会話
大澤博士は静かに待合室に入り、内閣総理大臣と相沢陸将の後ろにたたずんだ。2人とも、研究室を見下ろす大きな窓の前にはりつくようにして立っていた。
「彼女は何だ?」総理が尋ねる。
「フランス人だとは聞いたが」陸将が答える。「くそ、彼らが邪魔でよく見えないな」
「何をしてるか見えるか?」
「心配いりませんわ、総理」大澤博士は甘い声でなめらかに言った。総理がびくっと身体を痙攣させ、振り向いた。
「君か!驚いたよ、博士」白髪交じりの総理は言った。大澤はいつも思うのだが、この総理は報道陣のカメラの前に立っているとき以外はとても神経質に見える。1国の総理大臣が女の私に驚くなんて皮肉だわ。彼女は笑みを隠し、2人の前へ立った。
「申し訳ございません総理。私が居ることに気づいているかと」
総理は笑いをあげた。「こんな薬品だらけの研究所のせいかもな。私は少々薬品恐怖症気味でね」
相沢陸将が言った。「いつでも新鮮な空気が吸えますよ」あら、この陸将も驚かされたことに機嫌を損ねているわ。大澤はそう思った。
「それよりも彼女は何だね?」総理は尋ねた。
「今回の封鎖事件の出来事は覚えていますか?」
総理は思い出したくない過去をむしり返されたような口調で言った。
「ああ。未知のウイルスが学校内に流行しことだろ?国民には公表してないが」
総理は陸将を向いた。
「そういえば、あの封鎖に関わった者の処罰はどうした?」
陸将は冷静な声で言った。「たいして重い処罰はしてません。矢も得ない状況だったので」
総理は大澤に向き返した。
「それで、その封鎖事件と彼女の関係は?」
大澤はからかう目で総理を見つめた。
「彼女の血液中や唾液中にウイルスが検出されました」総理は驚いた。
「感染しているのか?」
「ええ。でもどういうわけか彼女は免疫を持っていて発症はしません」
総理は窓から女性を見た。
「まだ中学生だな。彼女は免疫を持ってるのだろう?なら早く家族の元へ返してやらないのか?」
大澤は総理の無知さに驚いた。
「確かに免疫は持ってます。しかしそれは発症させてないだけで、彼女は非感染者ではなく保菌者です」
陸将は聞き返した。「保菌者?」
「そうですわ。彼女の唾液やか血液を他者が触れたりしてしまったら、その人はウイルスに感染します」
総理は同情の目で少女を見た。「つまりウイルスの運び屋か」
「彼女を元に何をしているのだ?」陸将は訪ねた。
「彼女の血液を元にワクチンの開発を試みています」
総理は大澤に向いた。「成功するのか?彼女を永遠にこの研究所に閉じ込めておくわけには行かない。開発は早くしてくれ」
「大丈夫ですわ総理。近年の医学はかなりの発展を遂げてます」
陸将は総理に尋ねた。「総理。あの<作戦>は承認していたただましたか?」
総理は陸将から目をそらした。「ああ、国会で正式に承認した。建設も早く取り掛かるだろう」
「思ったより早かったですわね」大澤は驚いた声で言った。
「国会も大流行を恐れてるのだろう」陸将はそう言った。
総理は大澤に向いた。「彼女の細胞サンプルを採取して家に帰すことはできるか?」
「可能ですわ」
「ならそうしてやれ」
総理は窓から少女を見つめた。「できれば、あの作戦が発動されないことを願う」