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【完結済】そんなに甘くはないようで(第二章スタート)  作者: ユズ(『ラジ裏』修正版・順次更新中)
「Honey×Honey」〜白のミルフィーユ〜

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第二層:白の絨毯

1月1日は伊織の誕生日

二人らしい静かな時間をどうぞ…

朝早くに目が覚め、何となく足が向かったのは……。



“がらん”と人気のない工房を見渡す。


暖房やオーブンが点いてないため空気はヒンヤリとしているが、窓から差し込む朝陽が作業台に反射してキラキラと輝いている。


「二人で大掃除頑張ったもんな」


思わず笑みが溢れた。



店は年内の営業を25日に終了し、年末年始の長期休暇に入っていた。


「朔久くんは今頃、ベルギーあたりかな?」


多分、満面の笑みでチョコを食べてるんだろうな。



二人とも仕事が大好きで、定休日以外は休まないんだよね。

だから毎年、年末年始の休みを長めに取るんだけど、今年は11連休になった。


ショコラティエとしてのレベルを上げたいって、ヨーロッパへ旅立っていったけれど……。


『決して、食べ歩き目的ではないですよ』って、絶対に美味しいチョコをたくさん食べたいだけだろうな。


僕も前は海外でパティスリー巡りをしていた。


でも、今は年に一度の大事な日があるんだよね。



「いーくんが出かけたら、また戻ってくるからね」



誰に言うでもないけど……何となく言葉になって口から出ていた。





「ハチはもう休みか。ゆっくり休んで。今年一年頑張ったしな」


「ありがとう、いーくん。お仕事行ってらっしゃい。頑張ってね」


優しい笑顔で言葉をかけてくれる いーくんに、僕も笑顔で見送りをする。


何回も振り返って手を振ってくれるけど、仕事に行くだけだよね?


可笑しくて声を出して笑っちゃった。



「さて、僕も年に一度の大事な日のために準備しないと」


母屋の戸締りを確認して、工房へ急いだ。




陽射しの入る角度が変わったからか、朝のようなキラキラとした感じではないけれど…。


今は凛とした空気が満ちている。


深呼吸をして気持ちを切り替えようとするが…。


作るものが“商品”ではないためか、いまいち『パティシエの蜂須賀薫』になりきれない。


でも……その方がいいのかも。


そんなことを思いながら、オーブンに火をつけ、必要な器具や材料を並べていく。



「とりあえず…火を使うものは今日は終わらせて…。ムースやチョコは明日だから…」


手元のレシピを見直す。


普段、店で出すものとは構成を変えているから、ちゃんと確認してからでないと。



「よし、完璧。まずはジョコンドとジェノワーズを焼きますか」



材料を順番に合わせていき、生地を作っていく。


もう体が覚えている作業だから、考えるよりも先に手が動いた。


ツヤっとして滑らかな生地が出来上がると型に流し込み、いつものように底をぽんぽん。


予熱が完了したオーブンに入れると、思わず口元が緩んだ。




あとは柚子カードを作って冷やしておけば、今日の作業は終わりだね。


作業台に置いてある柚子を一つ手に取り、匂いを嗅ぐ。


レモンやオレンジの香りも好きだけど、柚子の香りって…やっぱり、好きだな…。


なんか、落ち着く。


冬には柚子の方が似合う気がする。特にこの時期は。


早速柚子を切り、果汁を絞っていく。


力を入れすぎないように、丁寧に時間をかけて。



生地が焼ける甘い匂いの中に、爽やかな柚子の香りが広がる。


絞った果汁に材料を順番に入れ、コンロの前へ。


少しずつ火を入れていく。

ゆっくりと、湯煎で。


いつもなら気を張ってしている作業も、今日は、この静かでゆったりとした時間が…愛おしい。


お客さんの笑顔を思い浮かべて作るケーキも良いけれど…。

やっぱり、大事な人のために心を込めて作るケーキは、もっと良いな。


少しずつとろみが増す柚子カードを混ぜながら、口元は緩みっぱなしだ。


ホイッパーからゴムベラに持ち替え、少しすくって火の入り具合を確かめる。


「うん、このぐらいで大丈夫だね」


火を止め、柚子カードをバットに移し替えたタイミングで、生地の焼き上がりを知らせる電子音が鳴った。



「こっちも良い焼き色」


取り出し、霧吹きをしてから手早くシートを貼りつける。


「ふぅ〜」


もう慣れた作業とはいえ、やっぱり、きれいに生地が焼けるとホッとするんだよね。



頭の中で明日の手順を考えながら、片付けをする。



時計を見ると午後1時を過ぎたところ。


「思ってたより早かったかな」


そっと、明かりを消した。





さて、昨日の続きをしますか。


今日もいーくんを見送ってから工房に来た。


年末年始が休みの僕とは違って、ラジオは通常通りらしい。

流石に年越しと元日は特番があるみたいだけど。



今から作業すれば、少し休ませて馴染む時間を考えても…。

うん、日変わりの頃にはちょうど良い感じだね。



早速、昨日焼いたジェノワーズをスライスし、ジョコンド生地も併せて形を整える。


細長い長方形のセルクル。学生の頃から好きで、特別なケーキの時はつい選んじゃう。


でも、今日みたいなシンプルなケーキには、この型が一番だと思うんだよね。


ラップを貼ったセルクルを、そっと台の上に置く。


「きれいに貼れてる」


そこへさっきのジョコンド生地を敷くと…。


「よし、隙間なし」


思わず声が漏れる。


組み立ての最初の作業がきれいにできたことで、もう完成がきれいだって想像できた。



柚子ムースを作るため、生クリームを機械にかける。


その間に他の材料を合わせていくのだが…


「手作りの柚子カード、やっぱり香りがフレッシュでいいな」


爽やかな香りに癒され、思わず手が止まる。


ダメダメ、いちいち手を止めてたら完成までどれだけ時間がかかるか…。


一度深呼吸をして気分を切り替えた。



生クリームを合わせていくと、柚子の香りが優しいムースが出来上がる。


さっきのジョコンド生地を敷いたセルクルに静かに流し込む。


表面をさっと整えて冷凍庫へ。


その間に今度はチョコレートに取り掛かる。


ホワイトチョコをテンパリングすると、大理石の板の上に薄く伸ばしていく。


「向こう側が透けて見えるぐらいに薄く……」


今回のケーキはムースがメインだけど、やっぱり食感の変化が欲しくて。


すぐに固まっていくチョコの端を触って確認する。


カードで形を整えると、一旦剥がし、セロファンの上へ。


冷凍庫に入れたムースを確認すると、ちょうど表面が固まっている。


さっきのムースの上に柚子カードを薄く伸ばし、ホワイトチョコを乗せると再度冷凍庫へ。


「ふ〜っ」


大きく息を吐き出し、伸びをする。


一気にここまで作業を進めてきたけど、一番気を使う作業はさっき終わった。


気分を変えようと窓から外を覗いたら、灰色の重い雲が空を覆っている。


よく見ると、ちらちら雪が舞ってる?

朝は青空が見えてたんだけど…。


でも、このまま雪が積もったら…今作ってるケーキみたいできれいだろうな。


ワクワクした気持ちで冷凍庫に向かった。


残りのムースを流し込み、ジェノワーズをそっと乗せる。


「普段ならジェノワーズは挟まないけど…。でも、いーくんには最後まで美味しく食べてもらいたい」


いーくんの笑顔を思い浮かべると、自然と口元が緩む。


夜、食べてもらうためにも丁寧に作らないと。


最後の仕上げ作業をするため、再度、冷凍庫へ入れた。




あとは、仕上げ作業だね。


ジェノワーズの上へ、薄く生クリームを塗っていく。

どちらかというと薄く伸ばす感じかな。


セルクルを抜くため、手で温め、少しだけ持ち上げる。


ケーキが自然に抜けるまで……そっと待つ。



「……よかった。無事に抜けた」


コームを手に取り、生クリームの上にスーッと滑らせていく。


余分な力を入れず、一定に…。


きれいな細い横線が何本も浮かび上がる。


「これだけでも充分なんだけど……タイミングよく雪も降ってきてくれたしね」


粉糖を振ると、ケーキにもうっすらと雪が積もった。


隅に柚子ピールを二本、クロスするように飾ると、アクセントに金箔をそっと乗せる。


「特別な日だから…」


白一色のシンプルなケーキに温かい火が灯ったようだ。



早く いーくんに食べてもらいたいな。


「ハチ、美味しい」って言ってくれるかな。


想像しただけで…なんだか…心が温かくなった。





なんとなくリビングのテレビがBGM代わりになっている。


特に“見てる”って訳ではないんだけど、大晦日の夜ってこんな感じだよね。


ソファーに二人並んで座って、温かい紅茶とお菓子を摘みながら、のんびりと…。

でも、どこかゆったりとした中にも、年末の空気が見え隠れしている。


何か話す訳でもないんだけど…なんだろう、それを気まずいとも感じない。


リビング全体が……温かいな。



「お、白組が勝った」



いーくんが急にそんな事を言い出して、テレビの方へ視線を向けると、


『新しく来る年が良い年でありますように』


という言葉と共に、たくさんの銀テープが舞っている。


あと少しで新年だなんていまだに実感は無いけれど。でも、テレビの中からは“新しい年を迎えるよ”っていう厳かな空気と共に、ワクワクとした笑顔も。


そうだね、新年を迎えに行くのはいいかもしれない。


「ねぇ、いーくん。今から出かけない?」


「え?今から? でも…うん。いいね、出かけるか」





「もう、雪は止んじゃったね」


雪明かりに照らされた路地を、白い息を吐きながら並んで歩く。


足音しかしない静かな街は、どこかいつもと違って、異世界に迷い込んだかのよう。



「あっ…。ハチ、聞こえた?除夜の鐘」



耳を澄ますと、遠くからかすかに聞こえる。


「今年も終わるんだね…」


この一年、特に何かあった訳でもないけれど。でも、いーくんと二人、毎日を楽しく過ごせたことが一番だった……よね…。


隣を見ると、いーくんが優しく笑ってる。


それが一番だよって言われてるようで嬉しかった。




「こんなところに神社があったんだな」


自然と二人、足が止まった。


鳥居と小さなお社があるだけの、地域の氏神様。

子どもの頃はよく、祖父母と一緒にお参りに来ていた。


そんな思い出の場所にいーくんと来られるなんて…。

…心が温かくなった。



「せっかくだから、新年の挨拶して行こうよ」


鳥居の前で一礼をして、その静かな光景に息を呑んだ。


お社までの参道が、薄らと積もった雪で一面真っ白に輝いている。


「白の絨毯みたい…」


寒さも忘れてその光景に、ただただ、見惚れる。

一年の始まりにこんな素敵な光景を見られるなんて。


自然と いーくんの手を握ると、ぎゅっと握り返してくれる温もりが嬉しかった。



白の絨毯の上を二人、ゆっくりと歩く。



「今年も一年、いーくんと楽しく過ごせますように」


「ハチ…」


隣から小さく笑う声が聞こえた。


「分かってるよ?でも、口に出して言いたくなったんだよね」


「そうか…」


今度はいーくんから繋いでくれた手を握り返す。


外は寒いはずなのに……。



「いーくん、誕生日おめでとう。今年もよろしくお願いします」


「あ、そうか。誕生日」


忘れてたって笑ってるけど、元日が誕生日なのにどうして忘れるかな…。

おかしくて僕まで笑ちゃった。


でも、なんか いーくんっぽいなって。


「ケーキ作ったから、帰ったら食べようよ。こんな時間だけど…いいよね」


「今日ぐらいはいいでしょ。じゃあ、帰るか」



止んでたはずの雪がまた、チラチラと舞い始める。


光に反射してキラキラとする中を、二人、並んで歩き出した。

次回、第三層の更新は2月14日のバレンタインの予定です

少し間が開きますが、お待ちいただけると嬉しいです

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