朽ちぬ星たち
『永劫の志』とシュチュエーション
一緒じゃん!
…すみません(T_T)←←
最大限努力はしておりますが、
新選組のイメージを壊してしまう
可能性がありますので、
ご了承ください。
「うぃ…っく、」
「新八、そろそろやめとけ」
真夜中の新選組の本拠地である西本願寺は本当に静かだった。
微かに隊士たちのいびきや、また虫の音が聞こえてきたりはしていたが。
「ふはっ、馬鹿馬鹿しいよなぁ、左之ぉ。」
「……。」
境内の階段に腰掛ける大きな男の影が2つ。
新選組二番隊隊長、永倉新八と十番隊隊長、原田左之助である。
「もう何が何だかぐっちゃぐちゃでわかんねぇよ」
永倉はまた酒を煽る。
「そんなのは俺とて一緒だ」
この仲の良い二人が、ここまでしんみりとした雰囲気を漂わせていることが、今までに1度だってあっただろうか。
端正な顔立ちをし、短気で豪快な原田と、我武者羅で真っ直ぐで、しかし何処か思慮深かった永倉は気が合った。
江戸の試衛館にいた頃からよく一緒にいた。
昔から二人が一緒にいると、その場は途端に明るく、騒がしくなったものである。
そして今夜も、2人して酒を飲んでいた。飲みまくっていた。
少々永倉の方が羽目を外してしまったらしい。
以前は原田の方がよく酔いつぶれたものだったが、最近は違った。
(こいつは心の内が酒に出る人間だったな)
原田はここまで自分たちが静かなのも、心の内、のせいであるのだろうと自らながらに思った。
まぁこの深夜の西本願寺で騒げたものではないが。
「あーあ、性に合わねぇよ!こんなん」
原田は少々荒々しげに言った。
「ぐー、ずぴっ」
「あ?」
(寝やがった…)
原田ははぁ、とため息をついた。
(こいつを担がなくちゃならんのか)
酒のせいもあるが、そう先を思うだけで頭が痛くなる。
―トン、トン、トン
(ん?)
こんな真夜中だと云うのに、突然控えめな足音が聞こえた。
「あ」
「…は?」
角から曲がって来た人物。
最初は暗くてよくわからなかったが。
月明かりに照らし出された長身に、その整った顔。
「土方さん」
「原田か…」
土方は少し気の抜けたような声を出した。気配には気付いていたんだろう。
「こんな時間に何してやがる」
「えーと」
原田は土方を手招きした。
そしてむにゃむにゃと気持ちよさそうに眠る、永倉を指差す。
「お前らはまた飲んでるのか」
「俺はこいつに付き合わされてるだけですがね。ていうか、土方さんこそ何してるんですか」
「俺は…まぁ、厠だ」
「いや、こっちは厠じゃねぇでしょ」
副長室の場所を考えれば、えらく遠回りである。
「お前、嫌な時だけは賢いな」
「どういう意味だよ土方さん」
「まぁ、気分転換さ」
原田はそれ以上土方がここに来た理由を追求しなかった。
「あんた、今の今まで仕事してたんですか」
「あぁ、そうだが」
「仕事のし過ぎは体に毒だと思いますがね」
「もう眠いのも通り越しちまったよ」
思えば、原田や永倉が局長である近藤の増長を見かねて非行五ヶ条なるものを容保公に提出してから、土方と少々気まずい雰囲気になったのが3、4年ほど前。
さすがに3、4年も経てば土方との気まずさのようなものは、ほとんど感じられなくなっていた。
無論、当事者は近藤であるし、原田と永倉は土方の行動も理解できるようになっていた。
非行五ヶ条を提出した一番下っ端の隊士に切腹を申しつけた理由だとか、それに限定しなくとも、彼が鬼と呼ばれる所以になっている様々な事柄が、全て新選組のためにやっていることだと理解できた。
特に永倉はそうだった。
彼らももう、さほど若くはないのだ。
「土方さん、酒、余っちまったんだが、飲みますか」
駄目元だったが、聞いた。
「飲もう」
「お猪口は新八の使い差しですけどね」
意外だった。かなり意外だ。
土方は原田と永倉の間に座った。
そして自ら酒をお猪口に注ぎ、一気に飲み干した。
「うーん…」
永倉が顔をしかめ、唸っている。
「左之、こりゃ嫌な夢でも見てるのかねぇ、新八は」
土方は左之、新八、と呼んだ。
「そうかもしれねぇな、歳三さん」
原田は懐かしく、嬉しかった。
呼び方だけで、試衛館の頃に戻ったように思えた。
「…う……平、助ぇ…斎と…う……行くな、…総司、うぅん…」
「「――……」」
原田と土方は顔を見合わせた。
「こいつぁ分かり易すぎていけねぇ」
原田は眉じりを垂れて、弱く笑った。
この男がこんな表情を見せるものなのかと土方は少々驚いた。
「寝ている時くらい愚痴の一つでも言わせてやれ」
先日、藤堂平助と斎藤一が新選組を離隊した。
伊東甲子太郎一派と共に、御陵衛士として抜けてしまったのだ。
これは実を言うと斎藤は密偵として潜入しているだけなのだが、そんなことを知っているのは局長の近藤と副長の土方だけであるし、藤堂が離隊してしまったのは事実。
それに、沖田総司は自室に籠もって床に伏している事が殊更に多くなった。
「寂しいんだきっと」
原田は月を見上げた。
「……。」
土方も見上げた。
「新八は根っからの剣術馬鹿ですからね。馬鹿みたいに強い。剣術においては俺や、土方さんですらかなわねぇ。それがこいつと対等にやり合える斎藤と総司が一緒に稽古できなくなっちまった。…まぁ、それ以外にも理由はあるんでしょうがね」
「まぁ斎藤と総司がいなくちゃ、稽古にならねぇだろうな」
「……。」
「お前も寂しいか」
そんな冗談みたいな事を、至極真面目に土方は言う。
「歳三さんこそ」
確かに、今新選組には暗雲が立ちこめていた。
(この先俺たちはどうなる?)
心のどこかでは感じていた。
それは、土方も同じなのではないか、と原田は思う。
(でも、この人はきっと迷わないんだろう)
そして、永倉も。
(ただ我武者羅に、生きるんだろう)
「新八は、長生きするぞ」
「?」
「こういう奴は死なねぇ」
どういう理由で死なないのかはわからないが、この男特有の勘、という奴だろう。
そしてこの男の勘は面白い程に当たる。
「…う…」
すると永倉がまた唸って、大きく身を捻った。
―ドテッ
何とも間抜けな音である。
永倉は、階段を1段落ちた。
「痛ぇ…」
どうやら先ほどの衝撃で起きたらしい。
「お、新八起きたか。歳三さんのお墨付きだとよ。羨ましいじゃねぇか」
「棚に上げたって何も出ねぇぞ」
土方が軽く笑う。
「あんたから何が貰えるなんて思ってませんよ」
原田も笑った。
「あ?え?土方さん?何で?」
永倉は状況が全く掴めず、戸惑うばかりである。
「新八、お前もあまり酒を飲みすぎるな。早く部屋に戻って寝ろ」
「新八、って」
「じゃあな、左之、酒、ありがとよ」
「あぁ。歳三さんも早く休んだ方がいい」
軽く頷くと土方は去って言った。
「え、歳三さん?」
新八はやはり混乱しているらしい。
「酔いは醒めたか新八」
「え、あぁ、まぁ頭は痛ぇけど。…ていうか何で歳三さんが…ん?歳三さん?」
「今宵はやたらと饒舌だったよなぁ、あの人。まるで試衛館の頃に戻ったように錯覚しちまった」
「そ、そりゃあ俺も混ぜてくれれば良かったのに…」
何となく状況が掴めたようで、永倉は残念そうな顔をする。
「お前が寝るから悪ぃんだ」
原田がニカッと笑う。
「土方さん、どうしてこんな所にいたんだよ」
「さぁ、厠らしいぜ」
「厠?全く方向が違うじゃねぇか」
「そういやぁ帰りもまっすぐ副長室に帰って行ったな」
「何しに来たんだあの人」
「謎、だな」
2人してハハハ、と上機嫌に笑った。
そしてその頃土方というと――
(油断も隙もあったもんじゃねぇ)
まさか所帯を持っている原田や、屯所外に家を持つ永倉があそこにいるとは土方も予想していなかった。
あの場所は、土方が疲れたり、思うところがある時に、たまに腰掛けて空を見る所だ。
一言で言うなら気分転換の場である。
鬼の副長にだって、そういう場が必要なのだ。
そして今日は一段と星が美しかったように思える。
(いい気分だ)
何故だか、爽快な気分であった。
星は、儚い。美しく、小さく光り、流れて消える。
人の命もそんなものなのだろうか。
(魂は、違う)
魂は消えない。土方はそう信じてやまなかった。魂は美しく、輝き続ける。
これから彼らに降りゆく運命。
それがいくら残酷なものであろうと、いつだって、どこにだってその魂はあった。
『誠』の魂は、永遠なのだ。
それからしばらくして斎藤が戻って来た際、永倉がまた酔って男泣きしてしまったのは余談である。
そして、永倉は土方の予言通り、最後まで生き抜くことになる。
…これも、余談だ。
end
ありがとうございました!