あなたの前世はウンコです
――貧する者、富める者、醜き者、美しき者。人は生まれながらにして不平等である。だが、神がすべての人間に与えた平等もある。
それは、寿命があること。そして、ウンコをすること。
ゆえに、不老不死を求める科学者は神への反逆者であり、ウンコをしないと宣言するアイドルもまた、神への反逆者である。だが、人間がウンコに抗う術などないのである――
やあ、オイラはウンコ! 正真正銘の人糞さ!
突然なんだよって思ったよね! でも、聞いて聞いて! 一生のお願い!
えっ、そもそもウンコに意識や人格があるのかって? あるに決まってるじゃん! だってほら、よく言うでしょ? 『この作品には作り手の魂が込められている』って。絵や壺、芸術品に魂が宿るなら、ウンコに宿ってもおかしくないよね! ウンコだって人の手で生み出されたものなんだから。あっ、尻か。あはは!
あ! ちょっと待って! あれは……人気俳優のウンコだ! ひゅー、クールだぜ!
オイラたちはこうして排水管を旅する途中で、いろんなウンコと出会うんだ! ああ、いいなあ、あいつ。ツヤが違うよ、ツヤが!
ウンコにも個性とヒエラルキーがあるんだ! 人間から生まれたものなんだから、まあ、それも当然かもね!
でもね、金持ちのウンコ、貧乏人のウンコ、健康的なウンコ、ヤバいウンコ。いろいろあるけど、結局はみんな、水に溶けて混ざり合うんだ! タワーマンションの高層階住んでいようが、ボロアパートに住んでいようが関係ない。美人もブサイクも男も女も関係ない。最終的に全部まとめて、ウンコは一つになるんだ! それって、とても素敵なことなんじゃないかな!
……でも、それがなんだよ。何かを生み出せるわけじゃない。所詮はウンコ。ただ流されて、薄まって消えていくだけ。混ざり合ったからって、なんなんだよ。気持ち悪いな。あっち行けよ。狭いんだよ。
ああ、なんだか、体が冷えてきちゃったよ……寒い……凍えそうだ……。
とある夜、クリスマスのイルミネーションが街を華やかに彩り、通りは浮かれた雰囲気に包まれていた。
道行く人々の頬が紅潮しているのは、寒さのせいというより、心の温かさが滲み出ているようだった。
その賑わいの中、一組の男女が仲睦まじく腕を組んで歩いていた。軽やかな足取りで歩道を進み、びゅうと吹く寒風にぎゅっと身を寄せ合う。そのたびに顔を見合わせて、笑みをこぼした。
「ねえ、どうしようか? 今夜は特に冷えるらしいし、そろそろさあ――」
「あっ!」
突然、女が声を上げて男の腕を振り解いた。ぱっと駆け出したかと思うと、すぐに立ち止まり、くるりと振り返って声を弾ませた。
「ねえ、あれ! 今話題の占い師じゃない!?」
「話題の占い師?」
「そう! 当たるって、SNSで評判の人! 待って、写真撮るから! ねえねえ、占ってもらおうよ!」
男は彼女がスマートフォンを向けているほうへ目をやった。
街の喧騒から少し外れた路地の一角に、地味な身なりの老婆がぽつんと座っていた。パイプ椅子に腰を下ろし、その前には折り畳み式の小さなテーブル。古びた布がかけられ、水晶玉やカード、虫眼鏡といった、それらしい小道具が並んでいる。足元の看板には、手書きで『占います』と書かれていた。
評判の占い師にしては、いささか質素な構えだったが、彼女が楽しそうならそれでいいか――男はそう思い、肩をすくめて彼女の隣に並んだ。
老婆は深い皺が刻まれた顔に、薄く怪しげな笑みを浮かべた。
「いやあ、ごめんなさいねえ。もう店じまいするところで――」
「ねえ、ちょっとだけでいいから! お願い!」
「いやあ、そのう、手を離して……」
「あ、動画撮るね!」
「ええ、まあ……もう、いいでしょう。では、何を占いましょうかねえ」
「あたしたちの相性を占ってもらおうよ!」
「ええ、やめとこうよ。そんなの……」
「では、とりあえず前世を占ってみましょうか」
「前世!」――彼女はまるで何かに当選したかのように声を弾ませた。どうして女というものはこうも占いが好きなのだろうか。男は気だるそうにため息をついた。
老婆は静かに水晶玉に手をかざし、目を閉じてぶつぶつと呟き始めた。やがて、ゆっくりと目を開くと、男をまっすぐ見つめながら言った。
「あなたの前世は……ウンコですね」
「……は?」
「ウンコです」
「僕の? 僕の前世が?」
「ウンコです。以上です。代金は二千円になります」
「今日は楽しかったー。ここで別れよ。じゃ、さよなら」
「いや、ちょちょ、ちょっと待って! え、あの、占い師さん、僕、何かあなたの気に障るようなことしましたか?」
「いいえ。私はただ占っただけですので……。さあ、お引き取りください」
「ねえ、手を離してくれる? 臭いが移りそうだし」
「移らないよ! いや、ウンコって、あのウンコですよね? 前世がウンコってどういうことですか? そもそも生き物じゃないでしょ?」
「いいえ、ウンコには意識があります。見えます……公衆トイレに流された、人間の排泄物の霊魂が。あなたの前世は間違いなく、ウンコです」
「やだ、なんか臭ってきた……」
「それはこのあたりが不潔なだけだろ! ねえ、これ絶対何かの間違いでしょう?」
「いいえ、間違いではありません。あなたは短くも波乱に満ちた生を送ったウンコでした。生まれての温もり。冷たい水に放り込まれる屈辱。暗く長い下水道の旅路。蠢く同胞たちとの邂逅。そして最期は、下水処理場で跡形もなく消えていった……。そのときの強い未練が、今のあなたの人格や運命に大きく影響しているのです」
「そんな……嘘だろ……」
「どうりでしつこいと思った」
「嘘ではありません。あなたが人間に転生できたのは、大いなる浄化と再生の輪廻によるもの。ただし、かつてウンコだったという事実を忘れず、謙虚に慎ましく生きるべきでしょう」
「それじゃ、帰るね。ちょっと考えたいから、連絡はしないで」
「待ってくれって! どう考えても、これデタラメだろ! ……いや、何してんの?」
「画像とか消してるの。あたし、そういう趣味ないから」
「だから、前世がウンコでも、今は人間なんだってば! いや、ウンコじゃないし!」
「もういいの。よく考えたら、釣り合ってなかったかも。家のこととか、前世とか……」
「だから待ってくれよ! 仮に本当だとして、ウンコで悪いかよ! 君だってするだろ!」
「しないし! 何開き直ってんの! ……えっ」
「どうした?」
「ママからだ。今、うちのマンションの下水管が詰まって大変なことになってるって……」
「えっ、じゃあトイレ使えないってこと?」
「……うん」
「大丈夫? 今夜はうちのアパートに泊まる? ボロいけどさ」
「…………うん」
ウンは巡り巡って、縁を結ぶ。
この世は巨大な下水処理場。前世がなんであろうと、人間は所詮ウンコ。ウンコには抗えず、ウンコに踊らされる人生。
再び腕を組み、歩き出す二人。どこからともなく流れてくるクリスマスソング。街には楽しげな笑い声がこだまする。
雑踏の影に取り残された老婆は、ゆっくりと腰を上げると、ロングスカートの裾を引っ張った。
次の瞬間、ボトボトッと糞が地面に落ちた。冷たい夜の空気にさらされたそれは、かすかに白い息を立てた。
老婆は遠ざかる二人の背中をじっと見つめ、静かに呟いた。
「……クソッタレ」