしい。動きがぎこちない。
すると、人間離れした奇声を発した。
口から血を吐き、目が赤く染まっていた。
間違いなく、感染者だった。
「そういう警報か!感染警報発令!」
冗談か増したが、内心感染者が現れて驚いていた。
感染者は奇声を発しながら走ってきた。
真人は立花を後ろに下がらせ、真希が感染者の鼻面を殴り、怯ませた。
「股間よ!股間を蹴って!」と立花が言う。
真希は股間を蹴る。感染者は奇声を止め、目を広めて、倒れこむ。
なるほどと2人は頷く。感染者は弱点は一緒なんだな。
「弱点は分かったが、武器がないと生き残れない。どこか武器庫が無いか探さないと」
立花は首を振る。「でも研究所よ、武器庫なんてあるかしら?」
「希望薄ね」
そんな時、奈々子が木刀を持ってきた。
「佐々木、木刀はどこに?」
「保管室に置いてあった、他にも沢山のケースがあったぞ」
「言ってみよう」
そう言って保管室に案内してもらった。
保管室の前で、森田が金属バットで見張りをしていた。
真人はケースを次々と取り出し、調べた。水平散弾銃や89式小銃などが出てきた。
真人は小銃を森田に渡した。
「これを使え」
「あいにく、バットのほうが信用できる」
「まあ持っとけ」
真人は散弾銃を真希に、拳銃を立花に、渡した。
「持ってるだけもっておけ」
そう言って自分は拳銃と鉈を貰い、廊下に出た。
そして5人は廊下を進み、どこかへと目指した。そのどこかは、無論出口だ。
出口を目指し、5人は廊下を進んだが、広間に出たときは惨状だった。
大勢の自衛隊や職員の死体がそこらじゅうにあった。
全員吐き気を感じた。どれも惨たらしいものばかりだ。
だが、遠くから銃声が聞こえた。
「銃声のする方向は避けよう、きっと感染者が居る」
そう言って廊下を進もうとしたとき、突然、死体と持っていた自衛隊の1人が立ち上がり、真希を後ろから掴みかかった。
「坂本!」
真人は拳銃を構え、ぶっ放したが、片手ではコントロールができず、はずしてしまう。
鉈に持ち替えようとしたとき、感染者の後頭部を森田がバットで殴った。
「無事か」と森田は聞き、感染者に止めを刺す。
「ええ、意外ね、あなたが助けるなんて」
「お前さんにまだ喧嘩に勝ってない。ここで死んだら困る」
そう言った瞬間、他の感染者が襲いかかってきた。
森田は組合になった。
「森田!」
「因るな!これを!」
そう言って小銃を投げる。
「俺が食い止める!先に行け!」
真人は立花の手を引き、真希に言った。
「行くぞ!」
「でも…」
「いいから!」
3人は先に進んだ。
森田は感染者の頭を殴り、バットを持って撲殺した。
「はは、楽勝だ」
そう言って、3人の後を追った。
3人は廊下を進み続けた。
すると、5人の感染者が目の前に現れた。
真人は手前の感染者を鉈で切りつけたが、別の感染者に組みかかれた。
真希は散弾銃を構えた。
と。
銃声が響く。
感染者は全員倒れこむ。
「無事か!」
大人の声がした。
信也と京子が、そこに居た。
「母さん!」
真希は思わず呼んでしまう。京子は駆け寄り、全員に傷が無いか調べた。
すると、信也が言った。
「俺の息子……信二は?」
これは言うしかない。真人は思い切って言った。
「感染しました」
「感染……そんな馬鹿な、俺の息子だぞ、感染するはずなんか……」
「事実です」
信也は頭を抱え込む。そして、近くのゴミ箱を蹴りだした。
「糞!糞!糞!ふざけるな!!俺の息子が、俺の息子が……」
京子は振り返った。
「相沢さん、まだ希望はあります」
「何だ、どんな希望だ?」
「保菌者、ソフィー・ヴェルネを保護しましょう。彼女の血液から、ワクチンを作れば……」
「信二は直る?!」
「はい」
信也は小銃を構えた。
「皆俺について来い!ここから出してやる!」
全員は列を組んで、ソフィーと出口を目指して走った。
ソフィーはベルトを解そうともがいた。
モニターで感染者の数が増えているのに焦りを感じた。
すると、自分の口についている鉄製のヘッドギアを迷い無く――思いっきり左手首に叩きつけた。
天地がひっくり返るほどのの激痛苦痛を感じる、が気を失う場合ではない、まだ十分ではない、もっと、手首が砕けなければいけない
2度、3度殴る。
ソフィーの手首は、ようやくぐしゃぐしゃになる。
ソフィーは叫びながら、左手首をバントから引き抜く。
そして、今や血と痛みしかない使って、どうにか右手のバンドを外す。右腕さえ外れれば、後は速い。右腕で残りのバンドを外し、ヘッドギアをはずし、椅子から離れる。
壁にもたれ、左手首を押さえつける。痛みは慣れっこだ、生きてる証拠だ、そう自分に言い聞かせ、近くの台にある包帯を、左手首に巻き、実験室から出る。
廊下の警備は居ない。チャンスは今だ。
そう思ったとき、大勢の感染者が現れ、走ってきた。
思わずソフィーは叫んでしまう。
「来ないで!!」
すると。
感染者達は動かなくなった。それどころか、後ろに下がる。
ソフィーには理解できなかった。
だが、彼女が悟ろうが、悟らなかろうが、結果は変わらない。
彼女は純粋な人ではない。
全ての感染者が、脳に残る僅かな理性が、彼女に従えと命令した。
彼女は純粋な人ではない。
感染者の頂点に君臨する女王だ。
感染者の女王だ。
だが、本人はそれに気づかず、チャンスだとばかりに逃げ出した。
廊下を進み、広間に出る。
そこにも、彼女と似た存在、感染者の王、岡本が居た。
彼は自衛官の肉を食らい、やがてソフィーに気づく。
「やあ、ヴェルネ、久しいな」
ソフィーは下がる。
彼を恐れている。
「怖がるな、俺はお前の知り合いだ」
「あなた、誰なの?!」
「俺は、黒木大輝だ」
ソフィーは耳を疑った。
確かに黒木は自分達の教師で、全ての原因を作った人物で、良く知ってる。だが、目の前で自殺したはずだった。
「彼は、死んだはず」
「いや、俺は彼ではない」
何を言い出すか
「オリジナルは死んだ。俺は複製だ」
ソフィーは、その言葉を知ってる。
「オリジナルの彼はとっくに死んでいる。だが、研究所の連中は、彼の才能を欲した。そして1つの答えに辿り着く。クローニングだ」
黒木は歩き出す。
「だが、思うように出来の良いクローンは生まれない。彼は死ぬ前に感染していた。彼の死後も、ウイルスは彼の血液や細胞に寄生し続けていた。そうだとも。俺達クローンは生まれながらに感染している。それが原因で生まれる前に変異を起こし、化け物じみた兄弟達が生まれた」
ソフィーは思わず下がる。
「俺達の気持ちは酷いものだ!生まれながらに出来損ないの印を押され、研究対象としか見られず、データーが取れるとゴミのように処分される!」
黒木のクローンは笑い始めた。
「俺は処分から間逃れた。復讐を誓った。だから東京を汚染し、お前を逃がし、警備を手薄にさせた」
「酷い、復讐のために罪なきひとを」
「罪の無い人?この世は罪だらけだ!人間の存在自体罪だ!貴様は奇麗事を言ってるが、本当に研究所の連中を憎まなかったのか!」
ソフィーは目を閉じる。憎んだことはあった。それは認めた。
「確かに憎かった。でも、関係ない人を巻き込んでまで、殺したいとは思わなかった」
「偽善者が、まあいい。お前はもう必要ない」
そう言ってソフィーに一瞬で近寄り、その喉を右手で掴んだ。ソフィーは近くの自衛官から拳銃を取り、どうにか向けた。
だが、喉を絞め上げられて銃を落とし、必死に息を吸い込もうとも、黒木は彼女を持ち上げ、まるで獲物をぶらせげているようにし、手にした9mm拳銃をガンマンのように回して見せた。
ソフィーは空気を求めてあえいだ。
「覚悟は出来たかな?」
拳銃を向けた。死を覚悟した。銃声が響く。
だが、ソフィーの体に弾丸は貫かない。
倒れたのは黒木のほうだ。
喉が開放され、息を思いっきり吸う。
「大丈夫か!」
最初は信二が駆け寄ったと思ったが、その父、信也だった。
「し、信二君は?」
全員が答えられなかった。それだけで十分だった。目が涙でかすむ。
「そんな……」
「希望は捨てるな、あいつは死んだわけじゃない。お前さえ生きていれば、治るかもしれない」
意味は分かった。自分の血液からワクチンさえ出来れば……
「行こう」
信也は立たせる。
そして全員で研究所の出口に向かったが、再び出た広間で止まる。
大勢の自衛隊が銃を構えて待ち伏せていた。その中に、大澤の姿があった。
「逃がしませんよ、相沢陸相どの」
大澤は笑みを見せる。
「ここまでか」
信也は小銃を構え、中学生を自分の後ろに立たせる。
真人は立花を守れる位置に立つ。
「この混乱で逃げられるとでも?甘いですよ」
「さあな、どうにかなるさ」
ソフィーは心の奥で、信二が居ればと思った。
その時だった。
コンクリート製の床にひびが入った。全員が驚く。
そして、床を破壊し、何かが現れた。
それは怪物だった。
腹のところに一対の腕が見えた。前足や後ろ足に比べれば、極端に小さい。ティラノサウルスの手を思わせる。
黒いガラスの様な目をしていて、大口を開く。そこには牙があった。怪物はバッタの後ろ脚を巨大にしたような2本脚と、不格好なほど長い2本の手と言う前脚を持ち、四足歩行で歩いていた。
気持ちの悪い灰白色をした全身に体毛は無く、こんもりと盛り上がった背中、鞭のように長い尻尾。 頭の左右にある空気袋が膨張しては収縮する。一目見れば、エイリアンだと思ってしまう。
だが、それは紛れないかつては信二だった生物だ。
自衛隊はおろか、大澤も驚いている。
「何よ、あんな生体兵器作ってないわよ」
真人は胸糞悪くなる。ここでは生物兵器も開発しているのか。
先に発砲したのは自衛隊だった。
だが、弾丸は硬い皮膚と筋肉で無力化していた。
信二は自衛隊に向かって走っていった。
あっという間でった。
長い前脚で大勢が弾かれ、尻尾で頭を叩かれ、足で踏み潰された。自衛隊はあっという間に全滅寸前だった。
「本部、本部!未確認生物が――」
良い終える前に、その自衛隊は頭を食われた。
「くそ、正面は使えなくなったな」
信也は構えながら言った。
大澤はいつの間にか消えていた。
怪物は真人達を見る。
そして、遠吠えを上げ、走ってきた。信也は銃撃するが、無駄だった。
「全員逃げろ!」
言われた通り、全員さっきの道に戻った。
そして、エレベーターが見えた。
真人はエレベータをあけ、全員が入ると扉を閉めた。
だが、長い前脚がエレベーターに入り、真希の首を捕らえた。
真希は引っ張られる。
真人は鉈を振りかざしたが、中々傷つかない。森田がバットを振りかざし、ようやく放すが、今度は森田を掴み、エレベーターから引きずり出そうとした。
真希と立花と京子が森田を引っ張り、信也が隙間に銃を撃つ。
「畜生、俺を放せ!」
「駄目よ、しんじゃう……!」
森田が突然叫ぶ。
「くそ、肩をかまれた!」
全員が引っ張ったが、森田は引きずり出された。
エレベータは閉まり、上昇する。
全員が信じられない気持ちだった。かなりの変貌ぶりに、唖然とした。
真人は口を開く。
「あれじゃ、まるで怪獣だ」
立花は京子を見る。
「それより、生体兵器って何ですか?」
京子は黙り込む。
「母さん、正直に答えて」
「この研究所では、感染した生物を変異させるDEMONYOウィルスを利用して、生物兵器を開発していたの」
「何のためだ?」
「紛争地帯に居る軍隊に高額で売り込むため。生物兵器は通常兵器開発よりコストがかかんないから、安い予算で開発して、高値で売りつける。勿論、戦車やバズーカよりは値段は安いけど、事実、多くの民間兵が喜んで買い取ったわ」
「酷いもんだ」と信也は呟く。
「どんな兵器がいたんだ?」
「巨大な怪鳥や、バグのような昆虫、まあ色々と」
それきり、全員が黙った。
エレベーターが開いたとき、感染者が1人飛び掛ってきた。信也は感染者の鼻面を殴り、小銃で頭を撃つ。
そして、先頭に立って前に進む。
多くの感染者が襲い掛かってきたが、信也は持ち前の腕前で次々と撃ち殺す。
そして、屋上に着いた。
屋上では、チヌークと呼ばれる輸送ヘリが待機していた。
信也たちは乗り込み、信也はパイロットに怒鳴り込む。
「俺は陸上自衛隊相沢陸相だ!すぐに離陸し、東京から出るんだ」
「了解です!」
ヘリコプターが離陸し、飛び立とうとした。同時に雨が
が、ソフィーの悲鳴が聞こえる。
見ると、大澤が拳銃を彼女に突きつけた。
信也はすぐに小銃を構えたが、下ろした。
「賢いわね、この子が死ねば、息子が直らないと分かってるのね」
「要求は何だ?」
「ここはもう駄目ね、どこかの研究所で研究するしかないわね。離陸して」
ヘリは屋上から離れた。
だが、壁を壊し、何かが現れた。
信二だ。
信二は驚くほど高いジャンプをし、ヘリに体当たりする。
この衝撃で、直人、立花、ソフィー、大澤が屋上に落ちた。奈々子はそのままどこかに落下した。
大澤は信二に拳銃をぶっ放す。
だが、信二は大澤に食らいついた。
大澤は悲鳴を上げながら、絶命した。
今度は立花を殺そうと、ゆっくり近寄る。
「こ、来ないで!」
立花は後ろに下がるが、壁にぶつかった。
信二はグルルルルルと唸り声を上げ、立花を掴もうとした。
「やめろ、今畜生!」
真人は全力疾走し、信二に体当たりする。
信二は一瞬怯んだが、すぐに真人を壁に叩きつけた。
そして、前脚で立花と真人の首を絞め、持ち上げる。
2人は必死に息を吸おうともがくが、びくともしない。
信二は遠吠えを上げる。
「し、正気に戻れよ……」
そう言って、腰にあった拳銃を構え、信二の顔にぶっ放す。
信二は思わず2人を放す。
が、すぐに立花に食らいつこうとした。真人は立花の前に立ち、代わりに左肩を咬まれた。
信二は噛み付きながら、持ち上げた。真人は悲鳴を上げる。
「ち、い畜生!俺の肉を食って、食中毒で死ね!」
真人はそう言って拳銃を撃とうしたが、弾が切れていた。
もう駄目だ、おしまいだ。みなさん、さようなら。
そう心で呟いたが、突然、信二が下を見る。
立花が、近くにあった消防用の斧で腹を切りつけようとしていた。
信二は真人を振り捨て、立花を殴り飛ばした。
2人は壁に叩きつけられる。
立花を意識が朦朧とし、真人は苦痛で呻き声が漏れる。
「ち、畜生、相沢、本当に化け物になったのか?」
周りに何か無いか、探した。すると、入り口の横にある梯子の上に、タンクとドラム缶があった。
「立花、頼みがある」
「な…何?」
「囮と仕掛けと、どっちがいい?」
「お、囮」
「頼んだぞ」
真人は、ふらふらと立ち上がり、梯子を上り始めた。
立花は始めは理解できなかったが、真人の行く方向を見て、理解した。
「やる…わね」
信二は真人を追いかけようとした。立花は近くのコンクリートの破片を拾い、信二の頭に投げつけた。信二は狙いを真人から、立花に変更した。
立花は立ち上がり、ふらふらしながらも、逃げようとした。だが、信二はすぐに近寄り、壁に叩きつけた。呻き声が漏れる。
信二は首を掴み、何度も壁に叩きつける。立花がかなり弱り始めた。それを知ると、立花と顔を見合わせた。唸り声を上げ、今にも噛み付きそうだった。
立花は、かすんだ視界の中、自分のポケットに手を突っ込む。そして、信二の左目に突き刺す。それは紘輝の唯一の遺品、十字架だった。
信二は立花を放し、苦しんだ。立花は地面に倒れこみ、立ち上がろうとするも、力が入らない。
信二は十字架を抜き、地面に叩きつけた。立花は腕を伸ばし、十字架を拾い、強く握る。
信二は足で立花の頭をグイグイ踏みつけ、今度は髪をがっちろと鷲掴みし、その後頭部を地面にガンガンと叩きつける。何度も何度も。
やがて、放し、立花は遠退く意識の中、自分の両足の間を、太い腕が突っ込まれるのを感じた。体が軽々とそして高々と持ち上がり、次の瞬間、体が凄まじい勢いで床に叩きつけられた。ズシンという音がし、建物全体が揺らいだ。
あまりの苦しみに息が止まった。背中から地面に叩きつけられた立花は、瀕死の芋虫のように信二の足元で体を丸め、身悶えした。
……苦しいっ……神様っ……
心の中で叫んだ。
真人は上りきり、振り向いた。立花が信二の足元で弱り倒れていた。
まずい!
そう思ったか、叫んだ。
「この不細工!俺を食え!俺を食うんだ!」
信二は振り向きもせず、前脚を振り上げた。
まずいと思い、何か無いか探した。近くに石があった。それを信二に投げつけた。信二は振り返り、ゆっくりと近寄ってきた。
そうだ、それでいい、それでいい。
真人はドラム缶の蓋を開けた。中は思ったとおり灯油か何かだった。雨が降っていて、屋上に大きな水溜りがあった。
真人は地面に撒き散らした。灯油のような液体は、漏れ出し、広まった。
真人は次のドラム缶の蓋も開け、撒き散らした。
だが、信二が壁を登り、じょじょに近寄ってきた。
焦った真人は撒き散らす作業を止め、倒す作業に変更した。
だが、気づけば、信二は目の前に居た。
ソフィーは目を覚ました。
目の前に立花が倒れていた。
「立花さん!」
急いで駆け寄った。
「どうしたの!ねえ、」
立花は弱々しく指を指した。
そこには、梯子の上にあるタンクの前で、信二の攻撃を避けている真人の姿があった。
「なるほど、分かった!」
ソフィーは立ち上がり、立花から離れ、叫んだ。
「こっちよ!怪物」
信二は振り返る。そしてジャンプし、目の前に現れた。信二は攻撃を仕掛け、ソフィーはそれを避けた。ほとんど紙一重の距離で避けていた。
ソフィーは、近くにあったアンテナを投げた。
アンテナは信二の左肩に突き刺さった。
そして、2つ、3つとアンテナを投げ、それが突き刺さる。
信二は苦しみだした。
「!こっちだ!怪物!」
真人は叫ぶ。灯油の撒き散らし作業は終わっていた。大澤が使っていた拳銃を構え、叫んだ。
信二はジャンプし、真人の前に立った。
真人は拳銃を信二に向けていた。
「最後は男らしくな!」
そう言って、信二に灯油を掛け、地面に向け、引き金を引く。
カチッ!
大嫌いな弾切れの音だった。
まずいな、俺は終わった
ソフィーは見た。
真人が信二に頭を殴られ、落っこちた。地面に強打した真人は、死体のように動かなかった。
信二は降り、真人に止めを指そうとした。
ソフィーは石を拾い、それを信二に投げた。信二はソフィーを見た。
「こっちよ!この醜い化け物!」
信二はもの凄い勢いで走ってきた。
ソフィーは走り、梯子を上ってタンクに向かった。
タンクの前に立つと、信二が目の前に現れた。
ここで問題に直面した。どうやって火をつける!
信也はパイロットに向かって叫ぶ。
「着陸できないのか!」
「無理です!あの化け物が居て、危険すぎます!」
すると、パイロットの無線機が振動し、パイロットが出る。
「はい、何でって!」
「どうした!」
「落雷があるそうです!収まるまで、どこかに着陸します!」
ソフィーは信二にタンクに叩きつけられた。苦しみで息が止まりそうだった。
ソフィーは辛うじて立ち上がり、隅に移動した。
信二はソフィーにゆっくり近づき、顔合わせした。両者は睨み合った。
ソフィーはまだ、怪物の正体が信二だと気づいていない。
信二はソフィーを見つめた。
すると、突然遠吠えをあげた。
「し、信二君?」
ソフィーは思わず言ってしまう。
信二は頭を抱え、苦しみだした。
「信二君なの!」
「ニゲロ!」
信二は言った。いや、言ってはいないが、ソフィーにはそう聞こえた。
信二は自我を取り戻した。
だが、それは長く続かなかった。再び凶暴性が戻った。
信二はソフィーを殺そうと、腕を振りかざした。
だが、いつの間にか現れた真人が、ソフィーを抱え込み、飛び降りた。直人はクッション代わりになり、苦痛で思わず呻き声をもらす。
「安藤君!」
「ふ、ふせ…ろ」
その時、空が光った。
と、思うと、雷が信二に突き刺さっている3本のアンテナ目掛けて落ちてきた。
信二は落雷を受け、その落雷は地面に溜まっていた灯油を引火させた。
信二はたちまち火達磨になった。苦痛の遠吠えが響く。
タンクの回りは火の海になり、やがてそれがタンクに引火し、大爆発が起きた。
燃え上がった信二の体が、屋上の真ん中に落ちてきた。
ソフィーは真人の看護した。
「大丈夫?」
「なわけないだろ……俺より、立花を心配したら、どうだ?」
だが、立花は、腹を抱えて、ふらふらと来た。
「信二は?信二はどうなった?」
「死んだ」
ソフィーはそう言った。
立花は真人の横に座った。
「ぶ、無事か?」
「うん……あなたより、平気」
真人は、苦しそうに呻く。その顔は死人より青く、生気が無い。
「大丈夫?」
「いや、多分肋骨とか、色々折れた」
立花は心配そうに言った「助かる…よね…?」
「……多分……俺は感染した……」
ソフィーと立花は、顔を見合わせた。
「畜生、世の中残酷だよな……俺はせめて青森で死にたいよ…家族に会いたいね…立花、強くなれよ……発症しないように頑張る、応援してくれ……一生懸命頑張るよ……発症しないようにがんばる……頑張る……」
真人が動かなくなった。
ソフィーは大澤の死体からライトを取り、真人の目に当てる。
瞳孔は反応しなかった。
「死んだ、彼は死んだ」
「そんな……」
立花は悲しそうに、大粒の涙が流れた。
ソフィーは、立花の頭を優しく撫でた。
「彼も男らしく死んだわ」
真人は穏やかだった。
雨は完全に止んだ。
ヘリコプターが着陸しようとした瞬間、入り口から大勢の感染者が現れた。
着陸したヘリに、立花は急いで乗った。
ソフィーも乗ろうとしたとき、感染者に足をつかまれた。
信也が、小銃で感染者を撃ちぬくが、数が多すぎた。
ソフィーは終わったと思ったが、
死んだと思った信二が突然立ち上がった。黒こげた皮膚を、筋肉を動かし、感染者の軍団に突っ込んだ。感染者達は倒れこんだ。
ソフィーはその隙に、逃げようとしたが、1人の感染者が後ろから掴みかかった。
だが、信二はその感染者の頭を掴み、握りつぶした。
ソフィーは、ヘリに乗った。ヘリの扉が閉まり、離陸した。
屋上には、大勢の感染者と、それを殺す信二の姿だけがあった。
「ありがとう、信二君」
信二が単に見境無く感染者を殺したか、自我を取り戻したかは分からない。だが、ソフィーは感謝し、悲しい気分になった。
ヘリが離れるほど、心が潰される気分になった。
真希は真人の死を悲しんだ。当然だが。
信也は感情こそ表に出さなかったが、内心怒りと悲しみに満ちていた。
立花は、悲しそうに顔を下げたが、やがて上げた。そこには、強い瞳があった。
ソフィーは何をしたら良いのか分からなかった。これからどう生きれば?