感染地へ
俺、石倉陸曹長はゾンビなんて怖いと思ったことはなかった。
腐りかけた死体が起き上がって、人肉を欲して地上を彷徨う。昔そういう映画を何本か見たことある。宇宙線や謎の流行病や悪魔が原因……ってやつだ。
そんな怪物が暴れるなんて、正直俺は怖がるどころか笑ってしまった。俺にとってゾンビ映画はコメディー映画と同じもんだ。
いつだって一番恐ろしいのは人間だ。戦争を始めるのも、犯罪を起こすのも、人が死ぬ原因を作ってるのも、いつだって人間だ。
俺達自衛隊は、普段は厳しい訓練をつんで、災害などが発生すると、人命救助のために現地に派遣され、人々のために戦った。そう思えばゾンビなんて猫みたいに可愛いぜ。
だが、ゾンビは存在した。いや、厳密にはゾンビではない。狂犬病に類似した謎の伝染病に感染した人間―――すなわち感染者が東京を歩き……いや走り回っている。
ゾンビは腐ってるから走ることなんて出来ないが、感染者は違う。謎の伝染病に感染した人間は運動神経が上達し、未感染者を発見すれば、襲う。
そんな狂気に満ち満ちてる感染地―――すなわち東京に、俺を含む4人の陸上自衛隊と1人の厚生労働省の博士が突入する。まさに、5人の勇者だな―――
俺達5人は軽装甲機動車に乗った。本来、軽装甲機動車は4人乗りだが、後部座席上部ハッチを開け、1人が機関銃手になれば、5人乗りは可能になる。
今回は矢倍が機関銃手になった。まさにやばい。
俺は後部座席に乗り、良治って博士は俺の左に座った。運転席には永田、助手席には尾崎が乗った。
この機動車は防弾性だが、5人の命を任せるには少々心配だな。どうせなら、戦車で行きたいものだ。
車は発進し、ゲートらしい所の前まで行った。防毒服を着用した隊員が運転席の永田に話しかけた。
「立ち入るには許可が必要です」
「許可なら出てる。現場責任者の前原一等陸佐が出した」
「失礼しました。どうぞ」
ゲートが開いた。俺達の命を乗せた機動車が東京に入っていく。
狂気の街に突入した。もう後戻りは出来ない。俺は緊張感のせいか、銃の点検をした。
俺の持つ89式小銃は自衛隊が制式化した自動小銃である。90年代以降、陸上自衛隊の主力小銃となっている。諸外国のアサルトライフルに相当する。89式5.56mm小銃は64式7.62mm小銃の後継として開発され、1989年に自衛隊で制式化された。自衛隊の他、海上保安庁、警察の特殊部隊(SAT)においても制式採用されている。開発製造は豊和工業が担当し、1丁あたりの納入単価は20万円台後半から34万円(調達数によって変動)。納入先が自衛隊など日本政府機関のみに限られるため、現役の主力小銃として高価な部類に入る。
5.56mm口径は、自動小銃の中でも西側のアサルトライフルとして標準的な口径であり共通の規格の弾薬、すなわち5.56mm NATO弾とSTANAG4179に準じた弾倉を採用しており、必要があれば在日米軍などの同盟軍と弾薬を共用できる。また、自衛隊・米軍で採用されている5.56mm機関銃MINIMIとも弾薬互換性を持つ。
形状は日本人の平均的な体格に適した設計がなされている。銃身長420mmというカービン(短縮小銃)に近い長さでありながら、大型の消炎制退器の銃口制退機能によって高い制動性を有する。また取り外し可能な二脚を有し、接地することで安定した射撃ができる。銃床は固定式だけでなく、コンパクトに折りたためる折曲銃床式が空挺隊員や車両搭乗隊員向けに配備されている。
材質・製造方法は大量生産が容易なように選択されている。銃床、銃把、被筒には軽量かつ量産性に優れた強化プラスチックを採用し、金属部分はプレス加工を多用している。さらに銃を構成する部品数が64式から大幅に減り、生産性や整備性が向上している。
冷戦末期に設計された本銃であるが、海外派遣やゲリコマ対策など新たな課題に向けて、各部の改修・改良が実施されている。進捗は部隊によって異なるが、左側切換レバー設置や光学式照準器の装着などが進められている。さらには本銃を試作原型とした「先進軽量化小銃」が開発中である。
標準付属品の89式銃剣、負い紐を装着する機構を備える他、専用発射機を必要としない06式小銃てき弾を銃口に装着し発射できる。
広報向けの一般公募愛称は「バディー」であるが、部隊内では単に「ハチキュウ」と称されることが多い。
そんな小銃を、俺は握ってる。引き金の切れがいまいちで、命中精度はアメリカ軍のアサルトライフルに負けるが、俺達の小銃は職人さんにちょっと魔法をかけてもらったから、アメリカ軍のライフルよりあたる銃になった。この小銃は重い。だが、この重さは人の命を絶つ重さだ。
俺は今日の記憶を失ってる。感染者、一体どういう奴らだろうか?
そんな思いを抱えながら、車は走っている。