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感染者の沈黙  作者: 原案・文章:岡田健八郎 キャラクターアイディア:岡田健八郎の兄 
感染
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悪霊の帝王

 目が覚めれば、真希は廊下に横たわっていた。

 全身が酷く痛む。ちゅっと動いただけでうめき声が漏れる。

 嗚咽が漏れた。

 怖かったのだ。恐ろしいのだ。

 このまま横たわり眠りたい気分だった。

 ざわざわと聞こえる音に顔を上げる。

 虫の群れだ。

 ゴキブリ型の大きな虫たちが洪水のように湧き出てきた。

 虫の波の中央に何者かが居た。

 虫に食われている哀れな犠牲者かと思った。

 だが違った。

 それは虫の王のように、群れを率いていた。その姿には圧倒された。

 それはソフィーから虫の帝王<ベルゼブブ>と呼ばれている正体不明の生命体だ。

 上半身裸の逞しい傷だらけの肉体を見せつけながら、それは大鉈を引きずりながら近寄ってきた。

 腰に纏っている人の皮で出来たエプロンは犠牲者の苦痛と数を物語っている。

 ベルゼブブからは尋常ではない殺気と威圧感を感じられた。

 この人型の生物ほど恐ろしい生命体はこの地球上には存在しないだろう。

 真希は立ち上がり、走った。

 走れ、走れ、走れ!

 ここが地球であろうが無かろうが、ただ走っていればいい。今は私はマラソン選手なんだ!

 前へ、奴からなるべく、いや確実に遠くに行かなければ!

 真希はただ、走った。


 蛇谷は89式小銃をしっかりと握り、食堂に入った。

 食堂は静かだった。

 人は愚か、感染者1人さえ居なかった。

 だがそれは違った。

 食堂の中心に誰かが倒れていた。

 いや、何かが落ちていたといったほうが正しいだろ。

 それは人骨だ。

 肉ひとつ付いていない綺麗な人骨だ。

 そして感じたのだ。

 それを人に説明するのは難しい。

 胸騒ぎを感じたのだ。

 一瞬、ほんの一瞬

 自分の真下で尋常ではないただ因らぬ殺気が感じられた。


 真希は扉を押し開け、廊下に出た。

 そして走った。

 片側にロッカーが並んでいた。

 真希は走り続けた。だが限界に達した。走ってるつもりが、いつの間にか歩いていた。いや、走ってはいるが歩いてるのと同じ速度だ。

 膝の力が抜け、その場に座り込んでしまった。

 一度止まると、走るどころか立ち上がることさえ難しかった。

 するとまた、虫の這う音が聞こえた。

 しつこいわね……

 壁に手をつき、立ち上がった。

 脳は全身に逃げろと命じたが、疲れきった全身は走ることなく、歩いた。

 焦りはするが、速度が上がらない。

 もう駄目なのか。

 正直、感染者が恋しい。

 狂暴で慈悲のない感染者が恋しい。

 どんなに狂暴で指が伸びる奴が居ても、感染者の相手をするほうがまだ良い。

 今、真希を追いかけているのは大きな虫とそれを率いる殺意に満ちた死の先導者だ。

 死神が近づいてくる。

 もう駄目なのか。

 真希は死を覚悟した。

 と、明るい光が射してくる。

 綺麗な銀髪が見える。

 天使が現れたのかな?

 なら、死が近いのか……

 手が引かれた。

 そのまま引きづられる。

 扉が閉まった。

 どこかの部屋に引き込まれたらしい。

 新しい敵なのか?

 覚悟して、真希は足元からそれを見上げた。

 彼女は……立花……立花裕香!

 目の前に立って居たのはあの転校生、立花裕香だった。扉を身体全体で押さえながら、立花は言った。

「そこのパイプを取って!」

 真希は部屋の奥を見た。そこには空気を送り込むファンがあり、歪んだパイプが突き出ていた。彼女はそれに駆け寄り、パイプを外そうとと力を込めた。腕が、肩が、腰がみしみしと音を立て痛んだ。

 立花が押さえている扉の向こうで、虫たちが這い回る音が聞こえた。

「早く取って!」

 立花が叫んだ。

「取れた!」

 ドアのところにへと駆け寄り、立花と2人でドアに挟み込んだ。

 これで安全だろう。

 感染が始まってから初めて一息つくことが出来た。

「ここから出る方法はあるかな?」

 真希の質問に立花は素っ気なく答えた。

「ないわね」

 草むしり用の鎌を真希に渡した。

「これで身を守って」

 事態は好転している。

「ありがとう」

 真希はそう言って首をならした。

「でも」

 立花は厳しそうな顔をした。

「脱出できる可能性は絶望的」

「本気でそう思ってるの?」

「外に虫が居る限り…よ」

「厳密んは大型のゴキブリね」

「ゴキブリは苦手」

「私もよ、裕香さん」

 立花は真希を見た。

「どうしたの?」

「別に……いえ、初めて下名前で呼ばれたから…いつもは皆苗字で呼ぶから」

 真希は考え込んだ。

 下の名前の裕香の方がまだ可愛いのに…なぜ?

「夏休みの日記にどう書けばいいのかニャー」

「この期に及んで、まだ日記を?」

「日記は必ず書くの。1つの出来事を日記に書くのにどれほど大変か。赤い目の感染者といい、自衛隊といい、真紅計画といい、虫の群れといい、1ページじゃ書ききれないわ。友人達も無事か分からないし」

「そうね」

「どうせなら、恋人作ればよかったかしら?」

 立花は暗い顔で扉を見つめた。

「そうね……」

「どうしたの?」

「…別に…」

 まるで愛しい人を失ったような目で扉を見つめていた。

 と、金属と金属を擦る神経に障る音がした。

 真希は震えた。

 立花は用心深く扉を離れた。

「あいつだわ」

「誰?知り合い?恋人?」

「常に殺気立ってる変人よ」

「その手の人物は変人というより狂人の方が正しいわよ」

 大きな音がした。

 扉が裂け、そこから輝く刃が伸びてきた。

 信じられないほど大きな大鉈だ。

 狭い部屋の端まで切っ先が伸びる。

 刃は2人を求めて、左右に動かされた。まるで獲物を求める猛獣だ。

 そこから、黒板を引っかくよりも嫌な音を立てて、大鉈は引っ込んだ。金属製の扉には大きな穴が開いた。

 穴から虫たちが押し寄ってきた。

 2人を目掛けて這いよってくる。

 真希と立花は虫たちを踏む潰した。

 虫の一匹が立花の胸元までのぼり、噛み付こうとした。

 その時、虫たちが戻り始めた。

 そこに立って居たのは虫たちの帝王であるベルゼブブだった。彼は虫たちに撤退命令を出し、虫たちには任せず、2人の始末を自らの手でやり遂げるつもりだった。

 大鉈を掲げて、ベルゼブブは近づいてきた。

 立花は工具用のアメリカ製ネイルガンを構え、釘を飛ばした。

 釘はベルゼブブの体に次々と命中した。

 だが、怯むことなく近寄ってくる。

 真希は出口が無いか探した。

 そう言えば、自分の足元にある金網が緩んでいる。

 真希は金網を蹴った。

 金網ははずれ落ち、下へと繋ぐ穴が出来た。

「ここから降りるよ!」

 真希はそう言って降りた。

 下は上と同じ部屋だ。

 立花も降りてきた。

 穴はベルゼブブが降りれないほどの狭さだ。

「よく見つけたわね」

「あいつが入ってきたおかげだよ」

 突如、天井から刃が突き出てきた。

 2人は部屋を出て、廊下を走った。

 ベルゼブブは体を反転させた。

 刃を下ろし部屋を出て行く。

 虫たちもベルゼブブについて行く。

 ベルゼブブは苛立つ。

 次なる獲物を求め、廊下を進む。

 だが、自分が進む廊下に何者かが立っていた。

 それは、武田が自爆し道連れにしたと思われていた処刑人と呼ばれる巨漢だった。

 2人の巨漢がみ睨みあった。

 虫たちは処刑人を排除しようと近寄った。

 だが、ベルゼブブは虫たちを止めた。

 ベルゼブブは大鉈を、処刑人は大斧を掲げて、ゆっくり近寄った。

 虫たちの帝王と狂気の処刑人がゆっくりと確実に相手を殺そうと近寄った。

 そして、振り下ろす。


 

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