追撃 処理
【追撃】
AH‐1S愛称“コブラ”と呼ばれる攻撃ヘリコプターが2機飛んでいた。
胴体中央部のスタブ・ウイングには4ヶ所のパイロンがあり、TOW対戦車ミサイルを装備していた。
機首下面のターレットには、M197ガトリング砲を装備していた。
コブラを操縦していた自衛隊員が警察署から脱出した警備車を発見した。
「コブラ1より本部へ」
『こちら本部』
「走っていく車両を確認」
『了解、コブラ1攻撃を許可する。コブラ2はそのまま目標へ向かえ』
「了解」
直人は嫌な音を聞いた。
ヘリコプターのプロペラ音――民間ヘリならいいのだが……
サイドミラーで空を見る。
思ったとおり。攻撃ヘリコプターが飛んでいた。
「少し嫌なものが来た」
信二は聞いた。
「何ですか?」
「対戦車用のミサイルとバルカン砲を持ったヘリコプターと言えば?」
「戦闘ヘリですか?」
「そんなものだ」
見たことのある形状だ。
自衛隊じゃ“コブラ”と呼ばれているヘリコプターが2機飛んでいた。
1機が直人達の乗る警備車に向いて飛んできた。
この車は防弾性だから機関銃なら何とかなるかもしれないが、ミサイルは防ぎきれない。
直人は猛スピードで逃げる。
無線機から声が聞こえた。
『コブラ1、<目標>破壊の為の機関砲使用の許可を求める』
「目標って?」と 真人が聞いた。
「俺達だ」と信二が答える。
『機関砲使用を許可する。<目標>を破壊せよ』
その時だった。
機関砲が凄まじい速さで回転し、弾を撒き散らす。
弾丸が車体の隣のコンクリートの塀が一瞬で破壊された。
車をUターンさせ、コブラの下を通る。
コブラもUターンするが、それより早く再びUターンさせ、コブラの下を通り、右の道路に曲がった。
再びコブラが追いかけてくる。
蛇谷が窓から体を出して、小銃を乱射する。
撃った弾のうち3分の1ほどは当たった。
『攻撃された、目標は銃器を所持している』
『支障は無い、追撃を続けろ』
再びコブラが機関砲を発射する。
蛇谷は慌てて体を戻す。
車の屋根に数多の弾丸が命中し、凹む。
「防弾性の車でよかったな!」
直人は叫ぶ。
「だが長くは持たない!」
蛇谷が叫び返す。
「ロケットランチャーがあればな!」
蛇谷は再び体を出して乱射する。
全員外を見た。
ヘリは相変わらず追跡してきた。
直人は希望を持った。
目の前に長いトンネルが見えた。
『ミサイル発射の許可を』
『ミサイル発射を許可する』
「まずい!」
直人はそう叫びながらトンネルに直進した。
『目標捕捉』
直人は間に合ってくれと心の中で願う。
トンネルまでもう数メートルもなかった。
その瞬間だった。
ミサイルが放たれた。
凄まじいスピードで車との距離をつめていく。
直人はトンネルに入ったと同時に曲がる。
ミサイルは直進して別の車に命中した。
車が大爆発を起こし、部品を飛ばす。
爆発の衝撃でひび割れていた天井が崩れ、入り口を塞いだ。
「畜生!」直人は怒鳴り声を漏らす。
入り口が塞がれば、ヘリは出口で待ち構えればいい。不利な状況だ。
案の定、遠くの出口でヘリが待ち構えているのが見えた。
まさに絶望的な状況だ。
だが別の存在が一同の前に現れた。
目の前で感染者の集団が1人の老人を捕食していた。
血管などが剥き出しになり、内蔵を抉り取られる老人の姿は哀れだった。
感染者達は警備車に気づき、走ってきた。
ドアや窓などを叩くが、防弾性の警備車では簡単に進入できなかった。
「これからどうする?」
蛇谷が聞いた。
直人は考え込む。
このまま出口に向かえば機関砲かミサイルで大破される。
かといって非常用出口はないし、外は感染者が囲んでいる。
警備車を乗り捨てるのも痛い。
本当に困った状況だった。
「これに似た車があればな……」
綾瀬がそう呟く。
「どういう意味だ?」
「いえ、これに似た車があれば、何らかの小細工をして出口まで直進させ自衛隊の大破させるんです。
そうすれば向こうが勝手に死んだと思って去ってくれるはず(と思う」
「無謀なアイディアだ」聖夜はそう言う。
「いや、いい案だ」直人は言う。
直人は指差す。
この警備車に似たマイクロバスがあった。
カラーリングもそっくりだ。きっと軍事マニアか何かが改造したマイクロバスだろう。
直人は車を直進させる。
正面に居た感染者は轢き殺され、すぐに直人と蛇谷が車から降りて残りの感染者を射殺する。
外の感染者はあっという間に全滅した。
直人はマイクロバスに駆け寄る。
エンジンは掛かっていなかったが、鍵は刺さったままだ。
すぐにエンジンを掛けた。
「何か棒とテープをくれ」
テープと金属製の棒が届いた。
テープでハンドルを曲がらないように固定した。
長い棒でアクセルを押し付け、固定した。
マイクロバスが猛スピードで直進する。
直人は慌ててマイクロバスから降りる。
無人のマイクロバスは出口まで直進する。
『目標捕捉』
ミサイルが放たれた。
ミサイルはマイクロバスに命中し、木っ端微塵にした。
『目標の破壊を確認、元の任務に戻る』
ヘリが去っていく。
直人は苦笑した。「馬鹿め、ミサイルを無駄にしたな」
そう言って警備車に戻る。
全員が心配そうな目で見つめていたのに気づいた。
「あれくらい朝飯前だ」
【処理】
東京都外部とある一軒家
この一軒家の前に特型警備車が止まり、中からSAT隊員が下りてきた。
『狙撃班は位置に着きました』
無線から連絡が来る。
相沢信二の兄――相沢信一が防弾ベストを着込み、強力なライトと標準用レーザーサイトを装備したオートマチック・ライフルを構えた隊員達が玄関の前に立つ。
鉄製の大型ハンマー“バッティングラム”を持った技術支援班が玄関の前に立った。
隊員はかつて“大羽中学校封鎖”と関与した人物達で編成されている。
『こちら指揮班、東京から逃れてきた7人家族がこの建物に潜伏していると思われる』
「なぜ東京から逃れられた?」信一は聞き返した。
『不明だ』
「なぜ武装するんだ?」
『近所から叫び声と物音が聞こえたと通報があった』
「感染者か?」
『可能性は否定できない』
信一は頷いた。
「再びクソッタレな任務に就けてありがたいこった」
「同感です」
隣の隊員が答えた。
『これは白昼の作戦だ、市民を脅かさないように行動は速やかに』
イエッサー!と雄々しい声が隊員たちから上がる。
『任務はいたって簡単。突入し、内部の人間を拘束、あるいは射殺せよ。3班に分かれろ、制圧1班は突入、2班、3班は待機』
1班の班長である水谷達也が黙って左手を上げ、それを下ろした。
同時にバッティングラムを持った隊員が蝶番を叩き壊し、1班の隊員が中へと入っていく。
信一は最後に入った。
2班が入り口から銃を構えて後ろから1班を見守った。
建物内は暗かったが、強力なライトが隊員の視野の助けになった。
ヘルメットとマスクを着用しているため、隊員の顔は確認できない。
隊員達は階段を慎重に上がる。
暗闇のせいか、よりいっそう緊張感が隊員達を襲う。
階段の上に誰かが居た。
隊員達は一斉に銃を構える。
そこに居たのは――40代前半くらい男だった。右手には金属バットを握っていた。
「武器を捨てろ!」
水谷が大声で言った。
男は怯えていた。
「もう1度言う!武器を捨てろ!」
男はバットを捨てる。
2人の隊員が駆け上がり、男の腕を捻って手錠を掛ける。
「班長!男が何かを呟いています!」
「何を呟いている?」
「家族は異常じゃない、そればかりです」
残りの隊員が階段を駆け上がった。
ドアが4つ並んでいた。
きっとどれも鍵が掛かっている。
隊員がドアを順に蹴り飛ばす。
3つ目までは中はただの部屋だった。
4つ目を蹴り飛ばした。
隊員全員が銃を構えた。
中に2人の人影があった。
1人は椅子に拘束され、もう1人は立っていた。立っているほうは男だ。
2人とも老人に見えた。
「ひざまずけ!」
男はひざまずかない。
「ひざまずけっ!」
男は何も答えない。
代わりに――奇声を発しながら走ってきた。
水谷は瞬時に男の頭を撃ち抜いた。
男は脳と血を撒き散らしながら倒れた。
信一が男に駆け寄って、目を確認した。
黒だった。眼球が黒く染まっていた。
「制圧1班より指揮班へ、<感染者>が居た。事態は深刻だ」
『予想されていた事態だ、作戦の遂行を』
信一は椅子に縛られている老婆を見た。
こっちも眼球が黒く染まっていた。
「悪いな」
信一はホルスターから拳銃を抜き、老婆の口に突っ込む。そして引き金を引いた。
銃声と共に、後頭部が破裂し、血と肉が吹き飛んだ。
水谷が報告した。
「制圧1班より指揮班へ、2階を制圧、7人のうち2人は射殺、1人は拘束した」
『了解、残り4人を捜索せよ』
「了解」
水谷は叫んだ。「1階を確保するぞ!」
隊員達は次々と1階に下りた。
まずは1階のリビングルームに入った。
誰も居ない。
食卓に向かった。
誰も居ない。
洗面所、トイレ、お風呂場に向かった。
やはり誰も居ない。
「制圧1班より指揮班へ、1階を確保、誰も居ない」
『誰も?おかしい、確かに――』
「班長!」
1人の隊員が叫んだ。
台所の冷蔵庫の後ろに隠し扉の様なものがあった。
「訂正、まだ確保していない部屋があった」
『了解、安全を確保せよ』
1人の隊員が扉のノブを捻った。開かなかった。
扉は金属製だった。蹴り開けるのも無理がありそうだった。
「技術支援班を要請」
『了解、突入させる』
バッティングラムを持った隊員が入ってきた。
そして手際よく扉を破った。
「突入!」
隊員が続々と入っていく。
中には地球の果てまで続きそうな長い階段が下がっていた。
隊員達が階段で下に下りていく。
ついに下に着いた――と思うと今度はカビだらけのトンネルがあった。
「建物に地下が存在していた」
『2班を突入させる、引き続き捜索を――』
その瞬間、出入り口であった階段の扉が閉まった。
それは厚い鉄製の扉だった。
隊員が慌ててドアを引く。
「開かない!」
足を壁に当てて、必死に引っ張るも開かない。
「1班より指揮班へ!閉じ込められた!」
『技術支援班を送る!』
引っ張るのが無理だと悟った隊員は、今度は押した。
びくともしない。体当たりしても同じだった。
「班長!扉が開きません!」
隊員は必死に扉を開かせようとしたが、無駄だった。
「皆落ち着け、取り乱すな」水谷は冷静に言った。
信一は警戒を怠らなかった。
『こちら技術支援班、プラスチック爆弾を使う、扉から離れろ』
隊員が扉から慌てて離れた。
『321で爆破する、3、2、1』
大きな爆音が響いた。
信一は扉を見た。
相変わらず扉はそこに存在した。
『くそ、特殊合金か何かだ!破壊するにはありったけの爆薬が居る!』
信一はため息つき、改めて人数を確認した。
全員で7人、自分と水谷、後1人は豊和89式小銃、3人はH&K MP5、1人は散弾銃を装備している。
散弾銃の隊員は支援班だった隊員だ。
信一は再び真剣になる。
支援班の隊員がバッティングラムで扉を叩く。爆弾で壊れない扉だ、ハンマーでは壊れなかった。
今度はホルスターから拳銃を抜き、扉に3発撃った。弾が跳ね返る。
今度は散弾銃を1発撃った。これも跳ね返される。
隊員は扉を開けるのを諦めたが、他の隊員が必死に引っ張る。
『こちら指揮班、扉を破壊するために色々と方法を取るが、そちらも出口が無いか捜索してくれ』
「了解」
水谷はそう返事し、再び銃を構える。
「これから奥に行く、着いて来い」
水谷が前に進むと、列になって隊員が後に続く。
長い、暗いトンネルだった。
隊員は警戒を怠らない。並みの警官には無い凄まじい神経を尖らせる。
すると1人の隊員が叫んだ。「班長!ドアがあります!」
右側の壁に木製のドアがあった。
技術支援班の隊員がバッティングラムで扉を破った。
「クリア!」
隊員が全員中に入った。
中は学校のバスルーム並みの広さがあった。
数々の薬品や実験器具や写真があった。
「班長、ここは?」
「研究室っぽいが」
水谷は携帯カセットレコーダーを見つけた。慎重に広い、再生ボタンを押す。
『やあ、俺の名前は、どうでもいい――』
聞き覚えのある声だった。
『とにかく、このテープを聴いてる奴は薬品には触れないように。有毒ガスは発生する』
隊員が薬品から離れた。
『ここにある研究材料や実験記録は全ていらないものだ。この研究室は切り捨てよう』
隊員の警戒心が強まっていく。
「ここには特に何も無い、奥に進むぞ」
7人は元のトンネルに戻った。
そして再び奥に進む。