良治の正体
石倉は自身の小銃を何回も点検している。
「隊長、一体何回点検するのですか?」
尾崎はバックミラーで石倉の様子を見ていた。
「気が済むまで何回でも」
「隊長、今回の任務は?」
そういえば聞いてなかった。
良治が代わりに答えた。
「この場所に向かってください」
良治はそう言いながら、印の付いた地図を渡した。
「ここに何があるんだ?」石倉はそう聞いた。
「実は、ブラックホークの墜落現場です」
ブラックホークの墜落現場と聞いて、尾崎は不安に襲われた。
「誰が乗っていたんですか?」
「最重要人物だ。政府関係者ではないが、今回の事態の関係者だ」
石倉は考えを張り巡らせた。今回の事態の関係者ってことは、研究員か?
尾崎は地図を永田に見せた。
「案外近いですね」
「何分くらいにつきそうだ?」
「もう目の前です」
ブラックホークの墜落現場に付いた。そこは、狭い道路だった。ブラックホークは無残な姿をさらしていた。爆発が起きていないのか、原型は留めていた。
「よし降りるぞ」
石倉はそう言った。良治を残して全員、機動車から降りた。
尾崎がブラックホークの中に入った。
「隊長、操縦士たちの死体以外何もありません」
石倉はすぐ近くのマンションらしい建物を見た。
「最重要人物はこの建物に逃げた可能性がある」
そう言って1人でマンションに入った。
すると、物音が聞こえた。
「3階から聞こえますね」
いつの間にか尾崎が居た。
「そうか、3階か」
石倉はエレベーターのスイッチを押した。
だが、電力が供給されてないのか、何の反応もなかった。
石倉は仕方なく、エレベーターの横の階段に上がった。
「よせ、感染者が居るかもしれない!」
石倉は良治の忠告を無視し、1人で向かった。
3階では女性の鳴き声が聞こえた。先の物音といい、女性の鳴き声といい、暴漢に襲われたのか?
マンションの廊下で女性が座り込んで泣いていた。
「すいません、大丈夫ですか?」
石倉はなるべく丁重に言った。怖がらせないためだ。だが、女性は顔を上げた。そして、近くのドアに入り込み、鍵を掛けた。
「待って!」
石倉はドアを開けようとしたが、開かなかった。
その時、何者かに足を掴まれた。石倉は床を見た。そこには、瀕死の警察官が倒れていた。
「大丈夫ですか」
「……われた……」
「しっかりしてください!何が割れたんですか?」
「…う…ばわ…れた…」
「何を?」
「拳銃を…」
「動くな」
いつの間にか、サラリーマンのような男が警察官用の回転式拳銃を石倉の後頭部に突きつけていた。
「待て!撃つな!俺は何も危害を加えない!」
「いい銃持ってるな、よこせ」
「分かった。渡すから撃たないでくれ」
我ながら情けない。現役陸上自衛隊曹長が、たかがサラリーマンに脅されて銃をおとなしく渡すなんて。
石倉は銃を渡そうと男に向いた。その瞬間、石倉は男の拳銃を持ってる右手首を掴み、捻った。
「いってえ!」
男は拳銃を落とした。すかさず、小銃を男に向けた。
「う、撃たないでくれ!」
「両手を頭の後ろに置け」
「わ、分かった!」
男は両手を頭の後ろにやった。その時、銃声が鳴った。
重症の警察官が落ちた拳銃を拾い、男を撃ったのだ。
弾丸は、男の額に炸裂した。男は倒れこんだ。即死だった。
石倉は警察官に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「あの子を……頼む」
「部屋に逃げ込んだ女か?」
「違う……白い…ワンピースを着た…外国人の少女だ…」
「名前は?」
「…そ……そ…そふぃ…」
警察官は黙り込んだ。
「おい!しっかりしろ!おい!おい!」
石倉は警察官の胸を見た。胸には2つ小さい穴が開いていた。銃で撃たれたのだろう。
「死んだか…」
脈をはかった。完全に死んでいる。
「隊長!」
尾崎たちがやって来た。石倉は尾崎の下に駆け寄った。
「いまの銃声は?」
「なんでもない、それより扉を開けるのを手伝ってくれないか?女性が立てこもってるんだ」
「いいですが、どの扉ですか?」
「あの扉だ」
石倉は指を指そうと振り向いた。だが、女性の入った部屋の扉は開いていた。警察官の死体もなかった。
「馬鹿な!」
石倉は部屋に入った。リビングに入った瞬間、衝撃が待っていた。
警察官が女性を食っていた。女性の首筋を噛むたびに食いちぎっていた。
「嘘だろ…」
警察官は死んだはずだった。だが、石倉の目の前で女性を食っている。
「隊長!どうし…うわあ!」
尾崎は思わず悲鳴を上げた。警察官は石倉を見た。そして、うなり声を上げながら立ち上がった。
「待て!俺だ!」
警察官は恐ろしい奇声を発しながら石倉に向かって走った。石倉は右手で殴った。
「正気に戻れ!」
警察官は石倉の頭を掴んだ。尾崎は警察官を後ろから取り押さえた。
「隊長!撃ってください!この人は感染者だ!」
石倉は銃を構えた。
「許せ」
引き金を引いた。89式小銃は火を噴き、弾丸を放出した。弾丸はまっすぐ検察官の頭を貫いた。
警察官は2度死んだ。
良治と残り2人の隊員が来た。
「どうした?」
石倉は良治の胸倉を掴んだ。
「お前!一体何を隠してる!」
「隊長落ち着いて!」
尾崎は石倉と良治を離した。
「一体何の感染だ!」
「単純な感染とは違う」
「あれ見れば誰にだって分かる!!」
「隊長、どうしたんですか?」
石倉は警察官を指した。「あの警察はな、つい1分前までは何ともなかった!死体だったんだ!なのに死体が立ち上がって、人を食った!狂犬病と明らかに違う!!」
「君達は、私の発令する命令を実行すればいい」
「あんた何者だ!厚生労働省と聞いたがどうもおかしい!」
「何を馬鹿な…」
永田は冷静な声で聞いた。
「あんた何者だ?厚生労働省だろう?」
「労働省は何も関係ない。真相は知らされてないし、この事態の担当でもない」
良治はポケットに入っているカードを見せた。永田は見た。
「冗談きついぜ…隊長、こいつは本州生物科学研究所の人間だ」
本州生物科学研究所だと?あそこは半年前に出来たばかりの研究所だ。
「おい、ここは何に汚染されてる?」
永田はからかい口調で聞いた。
「バイオセーフティーレベル4の機密ウイルスが東京に漏れたんだ」
永田は笑った。やけくそ笑いだ。
「どんなウイルスだ?狂犬病か?新型狂犬病か?」
「新種のウイルスだ」
尾崎と矢倍は驚いた。
「半年以上前に起きた、大羽中学校封鎖事件で発見された新種のウイルスだ」
「どんなウイルスだ?」
「呆れたな。自衛隊は情報を全ての隊員に伝えてないのか?」
「あの事件の真相を知ってるのは幹部と事件関係者だけだ」永田は冷静に答えた。
「一体何のウイルスに汚染されてる!」
「ラブドウイルス科で極秘機密の新種感染症、DEMONYO」
「デモーニョ?」
「ある科学者のレポートによると、ウイルスはフィリピンのある少女に発見され、それを日本に持ち込んだ。ウイルスは、感染すると、感染者の脳に侵入し、感情を司る神経を破壊し、凶暴性を剥き出しにする。つまり、殺人衝動を引き起こす」
「実はこのウイルスに免疫を持った少女がいる。名はソフィー・ヴェルネで、封鎖事件の生還者の一人で、ウイルスに感染しながらも発症してない。つまり保菌者だ」
「この子はしばらく研究所で研究されてた。だが、研究所で停電が発生し、この子は脱走した」
「それで感染が広まった?」
「少女はすぐに捕獲されたが、彼女を運んだヘリコプターが何らかのトラブルが発生したのか、墜落した」
永田は笑った。「で、俺達に少女を探せと?この拾い東京でどこに居るか分からない少女を?」
「少女が行きそうな場所は検討がついてる」
「事情は分かった。さっさと少女を見つけて、この狂気の街からさっさと出よう」永田はそう言って、外に出て、機動車に向かった。尾崎と矢倍も後に続いた。
「少女の血液で、ワクチンが作れるかもしれない。頼むぞ」
良治も外に出た。石倉は、近くの椅子に座った。
くそみたいだぜ。これがアメリカ、イギリス、フランス、スペインならまだ分かるぜ。でも何でよりによって日本なんだ?
そんな思いを抱えながら外に出た。すると、階段の上から、白いワンピースを着た外国人少女が降りてきた。石倉は警察官の遺言を思い出した。
「そこのお嬢さん」
なるべく優しそうに言った。少女は石倉を見た。明らかに怯えてる。
「大丈夫だよ、俺は何もしない。安心しろ」
小銃を背中に隠した。少女は上へ逃げた。
「持って!」
石倉は追いかけた。だが、居所が分からなくなった。
「まったくついてないぜ」
だが石倉は気づいていなかった。その少女こそが、任務の目標であることを