保菌者
【追加登場人物】
少女
中学生くらいの外国人。新種ウイルスの保菌者で本州生物科学研究機構にて監禁されている。
少女は、真っ白な部屋の閉じ込められていた。寝台、トイレ、流し、テレビがある。ドアには強化ガラスの窓があった。一体、こんな所に閉じ込められてどれくらい経ったのだろう?半年以上経ったかな?
あの日以来、外の世界を見ていない。
今日の実験時刻は午後5時、今は午前9時……まだまだ時間は沢山あるわね。
友人も家族も親しい大人も居ないこの部屋で、彼女はテレビをつけた。
「ニュースです。昨夜東京都渋谷にあるナイトクラブで乱闘が発生しました。目撃者証言によると、午後8時ごろに怪しい格好をした集団がクラブ内に入り、近くに居る男性を突然暴行を加え、止めに掛かった男性らにも暴行を加え、乱闘に発展しました。なお、暴動を起こした集団は逃亡、噛み傷などの重傷を負って8人が病院に搬送されましたが、搬送先の病院で2人が死亡しました。なお――」
ふ~ん。最近の日本は物騒ね。
そう思った瞬間、電灯が消えた。一体どうしたのだろう?
外の警備員の声が聞こえた。「一体どうした?」
「停電です!」
「停電!?ならなぜ緊急用発電機は?」
「正、副、予、全ての発電機が起動しません!原因は不明です!」
「とりあえず研究員を安全な場所に移動させろ。何人か集めて発電機を見に行こう」
「<保菌者>は?」
「ここは安全だ。今はほっとけ」
警備員達が走っていくのを確認した。
この施設は、ほとんどがコンピューターに制御されていると聞く。もしかして―――
少女は独房とも言えるこの部屋の扉を引いてみた。すると、扉はあっさり開いた。
少女は外の世界目指して、研究所の扉に向かった。だが、道に迷った。
「どうしよう?」
警備員らしい人物が近づいてきた。少女は仕方なく、近くの女性用トイレに入った。
トイレの流し台にバッグが置いてあった。
バッグの中をあさってみると、財布が入ってあった。盗みは本来したくは無いが、<外の世界>では金は必要だ。この際、仕方が無いな。
トイレには窓があった。窓を開けてみた。ここは1階だったため、すぐに外に出れる。少女は迷い無く、窓から外を出た。
外は青い大空が広がっており、太陽が堂々と地上を照らしていた。
「綺麗、空がこんなに綺麗だったなんて・・・」
少女は大空を眺めていた。心の浄化と言う言葉は、こんな時に使うんだ・・・
外の世界は今は真夏なため、気温はかなり高いが、ずっと冷房の効いた寒い研究所に居た少女にとっては、この暑さは暖かく感じた。
本当に久しぶりの外の世界をもっと満喫したかったが、一刻も早く研究所から離れなくては!
少女は走り出した。当ても無く、ただひたすら走った。
小さな洋服屋の年老いた男性店主は緩やかな動作で煙草に火をつけ、その味を楽しみながら、新聞を読んだ。
ナイトクラブの暴動、政治家の賄賂問題、小学生の殺人事件などが載っていた。まったく最近の日本人は腐っている。いや、人間はいつの時代でも腐ってるな。わしを驚かせるまともな人間は出てこないのかね?
彼は煙草をもう一服、深々と吸い込むと、新聞紙を投げ捨てた。
その時、店に誰か入ってきた。
「いらっしゃーい」大きな声で言った。お客は中学生くらいの外国人の金髪少女だった。
「おや、お前さん学校はどうした?」
少女は、少し間を空けて答えた。「病院から抜け出してきたんです」滑らかな日本語だ。
確かに格好は病院の入院患者みたいだな。「お客さん、病院から抜けちゃ駄目でしょう?」
「残りの人生を、外で過ごしたいの……」その声は悲しげだった。
その瞬間、店主はこの娘の言動と姿で、自分の孫を連想した。かつて病室で死に、人生の最後まで外の世界を満喫できなかった孫を・・・
少女は口を開いた。「服をください。どんな服でもいいです」
店主は迷い無く言った。「それなら、このワンピースがいい」
店主は白いワンピースを差し出した。胸元にはピンク色のリボンがあった。
「着てみてくれ」
少女は更衣室でワンピースに着替えた。そして更衣室から出た。
その姿を見た瞬間、店主は恋心と似た感情を抱いた。「本物の天使だ」と言おうとしたが、声が出なかった。
「おいくらですか?」少女は財布を出し、金を払おうとした。
「いいよ。老いぼれ爺からのプレゼントだ」
少女は驚いた顔を見せた。「いいんですか?」
「ああ。どうせ誰もそのワンピースを買いはしないよ。今時ワンピースなんか流行らないからさ」
少女はとびっきりの笑顔を見せた。「ありがとうございます!」その笑みは魔術だ。この少女には今時の少女には無い、本物の美しさと魅力があった。少女はお辞儀をし、またお礼を言って去っていった。
不思議な少女だった。彼はレジに戻った。レジには2000円が置いてあった。きっとあの少女の仕業だな?「まったく、お釣りのの500円を渡し損ねたな」
彼は、腐った世の中で、まともな人に出会えて満足した。「世も捨てたもんじゃないな」
煙草に火をつけ、一服吸った。
少女は歩き続けた。世の中親切な人も居るものね。彼は元気にしているかしら?
もう1度会いたいな……