騒ぎ
信二は、亜矢子がサイコパスではなく、ただのか弱い少女だと思った。
すると、1階の北校舎で何やら騒ぎがあるのか、慌しかった。
気になった信二は、1階の北校舎に向かった。
北校舎玄関前では、大勢の人々が集まっていた。信二は真希を見かけた。
「どうしたんですか?」
「やばいことになっちゃったニャ」
玄関を背にして、1人の中学生少女が、まだ幼い男の子を抱えれカッターナイフを向けていた。
「やめろ!あゆみ!」
「馬鹿な真似はよせ!」
「お前!犯罪者になるぞ!」
大勢の人々が、川原を囲んで説得していた。
「これは殺人ではない。魂の救済だ」
川原は、まだ自分を神の使いガブリエルだと思い込んでいる。
「黙示録の戦争が始まった。醜い悪霊に摂り憑かれた愚かな罪人達が、犠牲者を求めて彷徨っている。彼らに魂を奪われる前に、私が魂を救済する!」
信二は瞬時に悟った。こいつは完全に狂っている。
「何が救済だ!」
「ただの殺人だぞ!」
「狂ってる!」
川原は真顔のままだ。
「信仰を持たぬものたちよ、この男の子が救済を証明する!」
川原はカッターを幼い男子の首に突きたてた。
「よせ!」
「やめろ!」
「馬鹿!」
信二は走った。間に合え!
「唯一絶対神よ!大天使ミカエルよ!この者の魂を悪魔と堕天使からお守りください!」
駄目だ間に合わない!
その時だった。
川原の後ろの玄関の木の板で塞がっていたガラス部分が破壊された。感染者が木の板を破って川原の胴体を掴んだ。
「神よ!お助けください!」
川原は感染者によって外に引っ張り出された。
外は、大勢の感染者が学校を囲んでいた。感染者たちは、川原を囲み、殴る、蹴るなどの暴行を始めた。「神よ!天使達よ!私をお救いください!」
その時、川原は過去の記憶が走馬灯のように次々と頭に映し出された。
母親は、川原を幼少の頃からうっとしがっていた。父親はよく酒を飲み、酔うたびに川原に暴行を加えていた。両親は川原を毛嫌いし、川原の妹を大切に育てた。
そんな川原を守り、育ててくれたのは祖母だった。
だが、祖母は死んだ。川原の目の前で、感染者に殺された。
「おばあちゃん、助けて……」
川原は意識が朦朧としていた。感染者たちの暴行が止まった。何か引きずる音がした。
川原は、かすれた視界で、はっきりとそれを見た。
巨大なギロチンのような斧が、川原に振りかざされた。
「おばあちゃん、大好き」
「皆さん!武器を持って2階へ!」
信二は叫んだ。感染者が次々と、板で塞がっている窓を破って校内に侵入した。
武器を持った青年達は、感染者達と戦い始めた。
信二が真希を連れて逃げようとすると、玄関の扉が破壊された。
そこには、紺色の頭巾を被った全身分厚い脂肪に覆われた巨漢が立っていた。ギロチンの刃をくくりつけた巨大な斧状の武器いわゆる断頭斧を持っていた。顔は完全に隠れていて、表情が伺えない。背中や肩には無数の釘や針が刺さっていた。血まみれのエプロンを着けていた。
「何だ…あいつ…」信二は驚愕していた。
が、感染者が巨漢を通り越して中に侵入してきた。
信二は真希を連れ、2階に逃げ込んだ。校内はすでにパニック状態だ。
信二は、叫んだ。
「全員教室内に入って!ドアを閉めて鍵を掛けるんだ!」
だが、パニックに陥ってるため、全員聞く耳を持たなかった。
全員、無茶苦茶に走った。
感染者が1人、階段を駆け上がり、信二に掴みかかった。
「しまっ―――」
真希は反射的に、感染者の頭を回し蹴りで蹴りつけた。
感染者は倒れこんだ。
「行こう!」真希は言った。
「あ、ああ」
真人が友人達を連れて信二の下に来た。
「外は感染者だらけだ!どうする?」
紀子は眼鏡を掛け直した。
「第1校長室に行きましょう」
「そうだ!紀子天才!」
その時、何かが引きずる音がした。あの巨漢が2階に来た。
全員驚愕した。そして、共通の言葉をつぶやいた。
「何だ…あれ…」
巨漢は迫力があったが、動きは鈍かった。
あれなら逃げ切れる。信二は確信した。
「第1校長室へ行きましょう!」
全員、第1校長室目指して走った。巨漢は手当たりしだいの人たちを斧状の武器で切りつけた。
信二はただ、走った。