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感染者の沈黙  作者: 原案・文章:岡田健八郎 キャラクターアイディア:岡田健八郎の兄 
感染
42/84

虫の王 特殊感染者

 ソフィーは見覚えのある声を聞いた。2階建ての家の中から、間違いなく信二の声を聞いた。

 信二君!

 彼女は大きく壊れた玄関から何の迷いも無く、家に入った。

 そして、2階に上がった。

 だが、廊下の奥でそれを見た。

 ざわざわと聞こえる音。

 虫の群れだ。

 洪水のようにうねりながら、それは廊下の奥で湧き出ていた。

 が、奥の部屋から何かがこっちにやって来た。

 それは虫ではなかった。

 それは虫たちの王のように、群れを率いてソフィーの方へと歩いてきた。その姿は、ある種の威厳があった。

 上半身は裸だ。逞しいその体には、歴戦戦士のように無数の切り傷の跡が残っていた。

 その盛り上がった逞しい肩の上にあるのは、頭ではなく、巨大な鉄製の二等辺三角形型の兜を被っていた。顔面部分が前に突き出ていた。まるでピラミッドのようだ。

 金属製の兜は、黒かった。錆付いていて、血がついていた。そして、右手には巨大な大鉈を持っていた。

 その腰にだらりと下がっているエプロンのような布があった。

 凝視すると、それは布ではなく、皮であることが分かった。大勢の人間の皮を剥がし、それを縫い合わせ、身に纏っている。

 それは虫の絨毯を踏んで進んできた。

 これ以上恐ろしい生物は地球上に居ない。理性を失った感染者のほうが、まだ可愛い。個体にもよるが……

 ソフィーは迷い無く1階に逃げた。だが、何者かに後ろから捕まった。

「保菌者確保!」

 自衛隊だ。ガスマスクをつけた自衛隊員4名がソフィーを拘束してきた。

「すぐに研究所に連行する!」

 先のマンションで出会った自衛隊とは違う部隊らしい。

「放して!じゃなくて逃げて!」

 1人の隊員が首を傾げた。

「感染者か?」

 だが、すぐに違うことに気づいた。

 あの男が大鉈を引きずりながら、階段を下がってきた。大勢の虫を率いて。

「隊長!何ですかあれは!?」

「分からん!特殊感染者かもしれん」

 特殊感染者?聞きなれない言葉だった。

 自衛隊員3人は89式小銃を構えた。1人はソフィーを抑えたままだ。

「武器を捨てて床に伏せろ!」

 男は自衛隊の警告を無視し、近づいてきた。

「構わん!撃て!」

 3人は一斉射撃した。

 兜を撃ち込まれる度に、一瞬動きが鈍くなる。

 ぱっと出るのは、血なのか錆なのかは分からない。

 だが、致命傷は負ってない。

「頭じゃない!胸だ、胸を撃て!」

 3人は胸を目掛けて撃った。

 小銃の銃口から吐き出される5.56ミリNATO弾が男のあらゆる箇所に炸裂する。

 だが、本来なら貫通するはずだが、弾丸は貫通し無かった。

 それどころか、傷口はかなり浅い。

「隊長!武器がまるで弱い!」

「馬鹿な!全弾命中のはずだ!」

 ソフィーは油断している自衛隊員の指を噛んだ。

 隊員は悲鳴を上げ、放した。

 この隙に、玄関まで走った。

 3人の叫び声が聞こえた。

 振り返ると、3人の隊員が狂ったように腕を振って、足踏みしている。

 まるで踊っているようだ。

 よく見ると、あの虫たちが隊員を襲っていた。

 3人は倒れこみ、虫の波に飲まれた。虫の山は少しずつ小さくなった。

 きっと3人は……そう思うと、哀れに思えてきた。

「逃げて!」

 恐怖で立ちすくんでいる最後の隊員に怒鳴った。

 隊員は我に返り、泣きじゃくった。

「助けてくれ!死にたくない!」

「早く逃げて!」

 虫たちが、隊員に近づいた。隊員は小銃で床を無茶苦茶に撃った。

 沢山の虫がばらばらになったが、それでもまだ多い。

 隊員は装填した。

 だが、いつの間にか男が隊員の目の前に居た。男は隊員よりも遥かに大きかった。

 そして、小銃よりも遥かに重いであろう大鉈を掲げた。

 一瞬だった。

 男は大鉈を振り下ろした。

 隊員の頭から股まで真っ二つに裂けてしまった。

 本当に一瞬だった。

 男は隊員の割れた体左右の足を持ち上げ、両方をソフィーに投げつけた。

 死体はソフィーの両側の壁にぶつかった。

 右側の体には、右手に小銃、ホルスターには自動拳銃オートマチックの9mm拳銃があった。

 拳銃をホルスターから抜いた。思ったよりも軽かった。

 小銃も拾った。これはかなり重かった。1キロのお米袋を3個持っている気分だ。

 小銃を両手で抱え込んで、外に出た。

 玄関を出ると、感染者の1人が奇声を発しながら、ソフィーに走った。

 ソフィーは突撃してくる感染者を避けた。

 感染者は止まることなく、玄関から家の中に入った。

 虫たちが、感染者に襲い掛かった。自衛隊員と同じように、狂ったように腕を振り回した。

 そして、倒れこみ、なおも暴れた。

 所々骨が露出していた。

 感染者は、ついに骨だけになった。

 ソフィーはやはり逃げた。両手で抱えてる小銃と右手の拳銃のせいで、思うように速く走れない。

 だが、男は遅かった。男は重々しい大鉈を引きずりながら、歩いてソフィーを追いかけていた。

 そんな速度で追いつけるはずが無かった。

 後ろを振り向けば、男は米粒ほどの大きさに見える。


 信二達はどこかのビルの裏側で休憩していた。

 信二は裏口の南京錠を消火器で叩き壊し、ビル内に入った。

「感染者は居ない」

「本当か?」

「1階はな。居ればとっくに走ってきてるさ」

 信二は全員をビル内に入れさせて、裏口を閉めた。

「ここで休憩しましょう。トイレなどは速く済まして」

 確かに済まさなければ。そう思った茜が言った。

「兄ちゃん、トイレ」

「マジか?じゃあ行こう」

 真希は信二を止めた。

「さっきから妹さんを抱えてたから、結構疲れてるでしょ?私が代わりに連れて行くよ」

 信二は反論しようとしたが、確かに人一倍疲れている。いや五倍だな。

「…分かった、頼む」

 信二は茜を真希に渡した。

 真希は茜を抱えながら、近くの地図を見た。

「トイレは2階にあるのか」

 真希は近くにあった消火器を持って2階に上がった。

 2階は誰も居ない。少なくても廊下は。

 真希は近くの女子トイレに入った。

 トイレにも誰も居ない。

 近くの個室に入り、茜を便座に座らした。

「ドアを閉めてくよ?」

「うん」

 真希は個室から出て、ドアを閉めた。中から鍵を掛ける音がした。

 ドアの前で見張りをしていると、何かが聞こえた。

 最初は感染者かと思ったが、そうじゃないと分かった。

 感染者はすすり泣きはしない。

「ここで待ってて」

「分かった」

 真希はトイレから出て、廊下ですすり泣きのする場所を探した。

 廊下の奥の、女性更衣室と書かれたドア向こうから、聞こえた。

「誰か居ますか?」

 返事が無い。真希はドアノブを回した。ドアは難なく開いた。

 中ではロッカーが並んでいた。

 部屋の中心で、女性が泣いていた。背を丸め、膝を抱え込んで座っていた。

「あの、大丈夫ですか?」

 この惨状で大丈夫な訳ない。自分で心の中でつっこんだ。消火器をドアに置き、女性に近づいた。

「何か助けが要りますか?」

 ミニスカートにレギンズ、色が塗られた爪、金髪…ギャルだな。

「すいません!」

 真希はいい加減に怒鳴った。女性は泣き止んだ。

 同時に立ち上がり、振り向いた。

 その目は赤かった。

 真希は彼女が感染者だと理解するのに数秒かかった。

 消火器を拾おうと思ったとき、首に何かを感じた。

 急に息苦しくなった。

 首に何かが巻きついていた。

 女性だ。

 女性が右手の親指以外の全ての指が伸び、真美の首を絞めていた。

 真希は我が目が信じられなかった。

 確かに常識はずれの怪力を誇った巨漢は居たが、これは明らかにおかしい。

 まるで骨が無いように、指は伸び、巻きつくなんて。しかもかなり強く絞めている。

 真希は慌てて息を吸ったが、空気が喉を通らない。

 このまま抵抗しなければ、絞殺されるのが運命だ。何かしなければ……!

 助けを求めようとしても、喉からはうめき声しか出ない。

 めまいがしてきた。頭痛もした。

 意識が薄れる中、絞殺されていくのを感じてきた。

 だが、感染者はもう片方の指で消火器を持ち上げ、真希の頭を殴りつけた。

 一瞬、意識が飛んでしまった。

 腕がだらりと下がる。

 だが、運が良かった。

 感染者は真希が死んだと思い、絞めつけている指の力を緩め、消火器を捨てた。

 意識が戻った真希は、消火器を拾い上げ、感染者に突撃した。

 感染者は再び強く絞め付けた。

 また苦しくなったが、真希は消火器で感染者の顔面を殴った。

 鼻が折れる音がした。

 感染者が倒れこんだ。

 真希は首に絞まってる指を解いた。

 咳き込んだ。久しぶりに空気を吸った気分だ。

 茜……そうだ茜がトイレに居た!

 真希は咳き込みながら、座り込み、息を吸って頭痛を軽減させた。

 その時、感染者が立ち上がり、指を伸ばそうとした。

 だが、奇声を発した数秒後、背中から鉈が刺さり、胸まで貫通した。

「…大丈夫…?」

 真斗が鉈を引き抜いた。

「大丈夫、助かったよ」

 真斗は、感染者を殺したことに罪悪感を感じていたが、指を伸ばす感染者を眺めた。

「これ…何?」

「分からない、信二君に聞こうよ」

 真希はトイレの茜を抱え込み、1階に向かった。

 真斗は鉈を真人に返した。

「血塗れだな、何か刺したか?」

「指が伸びる感染者」

 全員、驚いた。信二もだ。真希は驚いた。

「信二君、知らないの?」

 信二は首を振った。

「そいつは知らないが、別の特殊な感染者は居た」

 須田は弓を構えながら聞いた。

「どんな奴だい?」

 信二はかつて、自分の学校で出会った特別な感染者を思い出した。

「天井を這う、一番最初の感染者さ」

「本当か?こわい……」

 信二は静かにと指示した。

 信二は裏口のドアを少し開け、外を見た。

 感染者が6人は居た。

 舌打ちしながら、全員を黙々とドアから離れさせた。

 だが、銃声が6発鳴り響いた。

 自衛隊の直人と教師の蛇谷が89式小銃を構えながらやって来た。

 信二は裏口を開けた。

「速く中へ!」

 2人はビル内に入った。

 ドアが閉まった数秒後に大勢の感染者がやって来た。

「危なかった、助かったよ信二君」

 直人はドアを背中で押さえながら小声で言った。

 だが、外ではフードを被った男――岡本大輝が感染者の群れの中で歩いていた。

 そして、再び何処かへと向かった。


 ソフィーは近くの細い路地で休憩を取っていた。座り込んだ。

 しかし、あの男は何なんだろうか?

 ゴキブリを率い、大鉈を振り回す。人間ではないだろう。だが、きっと感染者でもない。

 虫の王――ソフィーは「ベルゼブブ」を思い出した。

 ベルゼブブは悪魔であり、虫の王だ。

 ソフィーは男をベルゼブブと呼ぶことにした。

 

 虫たちの王、ソフィーからベルゼブブと呼ばれる男は、何かを求めるように彷徨った。

 大勢の虫が、彼の後に続いた。

 

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