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感染者の沈黙  作者: 原案・文章:岡田健八郎 キャラクターアイディア:岡田健八郎の兄 
感染
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救助活動

 信二は目を覚ました。

 そこはあの汚らしい下水道でもない、感染者だらけの外でもない、清潔感溢れる診断室のベッドの上だった。

 隣に気配が感じた。

 見れば、いつか出会ったあの新聞部の石川紀子が座っていた。相変わらず知的を思わせる眼鏡を掛けており、右手のはビデオカメラ、左手には鉄パイプを持っていた。

「あ、目を覚ました?」紀子はにこりと笑った。

 信二は、他に誰かいるか見渡した。誰も居なかった。当然と言えば当然か。

 信二はとりあえず安心した。

 だが、遠くから銃声、悲鳴、爆発音が聞こえた。

「あ、あの音は?」

「どこかの学校に避難してた人達と警察が化け物たちと戦ってるのよ」

「加勢しなくていいのか?」

「遠くで確認したけど、化け物の数が上なのよ。全滅も時間の問題だし」

 信二は頷きながら、立ち上がった。

「知ってる?」

「何がだ?」

「今の東京の脅威は化け物たちだけじゃ無くなったのよ」

「と言うと?」

「狂った市民が一致団結した自称“船田教”と暴走族達の集まり自称“総合連盟”よ」

 どちらもネーミングセンスがなかった。

「船田教は何なんだ?」

「この惨状を天罰だと主張する船田って人物中心の新宗教団体よ。入信しない人達は殺されるわ」

「総合連盟は?」

「暴力団と暴走族が同盟を組んだ集団。略奪は勿論、狩りもするわ」

「狩り?」

「自分達以外、全員」

 本当に糞みたいな連中だなと信二は思った。

 とりあえず立ち上がり、周りを見た。

 棚から薬品は全て取られていた。良く見れば、紀子が膨らんだリュックを背負っていた。

 さて、これからどこへ行くかが問題だった。『ゾンビ』を見ていればショッピングモールが避難所に適切なのは明らかだが、略奪されているか分からないし、大きい建物は避けたい。かといってこの病院で篭城するのも適切ではないのは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が証明していた。

 とりあえず、近くにもっと安全な建物が無いか探す必要はある。

 信二は立ち上がり、近くに置いてあったカルテに目を通した。

 そこには不気味なことが書かれていた。


“実験体はあらゆる化学薬品やウィルスの影響で不死身に近い耐久性を持ち出した。興味深いので地下に封印する”

 

 どういう意味だろうか?だがおぞましいのは確かだ。

 すると、地下室と書かれたドアがあった。

 開けてみると、下に続く階段があり、途中で何かが居た。

 男だった。

 踵が頭につくほど反り返っていた。有刺鉄線が、クリスマスツリーを飾るように男の体のいたるところに巻かれていた。

 背骨は明らかに折れており、手首に点滴があった。薬品はもうすぐなくなりそうだ。

「ここにいちゃいけないな」

「え、あ、何で?」

 信二はガラス製の正面玄関から外を見た。

 外にはさっき居なかった大勢の人々が居た。全員晴れなのにレインコートを着て、1人1人武器を所持していた。

 マイクロバスの上で、誰かが演説していた。スーツ姿の男性、教師だろうか?

「私、船田哲郎はあなた方の安全と未来を考えています。この惨状は罪深き我らに――」

 なるほど、あれが船田教の教祖か、見事な演説をしている。

 男は突然、バスに乗った。

 大勢の教徒が悲鳴を上げた。

 すぐに理解した。

 大勢の感染者達が教徒達を襲い始めた。教祖を乗せたマイクロバスは走り出した。

「正面からは駄目だ、裏口から逃げよう」

 そう言って裏口を開けようとしたが、ドアノブがなかった。

 音がした。

 そこを見る。

 そこに男が居た。

 腹を裂かれ背骨を折られ、間違いなく死んでいた地下室の男が。

 その男は張りつくばり、体をくねらせながら地下室から這い出てきた。

 紀子は恐怖のあまり、声に出ない悲鳴を上げた。

 信二は焦ってドアに体当たりを仕掛ける。

 男は確実に迫ってきている。

 ドアが開いた。

 信二は紀子の腕を引っ張って外に出た。

 そこは道路だった。多くの車が乗り捨てられていた。

 だが車には乗らないと決めていた。エンジン音で表の感染者達に気づかれるからだ。

 あの男は2人を追って病院から出てきた。

 信二は紀子を連れて走った。


 ガラスドアは施錠されていなかった。2人は老舗デパートにゆっくりと地下階に足を踏みいれた。

 広い売り場は静まり返っていた。通路を行くと、紀子のローファーの足音が大きくなっていた。

「誰かいませんか!?」

 普通ならそういうが、そこで感染者が現れたら……そんなことを考えていた2人はあえて言わない。

 それでも先客が居たのは確かだ。ハンガーラックから相当数の衣服類が持ち出されていた。

 きっと食品売り場や電化製品はもっと惨状だろう。胸糞が悪くなる。

 略奪。そんなことして意味はあるのか?どうせ東京から出られないのに。

 2人は正面に見える強烈な光を目指して歩いていた。

「相沢君?」

「何だ?」

「やけに落ち着いてるわね」

 その瞬間、荒々しい足音がした。

 5つの光が現れた。

「民間人か!」

 怒鳴り声。5つの銃口が見えた。

「他に誰かいるか!」

「2人だけです」

 1つの光が下がった。

「民間人2名を確保」

『連行しろ』

 光が全て消えた。おかげで中心人物が誰だか分かった。逞しい体のSATだ。いかにもベテラン兵士のような――いわゆる特務軍曹――が言った。

「俺達に着いて来い」

 2人は黙って5人のSATについていった。

「あの、あなた達は?」

「暴徒化した市民、いや化け物とも言うべきか、とにかく狂暴な集団を鎮圧するために出動した」

 ヘルメット、防弾チョッキ、レーザーサイトとフラッシュライトつき短機関銃、明らかに戦争してきたことが伺える。

 特務軍曹――これはあくまで例えで、実際の警察や自衛隊にこんな階級は存在しない――がライトのところまで案内した。そこにはナイロンシートのようなものが張りめぐられている。カーテンを開き、軍曹が入り、信二達と残りのSATも続く。中はナイロン製のトンネルになっていた。

 突然軍曹が口を開いた。「分かってると思うが、下水道には入るな」

 紀子が聞き返す。「なぜですか?」

「バグもどきの蟹と蜘蛛を組み合わせたような化け物たちが地下下水道を這いずり回っている」

 別の化け物――つまり感染者以外の生物が居ると言うことだ。

 軍曹は次のカーテンを捲った。

 たちまち喧騒が押し寄せてきた。あのデパートの広い店内はすっかり改造され、まるで軍の緊急拠点のような感じになっていた。

 数十台も並んだ簡易ベッド。横たわる負傷者を手当てする医者や看護婦。

 まるで野戦病院だ。

 ストレッチャーで運ばれる市民を見て医者が叫ぶ。

「その患者は駄目だ!咬傷者だ!すぐに変貌する、隔離だ」

 病院エリアを抜けた先は、ずらりと並んだデスクに何人もの隊員や私服警官が座り、ノートパソコンに向かっていた。

「ここは?」

「緊急司令部だ。本部は出動時に壊滅してる」

 よほど感染が酷いらしい。もはやアウトブレイクだ。

「ここで待て」

 軍曹はそう言って部屋に居る一番偉そうな女性に話しかけた。敬語を使っているところを見ると、かなりの大物らしい。軍隊で例えると中佐か大佐あたりだろうか。

 中佐は軍曹から報告を受けている。

「偵察隊の報告によると、自衛隊は市民に対して無差別発砲を行ったとの事。どこから流れたか、コードレッドと呼ばれる作戦を展開しているとか」

 中佐は頷いた。

「それと、全国から東京開放を求めるデモ隊が現れたそうです。東京に近いほど暴徒も居るとか、自衛隊が暴徒達を鎮圧するのに必死で東京に手が回せない状況です。脱出するなら今しかありません」

 中佐が口を開いた。

「無線から最新情報が流れたわ。航空自衛隊の一部隊が救助活動を行うそうよ」

「空自が?」

「ええ、陸上自衛隊の作戦は他の自衛隊は関わってないそうよ」

 軍曹が叫んだ。

「皆聞け、航空自衛隊が救助活動を行うそうだ!荷物をまとめろ!15分後に出発だ!」

 中佐が言った。

「民間人は全員検査をして」

 信二は自分の無線が受信したのに気づいた。

「もしもし」

『信二君か?』

 懐かしい、直人の声だった。

「ええ、僕は無事です」

『今はどこにいる?』

「警察隊の臨時地点に居ます」

『まだ未感染者が大勢居たのか?』

「感染は思ったほど広まってなかったそうです」

『分かった、俺達は今ショッピングモールに居る』

 信二は自分の知ってる情報を言うことにした。

「航空自衛隊が救助活動を行うそうです」

『そうか、ありがたい』

「真紅計画の一環ということは?」

『いや、まずはない。真紅計画は陸自の独断作戦だ。きっと政府関係者と陸相にしか分からないだろうし、俺達兵士は与えられた命令を遂行してるだけだ』

「僕達もそこに行くべきですか?」

『いや、無理はするな。可能なら空自のヘリで脱出しろ』

 無線から声が無くなる。

 だが信二は脱出する気など無かった。既に感染しているからだ。

 大勢の市民や隊員が荷物をまとめ始めた。

「相沢君も脱出するよね?」

「いや、俺は東京に残る」

「え?」

 紀子は驚いた顔をした。

「俺は出たくない」

「自衛隊を信用できないのは分かるけど―」

「自衛隊の問題じゃない、俺自身の問題だ」

 紀子にh理解できなかっただろう。

 信二はふと部屋の隅を見た。

 簡単に作られた牢で陸自隊員4人が閉じ込められていた。全ての武器装備を取り上げられ。

「いいか、俺が東京から出たら、まずい状況になる。お前だけでも脱出しろ」

 すると、SAT隊員は屋上に誘導を始めた。

「さ、行くんだ」

 紀子は屋上に向かう人々の列に飲み込まれた。

 これでいい。これでいいんだ。

 信二は隙を突いてナイロントンネルを通って、外に出た。

 外では多くの航空自衛隊の大型輸送機や航空自衛隊のUH-60Jが飛び回っていた。これでこそ自衛隊だ。陸上自衛隊も政府もおしまいだな。

 信二はそう思いながら、歩こうとしたとき、誰かに肩を叩かれた。

 振り返れば紀子が居た。

「お前、脱出するんじゃ?」

「あいにく満員でね、また後でと言うこと」

「今ならまだ間に合おうぞ」

「私はね、こんな事態を招いた自衛隊や政府を潰すために色々証拠を残すために残ったの。この頼もしい相棒のビデオカメラでね」

 信二は苦笑した。

「後で後悔するぞ」

「後悔なんて、もう怖くないよ」

 2人は直人たちが居るであろうショッピングモールに向かうことにした。

 ヘリコプターのプロペラ音が飛び交う中、感染者達と出くわさないこと願った。

 


 

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