真紅計画第3段階
【追加登場人物】
石倉洋
陸上自衛隊員。まじめで信頼されている。階級は准陸尉。
永田健勝
陸上自衛隊員。自由とサッカーを愛する男。階級は陸曹長。
矢倍代音
陸上自衛隊員。不幸な男。階級は2等陸曹。
尾崎六祖
陸上自衛隊員。平和を愛し、戦争を嫌う。階級は1等陸曹。
「総員戦闘準備」
石倉は89式小銃の点検をした。装甲弾使用12.7mm重機関銃M2を搭載した軽装甲機動車の後部座席に乗っていた。運転は永田が担当し、助手席には尾崎が座っていた。銃器担当は矢倍が担当した。
石倉達が乗っている機動車は車両隊の先頭に立ち、後ろには8台の新型73式大型トラックが、隊員を乗せて走っていた。上空にはブラックホークが2機、隊員を乗せ、飛んでいた。
「なあ、永田、お前サッカーが好きなんだろ?」
尾崎は銃の点検をしながら質問した。
「そうさ、これからサッカーはなでしこジャパンの時代だ」
永田は興奮気味の声で言った。
「なでしこジャパン?何それ?」
「知らないのか?呆れたな、女子サッカーチームだよ!」
「俺はサッカーに興味がない」
「今からでも遅くはない。なでしこについて教えてやる」
「いいよ、面倒だ」
「遠慮するな」
永田はなでしこについて、情熱的に語り始めた。
石倉は、あまりにも永田の声がうるさく感じた。
「永田、少し静かにしろ」
「いいじゃないですか?こいつのサッカーの考えかたを変えてやっても」
再び情熱的に語った。
本当にサッカーについてはうるさい奴だ。六祖も何でさっカーについて質問したんだ?やりきれないな。
石倉はイヤホンを耳に付け、音楽を流し始めた。
「やっぱり、『ゼロの調律』はいいな」不意につぶやいた。
矢倍が大声で怒鳴った。
「隊長!1本道の入ります!」
だが、石倉は大音量で音楽を流していたため、聞こえなかった。
「隊長!返事してください!」
六祖はイヤホンをはずした。
「隊長、1本道に入ります」
石倉はやっと話しかけられていたことに気づいた。
「分かった六祖、矢倍、警戒を怠るな」
石倉は音楽を止め、89式小銃をしっかりと握った。
無線機から、存在感のある声が流れた。
「現地派遣部隊に告ぐ、真紅計画第3段階に入る」
石倉は返信ボタンを押した。
「了解、第3段階の詳細を教えてください」
「感染者の殲滅だ。実弾使用の許可を出す。現場指揮は石倉、お前に任せる」
「了解、任せてください」
石倉は現場責任者として送られた。この作戦における責任は重要だ。
さっきははっきりと任せろと言ったが、石倉は複雑な気持ちだった。
感染拡大を防ぐために、感染者を殲滅するため、部隊が派遣されたが、感染者を殺害することは、市民を殺害するのと同じだ。まして、人殺しなどしたことのない隊員が突然ここに送られたのだから、皆不安を感じているだろう。しかも、詳しい情報は与えられず、一体何の感染かさえも分からない隊員が大半を占めている。ただ、ガスマスクを渡され、感染者には噛まれるなとしか言われていない。
「隊長、一体何の感染ですか?」
矢倍は、周囲を見渡しながら質問した。
「狂犬病に似た感染が広まっていると」
永田は笑った。「狂犬病ならぬ狂人病か」
「まあ、そんなところだ」
尾崎は地図を確認していた。
「このまま500m走ると、広い道路に出ます」
尾崎の言ったとおり、500m走っていると、広い道路に出た。
石倉は、無線機で現地派遣部隊全員に連絡した。
「広い道路に出た。気を引き締めろ」
しばらく走っていると、突然永田がブレーキを掛けた。
「どうした!永田!」
「前に障害物がある」
永田の言うとおり、燃えた車が何台もあり、道路を封鎖していた。
「どういうことだ?」
石倉は、疑問に思った。
「総員に通達、戦闘態勢入れ」
そう言った数秒後トラックから大勢の自衛隊員が降り、車両を囲むようにそれぞれの配置についた。
矢倍を残して、石倉達も降りた。
「隊長!前方から大勢の市民がこちらに走ってくる!」
1人の陸自隊員が叫んだ。確かに前方から大勢の市民が走ってくる。
石倉が不審に重い、双眼鏡で覗いた。
市民達の目の色は赤かった。
あれが感染者か
「総員射撃準備!!」石倉は怒鳴った。
それを聞いた全自衛隊員が銃を構えた。全員、深呼吸をした。
『こちらブラックホーク1号、隊員を降ろす』
ブラックホーク2機の扉が開いた。そして、ロープが降りた。
『行け、行け、行け』
隊員が1人ずつロープで降り始めた。
1号機が最後の一人を降ろそうとした瞬間、近くにあったビルの屋上から、サラリーマンの格好をした男性が、降りようとした隊員に飛び掛った。
男性は、信じられない飛距離で隊員に抱きついた。
「くそ!やばい!」
隊員はロープから手を離してしまった。そのまま、落ちた。
「くそ!1人負傷した!」石倉は怒鳴りながら、落下した隊員の所に向かった。
隊員の横には、頭が潰れたサラリーマンが倒れていた。
「くそ、動いてない、衛生要員!!」石倉は怒鳴った。
左腕に赤十字標章を付けた隊員が駆け寄った。
「どうしましたか!?」
「負傷した!!」
「殴られたんですか!?」
「いや、落ちた」
「何ですって!?」
「ヘリから落っこちた!!」
衛生要員は、耳を負傷した隊員に口元に近づけた。
「虫の息だ!早く治療しないと、取り返しの付かないことになる!」
石倉は叫んだ。「担架だ!担架を持って来い!」
2人の隊員が担架を持ってきた。
「こいつを車両に乗せろ!」
隊員は負傷した隊員を担架に乗せ、急いでトラックに向かった。
「隊長!市民が近づいてます!」
もはや、感染者達は目の色が確認できるくらい近くまで来ていた。
「車体や壁にしろ!」
そう叫んだ。
「撃ち方用意!!」
隊員達は銃を構えた。
「撃ち方始め!!」
そう言った瞬間、一斉に銃声が鳴り響いた。
89式小銃は命中精度ではアメリカ軍正式採用銃のM16には負けるが、反動面ではM16より軽い。
非常に撃ちやすい銃だ。その銃で自衛隊員たちは、1発もはずすことなく、弾丸を次々と感染者に当てた。
「隊長!撃っていいですか!」
矢倍は叫んだ。
「ありったけの弾丸を撃ち込め!」
そう叫んだ瞬間、50口径の機関銃が火を噴いた。装甲弾は元々、車体に穴を開けるための弾であり、対人用ではない。そんな弾丸に撃たれた感染者は、瞬時にして固体から液体に変わった。
石倉は撃ちまくっていたが、弾丸が切れた。その時、鎌が飛んできた。
石倉は軽装甲機動車の後ろに隠れ、鎌を避けた。そして、装填した。
よく見ると、見知らぬ隊員が、震えながら隠れていた。
「お前!ここで何してる!」
隊員は震えた声で言った。
「こ、こんなのは、あ、あんまりだ・・・俺に人殺しは出来ない!」
石倉は、フルオートに変えた。
「甘ったれるな!お前は人を殺したくないそうだが、あっちはお前を殺したがってるぞ!!」
「ど、どうして皆殺し合うんだよ?」
「死にたくないからだ!お前は死にたいか!」
「し、死にたくない・・・!」
「なら撃て!」
「撃ちたくない・・・」
石倉は舌打ちした。まったく、馬鹿な奴だ・・・
「なら、予備の弾丸を弾倉をよこせ!俺が変わりに撃ってやる!」
隊員は、赤子のように泣き始めた。
「人殺しなんかしたくない!俺は自衛隊員だ!軍隊じゃない!」
石倉は、我慢できず、隊員の左頬を殴った。
「俺だって人殺しはしたくない!だが、あっちが殺しに掛かるんだ!ここは戦場と変わらない!戦場では殺すか殺されるかだ!」
隊員は、泣くのを止め、しっかりと歯を食いしばった。
「よ、よし!やるぞ!」
そして、車体から出て、射撃を始めた。
石倉はそれを見て、満足した。
だが、感染者の数は、予想以上に多かった。
『こちらブラックホーク、航空狙撃支援を開始します』
ブラックホークに乗っていた狙撃手が、狙撃を始めた。
石倉は、落下した自衛隊員が乗っているトラックに向かった。
トラックの後ろでは、尾崎が護衛のように立っていた。
「落下した奴の容態は!?」
衛生要員が報告した。
「最悪です、鎖骨、肋骨、腸骨、肩甲骨などを粉砕してる。瀕死の重症だ」
近くに通信機を背負った隊員が居た。
「本部に報告!負傷者が出てる!至急増援と救助を要請!」
「了解!」
通信隊員が通信しようとした瞬間、右脚に鎌が刺さった。
「あー!!くそったれ!いてえー!!!」
石倉は通信隊員を引きずって、通信機を取った。
「HQ(本部)!HQ(本部)!」
『こちら本部』
「こちら現地派遣部隊!2名の負傷者が出た!感染者と交戦中!感染者の数が予想をはるかに上回っている!弾薬が持たない!至急、増援と救助を要請する!」
一瞬、沈黙が続いた。
『増援は出せない、現状勢力で対処せよ』
「現状勢力だけでは持たないと言ったろ!!」
『繰り返す、増援は出せない』
「救助は!?」
『救助は検討中だ。今しばらく待て』
通信が切れた。
くそ!命令してるだけのお偉いさんが!!
よく見れば、感染者に囲まれていた。
石倉はMK2破片手榴弾を出し、ピンを抜いた。
そして、前方に投げた。
「手榴弾行ったぞ!!」
隊員達が、身を隠した。
手榴弾の中の火薬が発火し、爆発が起きた。爆発で大勢の感染者が死ぬか、重症を負った。破片が飛び散り、鉄の破片が、感染者の喉などを引き裂いた。
石倉は、自分が乗っていた軽装甲機動車に向かって走った。
中から、あるものを取り出そうとした。
その時、斧を持った感染者が走ってきた。
石倉は機動車の後部座席に乗り、ドアを閉めた。感染者は扉を斧で叩いたが、防弾性の車体のため、斧が折れた。
永田が感染者を射殺した。
石倉は、後部座席の自分のバッグから小さなものを取った。
傷痍手榴弾だ。
傷痍手榴弾を前方に投げた。
手榴弾が爆発し、あたりの道路は火の海と化した。
感染者達は、前方を通れなくなった。通ろうとすれば、全身が瞬時に燃え盛るからだ。
「隊長!本部から応答です!」
尾崎は叫んだ。石倉は、尾崎のところへ行き、通信機を取った。
「どうぞ」
『こちら本部、救助は出せない。負傷者をブラックホークに乗せ、近くの基地まで戻れ』
「本気ですか!?」
『負傷者のみの撤退だ。無傷のものは現地で感染者を殲滅せよ』
「弾薬が足りないんだ!」
『これは命令だ。以上』
通信が切れた。
「どいつもこいつも!これだからお偉いさんは嫌いだ!!」
信二は無線機でブラックホークの操縦士と交信した。
「ブラックホーク1号機、応答せよ」
『こちらブラックホーク1号機』
「負傷者を乗せ、近くの基地まで飛べ」
『了解、だが、着陸地点がない』
確かに、地上では感染者に襲われる可能性がある。近くの建物の屋上は、ブラックホークを着陸できる広さがない。
どうすれば……
すると、遠くの高層ビルが見えた。屋上もかなり広そうだ。距離も800mくらいか……
「800m先の高層ビルの屋上で待機してろ!」
『了解、待っている』
ブラックホーク1号機が高層ビルに向かって飛んでいった。
「全員トラックに乗れ!!800m先の高層ビルに向かう!!」
それを聞いた隊員達は一斉にトラックに乗り始めた。
石倉達も、軽装甲機動車に乗った。
「永田!飛ばせ!!」
機動車が走ると同時に、後ろのトラックも走り始めた。