再会
信二は集合場所に戻ってきた仲間と共に廊下に出た。
全員、この忌々しいビルから出たかった。
正体不明の怪物が数々このビルの中に居る。
虫の群れとその王、指を伸ばす感染者、野獣のような感染者、恐らくもっと居る。
「なあ、あの刃の正体は何なんだ?」
真人は警戒しながら聞いた。
信二も刃の正体を知らない。
真希は全身の痛みに耐えながら言った。
「頭に兜を被ってる巨人だニャ」
真人は苦笑した。
やっと彼女らしくなったと思っているのだろう。
「くくく、巨人だけじゃないぞ。野獣もどきの少年が居る」
「ああ、狼少年だね」
猫野と須田は己の武器の確認をしながら言った。
「このビルは化け物屋敷か?」
蛇谷は後ろを警戒しながら誰かに聞いた。
「いや、感染者屋敷だ」
直人は訂正した。
が、無線の受信音が響いた。
『直人、応答しろ』
「冬樹か!俺だ!」
直人は友人と話す少年のように歓喜の声で応答した。
『直人!今はどこだ?』
「東京都内だが?」
『お前の煙草は何だっけ?』
「ピースライトだが?」
『銘柄を変えろよ?』
直人は理解した。これは周波数を変えろって意味だ。
「お勧めは?」
「ニコチン27%でその他3%だ」
指定の周波数に変える。
『何で東京に居る!?』
「帰りの電車に乗り遅れたんだ」
『今は真紅計画の真っ最中だ!救助は来ないぞ!』
「俺は幹部じゃないからその赤い計画なんて知らないな」
直人は少し笑った。
信二は首を傾げた。
こいつは命知らずの兵士かな?
『幸いだったな。俺はブラックホークで飛んでる。迎えに行くぞ!』
「民間人も居るぞ」
『これは真紅計画だ!民間人乗せて基地に戻ったら撃墜される!』
「俺から言わせればな……真紅計画なんて糞くらえだ!!」
『いいか!民間人は連れてくるな!』
「おい!おい!」
雑音ばかりで返事が返ってこない。
周波数を変えたのだ。
「糞!あの野郎、自衛隊は軍隊じゃないんだぞ!」
直人は近くのゴミ箱を蹴りつけた。
信二は心底予想していた。
これはある意味狂犬病より危険なウイルスだ。
今隔離エリアである東京外に感染者が現れればたちまち広まるだろうね。
噛むだけでいいんだから。
あるいは唾をかければいい。
さすがは親父……やること半端ないな。
親父と連絡取りたいが、電話もネットも使えないからな。
完全に外部と遮断されている。
直人は周波数を覚え、適当に変えた。
音声が聞こえた。
『行け、行け、総員配置に付け』
『こちらアルファチーム、配置に付いた』
『ブラボーも同じく』
全員またかと思った。
また狙撃チームが来たのか?
ヘリコプターが上がる音がした。
無線ではなかった。
ビルの真上からだ。
『こちらブラボーチーム、突入班はビル内に突入、狙撃班は屋上に配置する』
遥か遠くで扉が破壊される音がした。
全員直人を見た。
「……ビル内に居るな」
直人は弱々しい笑みを浮かべた。
廊下の奥で4つの光が見えた。
直人は光とは逆方向に走った。
全員直人について行った。
奥に階段の扉があった。
「よし、開けるぞ」
直人は扉を開けた。
目の前に感染者が居た。
慌てた直人と蛇谷は89式小銃を感染者に乱射した。
感染者は体を揺らし、倒れた。
『銃声だ!』
『奥から聞こえた』
直人はまずいとばかりに全員階段を下るのを確認すると、扉を閉め、ドアノブにパイプ椅子を引っ掛けた。ほんの足止めになる。
直人は階段を下った。
何階か下ると、一回に着いた。
一回の出口が開かない。
「どうします?!」
真人は慌てた声で尋ねた。
「こうする!」
蛇谷は扉を蹴り壊した。
外の世界が見える。真夜中なのか、暗い。
感染者が一人走ってきた。
直人と蛇谷は小銃を構える。
だが、直人でも蛇谷でもない銃声が聞こえた。
同時に感染者の頭から血が吹き出た。
「くそっ!屋上から狙撃だ!!」
直人は苛立ちの感情を露にした。
信二は特に驚いていない。
もう何でもありだからだ。
真紅計画という名の無差別殺人作戦。
大きな斧を持った処刑人。
発狂者
指伸ばしの感染者。
野獣感染者。
虫の群れ。
その王。
ただでさえ凄いのが居るのだ。
今さら何に驚けと?
そう思った信二は苦笑した。
ここで空飛ぶ怪鳥でも現れれば驚いてやるよ。
奴らが会談を下る音がする
その時、無線越しから声が聞こえた。
『ブラボーチームよりアルファチームへ!試作品が暴走!食い止められない!』
『糞!いくら撃っても死なないぞ!』
『だっ弾薬が!』
『撤退するぞ!』
無線越しから銃声と悲鳴が聞こえた。
『アルファよりブラボーへ、応答を願う』
『ブラボーチーム!応答を!』
『全滅か?』
『くそ、救助に向かう。全員ヘリに乗れ!』
上がる足音がする。
信二は試作品とやらに感謝した。
ありがたい、これで俺達は助かった。
ヘリコプターが飛び立つ音がする。
信二は外を見た。
ヘリコプターが去っていく。
が、
大きな翼の音がした。
すると、人を遥かに超えた大きさを誇る何かが上空で現れた。
細身で紫色を基調とした翼竜にもドラゴンのも似た、体長は約12フィートの飛行生物がヘリコプターに向かって飛んでいった。
ドラゴンの様な足でヘリコプターを捕らえた。
『メーデーメーデー!』
『墜落する!』
『司令部へ!脱走した試作品227に襲われている!』
ドラゴンの様な生物がヘリコプターを足で投げた。
ヘリコプターが回転しながらビルに飛ぶ。
『げっ激突する!』
『衝撃に備えろ!』
『助けてくれ!』
ヘリコプターがビルに激突する。
プロペラが折れ、機体が凹み、操縦不能になったヘリコプターは地面に落ちていく。
落下地点に、タンクローリーがあった。
ヘリコプターはタンクローリーに激突した。
そして大爆発が起きる。
衝撃波が信二達の居るビルにも届く。
タンクローリーとヘリコプターは炎上する。
飛行生物は巨大な蝙蝠・悪魔の様な翼を羽ばたかせ、どこかへと去っていった。
信二は呆然と見ていた。
まさか……本当に怪鳥が出てくるなんて……
だが、それで終わりではなかった。
爆発音を聞きつけ、ビル内からも外からも感染者が大勢で走ってきた。
「俺について来い!」
直人はそう言って走った。
全員ついて行った。
炎上するローリーを背後に、全員必死で走った。
感染者軍団が信二達を追いかけた。
後ろを見れば赤目の元人間が奇声を発しながら陸上選手張りの走りを見せる。
小銃で撃っても無駄だと悟っているのか、直人と蛇谷は撃たず、走ることに集中した。
運が尽きた。
前方にも感染者が現れた。
直人は逃げ道が無いか探した。
大きなデパートがあった。
直人はデパートに向かった。
全員デパートに入った。
そして、デパートの裏口を目指した。
信二は久しぶりのまともな感染者と出会えて正直苛立ちを感じた。
いつもいいタイミングで現れる。
そう思った矢先、信二は横から感染者に飛び乗られた。
頭を強く打ち、そして、足を引っ張られた。
蛇谷は振り返った。
「くそったれ」
冷静な声で言い、小銃を構えた。
狙いは感染者の頭だ。
だが、予想のしない事態が起きた。
弾切れだ。
蛇谷は悪態つきながら装填し、再び構えた。
だが、感染者と信二の姿はどこにも居ない。
後ろから直人は引っ張った。
「何してる!早く逃げるぞ!」
「相沢が連れて行かれた!」
「何?探すぞ!」
と言った瞬間、感染者達がデパートのガラス製の入り口を割って中に入った。
「今はやめよう」
「そうするしかない!」
2人は裏口に向かった。
信二は朦朧とする意識の中、感染者に引っ張られた。
俺……死ぬのか?……感染するのか?
銃声が響く。
何だ?…自衛隊か?蛇谷先生?直人さん?
金色の何かが見えた。
金髪……天使か?
意識がはっきりしていく。
端整な知ってる顔だ。
こいつは……ソフィーか!
ソフィー・ヴェルネがそこに居た。
「信二君大丈夫!?」
早口だが聞き取りやすい甘い声だ。
信二は立ち上がった。
「辛うじて、大丈夫だ」
「良かった……」
彼女の手元には自動拳銃9mm拳銃がある。
自衛隊の拳銃だ。
「それ、どこで?」
「自衛隊から頂いたの、信二君にはこれ」
そう言ってリュックサックから89式小銃を取り出し、渡した。
重い……だが頼りになる重さだ。
「ここは?」
「2階の家電売り場だよ」
確かに家電製品が沢山あった。
薄型デジタルテレビからゲームの映像が流れる。
同時に感染者の奇声も聞こえる。
「痛めている所は無いか?」
「ないけど?」
「なら……走れ!」
後ろから感染者が5人走ってきた。
店員らしい。
信二はソフィーを走らせると、感染者の1人をぎりぎり近づけせ、近くの小さなテレビを持ち上げ、感染者の頭に殴りつけた。
画面が割れ、破片が刺さり、感染者は倒れる。
信二は再びテレビで殴りつける。
感染者は動かなくなる。
右の掌を見ると、破片で切れたのか、大きな切り傷ができ、血が流れる。
感染者がまたやって来た。
信二はお手ごろな破片を拾うと、投げた。
破片は右足首に刺さる。
感染者は転んだ。
信二は冷蔵庫に駆け寄り、倒す。
冷蔵庫は感染者の頭を潰す。
また来た。
信二は近くのコードを抜き、感染者の首を絞めた。
感染者は苦しんだ。
いくら狂暴でも、ゾンビではなく、あくまで生きた人間だ。呼吸もする。
信二はコードの先を右目に刺した。
感染者は奇声を発しながら無茶苦茶に暴れだした。
信二は親指で左目も潰す。
感染者は完全に盲目だ。
4人目の感染者が走ってきた。
信二は小銃を構える。
そして、狙いを定め、引き金を引く。
確かな反動が伝わった。
弾丸は目に見えない速度で感染者の頭を貫いた。
5人目が居ない?
そう思ったとき、5人目は勝手に倒れている冷蔵庫に足を引っ掛け、頭を強く打ち、自滅した。
遠くで見ていたソフィーは思わず拍手した。
「かっこいい…」
信二は倒れている感染者の服で手の血を拭いた。
そして、ソフィーに駆け寄った。
「怪我は?」
「ない――」
言い終える前に、突然、激しくソフィーは咳き込んだ。
「おい、大丈夫か?」
ソフィーの口から出てきた何かが信二の右手に当たる。
信二は掌を見た。
血だ。
自分の血と混ざってソフィーの血が掌に付いていた。
「吐血は……よくあるの……」
「よくある?何か病気にかかってるのか?」
首を横に振る。
「何も病気になってない」
信二は本当かとばかりに首を振った。
その時、右手に激痛が走る。
切り傷だろう……信二はそう頷いた。
傷は後から痛むものだ。
「外に出よう、仲間が居る」
「じゃあ、行こうよ」
信二はソフィーの手を引いて走った。
右手の激痛に耐えながら。