Chapter 2:The Crunch Beneath
伊織視点の話になります
少し短めですが…
SIDE : 伊織
「今日も無事に番組終了!お疲れ様でした〜」
トークバックで副調側にいるスタッフに声をかけた。
俺、篠宮伊織は「IORI」としてモデルをしながらラジオDJとしても活動している。
高校生の時にスカウトされてモデルの仕事を始めたが、喋ることが好きでたまたまゲストとして出たラジオ番組でファンとの距離の近さに衝撃を受けた。
雑誌やテレビなどよりも圧倒的に距離が近くて、レスポンスも速い。それにリスナーのみんなの熱量の高さ、気付いたらラジオの仕事をしたいと思うようになった。
マネージャーと2人でデモテープを作り、全国のラジオ局に送って、番組をやってみないか?と返信が来たのは東京から遠く離れたラジオ局だった。
モデルの仕事はどうしても東京での撮影が多いので、行き来するのは大変だと言われたが、どうしてもやりたかったので事務所に無理を言ってやらせてもらっている。
最近では事務所の方も週末にモデルの仕事を纏めてくれるようになって、番組前後に取材へ行く事も出来るようになった。
今日は特に取材もミーティングもないので帰ろうとしたら一緒に番組をしているディレクターの瀬田瑞樹に呼び止められた。
話しの内容は番組プロデューサーである今井の誕生日会のことで、「誕生日当日の番組後にしようと思ってるけど参加できそう?」と聞かれたので二つ返事で「了解」と答え、帰るためにエレベーターに乗り込んだ。
その後、瀬田から番組に関係している全員にメールが回ってきた。
『9月24日の15時30分、サロンに集合。今井さんの誕生日会をします!
ケーキはこちらで用意しますが、お菓子やドリンクの持ち込みは大歓迎です!』
「あ、プレゼントの相談もしておくんだった…」
局の入っているビル内に居るとはいえ、また編成部に戻るのも面倒だ。
とりあえずメールしておくか…。そう決め、その場で瀬田にメールを送った。
9月24日、今日は今井の誕生日。
サロンに集まったのは呼びかけた瀬田に今日の主役の今井、他はミキサーさん達に、ADの子達…となぜか編成局長もいた。
こういうのは人数が多い方が盛り上がるので、まぁ編成局長も歓迎ということで。
バースデーソングの合唱が終わって今井がケーキのロウソクを吹き消すと一斉に拍手が沸き起こる。俺が代表して花束を渡すと涙目になっているのに気付いたが、見ないふりをしておいた。
その後はそれぞれプレゼントを渡したり、写真を撮ったりとワイワイしているなか、瀬田がホールケーキを切り分けていた。
なんとなく興味が湧いて、隣に行き作業を見ていると…
「IORIさん、ケーキ食べます?普段、甘いもの食べないですよね?」
「う〜ん、少し食べようかな。せっかくだしね」
さすが瀬田、よく分かってるなーと感心した。
あまり甘いものは好きではないが、全く食べれないわけでもない。どちらかというと進んで食べないって感じかな。
「それにしても瀬田くん、ケーキ切るの上手だね」
手際よく綺麗にカットされ、お皿に盛り付けられていく。
「コツがあるんですよ。切る時に包丁を熱湯で温めると良いんです」
そう言ってカットしたケーキを順番に配っていき、俺の前にも皿が置かれた。
SNS用に写真を撮ってから食べようとフォークで掬い口に入れると…
「うん?これ、美味しいね」
びっくりして思わず瀬田を見ると嬉しそうに「そうでしょ」とドヤ顔された。
どうして瀬田が…と思うが、ケーキを選んだのが瀬田だからなんだろうな。
あっさりさっぱりしてるんだけど、ちゃんと甘さもあって色んな食感も面白い。それにスポンジの口溶けもいい。
気づいたら半分ほど無くなっていた。
今までケーキを食べて美味しいって思ったことがなかったけど、これは美味しい。
「これ、瀬田君が買って来たんだよね?」
まだケーキの乗っている皿を持って瀬田の方を見ると、スマホを取り出して何か検索をしている。
「そうですよ。えーっと…ここ」
そう言ってスマホに表示したWebサイトを見せてくれたので受け取り、説明を聞きながら表示されたページをスクロールしていく。
どうやら今年オープンしたばかりのパティスリーで、すでに瀬田の一番お気に入りの店になっているらしい。
さすが甘い物好きの瀬田、よく知ってるなー。そう思いながら見ていたらビックリしてスクロールする指が止まった。
「え?」
そこには懐かしい名前が載っていた。
瀬田に教えてもらったパティスリーは局から歩いて5分程の場所にあった。
スマホの地図片手にお店の前まで来ると思わず笑みがこぼれた。
目の前に見えるショップの外観が、記憶の中の幼馴染のイメージにピッタリだったからだ。
男なのに可愛いものが好きで、その事でよくいじめられ何度助けに入ったか。そんなことも今になって思えば微笑ましい記憶だ。
もちろん、いじめられていた本人は辛い記憶なのかもしれないが。
それに、建物をよく観察すると幼馴染が大事にしていた絵本に描かれていた赤い三角屋根に白い壁、ウサギがひょっこりと顔を出しそうな庭など、そのままに再現されているのではと思うほど似ている。
そんなことを思案して、笑みを浮かべながら店を見ていた俺の横を怪訝そうな顔をして紙袋を手に下げた女性が通り過ぎていった。
「さて、俺の知ってるハチなのか確かめに行きますか」
店舗まで続く石畳をコツコツと足音を立て歩いていく。
目の前に現れたウッドデッキの階段を数段登り、木製のドアを開けると「カランカラン」と澄んだベルの音が迎えてくれた。
店内は白を基調としていて明るく、入って正面にケーキの並んだショーケース、壁側の棚には色とりどりにラッピングされた焼菓子が並んでいた。
「いらっしゃいませ。お決まりになりましたらお声がけください」
店内を見渡していたら声をかけられ、慌ててそちらを見るがケーキの補充をしているようで顔は分からなかった。
焼菓子を数点手に取り、ショーケースの前に移動した。
並べられているケーキはどれも美しくて丁寧に作り込まれているが、どこか可愛らしくもありこの店の雰囲気にもピッタリだ。
どれにしようかと並べられたケーキと睨めっこするが…
よし、決めた。
「すみません、いいですか?」
そう声をかけた時、ケーキを補充していた店員が顔を上げた。
うん?
店員の反応に思わず首を傾げてしまった。
今、店員がびっくりした反応しなかったか?
「どれにいたしますか?」
そんなそぶりがなかったかのように声をかけられ、気のせいかと思いとりあえず用事を先に済ませることにした。
「ケーキって1つでも大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあ、これを」
俺が指差したケーキを確認して、ニコッと笑った顔を見るがいまいち「ハチ」だという確証が持てない。
俺の記憶の中のハチは可愛らしい女の子のようなフワッとした男の子だったが、目の前の店員は170cmはあるだろう長身だ。線は細いがうっすらと筋肉もついていて、フワッというよりはすらっとした儚げ系美人?と言った感じだ。
でも、さっき笑いかけられた時の周りに花が咲いたような可愛らしい笑顔は…ハチっぽい…?
そんなことを考えていたら焼菓子を手に持ったままだったのに気付き、慌ててこれもと渡した。
箱詰めをしている店員の後ろ姿を見ながら、さっきからずっとハチの面影がないかを探しているが…。
だめだ、全然わからない。
もう15年?そのぐらい離れているんだからお互い変わっていて当たり前だ。
会計を済ませ、商品の入った紙袋を受け取ろうとした時に目が合った。
またしても店員がびっくりした顔をして固まったのを不審に思ったが、とりあえず今日はこのまま帰ろうと決め紙袋を受け取ろうと手を伸ばすが…。
いつまで経っても手の離されない紙袋を前に諦めて声をかけた。
「…あの〜?」
「あっ、すみません。どうもありがとうございます」
申し訳なさそうに謝る店員から商品を受け取り店を出た。
通りまで来て店を振り返り、手元の紙袋に視線を落とす。
「蜂須賀って名前、珍しいから本人だと思ったんだけどな。よく考えると東京からかなり離れているこんな所にいるわけないか…」
大きな溜息を吐いて家に帰るため歩き出した。
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