口は災いのもと
第2話
スポンサー様ご要望の酢の一升瓶を、エコバッグに詰めていたら、
後ろから聞き慣れた声がした。
「直哉じゃん。何でこんな時間にスーパーにいるの? サボり?」
振り向くと、日向が大きなエコバッグを抱えて、ちょっと驚いた顔をしていた。
一ヶ月半前と比べると、少し――いや、大分痩せていた。
「俺は、家にいる年老いた母親のために、重たい一升瓶を買って帰るという
崇高な任務を果たしている最中だ。
サボりとは心外だな」
いつもの調子で、よくわからない軽口を返す。
日向はちょっと笑って、首をすくめた。
「あんた、いつも通りね」
そのままスーパーを出て、並んで歩いた。
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「学校行かないで何してんの? ネットゲーム?」
首をかしげて、どうでもよさげに近況を聞いてくる。
まあ、天気の話よりはマシか。
「他人に会いたくなくて学校サボってるのに、
なんでゲームの中までも他人と関わらないといかんのだ。馬鹿らしいだろ。
至高のレトロゲームだよ。
ドラクエ、知ってるかい?
君は知らないだろーなー?」
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中身のない会話を交わす。
日向がこの一ヶ月、どうしていたのかは――
怖くて聞けなかった。
生きてる。話して、歩ける。
それ以上、望むものはないんだろうなって思った。
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やがて、いつも別れる角がやってきた。
俺は何でもない風を装った。
「それじゃ、またな」
手を振って背を向けようとしたとき、日向は立ち止まった。
「直哉、あんたは見たの?」
俺は振り返ることも、顔を見ることもできずに立ち止まった。
「何の話だか……」
一分も無かっただろう、沈黙の時間は、日向の声で終わった。
「ばいばい」
日向は走って帰っていった。
走り去る足音が遠くなってから、ようやくその背中を見送った。
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俺は――
蒼から日向の裸を見せられていた。
一度は画像も渡された。
あのアホがグループLINEで共有しやがったからだ。
俺は頭にきてグループを抜けた。
数少ない気の合うやつだけが、日向の画像をスマホから消してくれた。
あの時から、部活仲間の間じゃ「ノリのわからないつまらないやつ」だった。
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どうすれば良かったんだろうな。
あの時どうしてたら、日向がこんなに痩せずに済んだんだろう。
一升瓶を抱えて帰ること、俺にできることはそれだけだった。