第一層:雪に埋もれた木
「そんなに甘くはないようで」第二章始めます♪
「今日も番組を聞いて参加してくれたみんな、ありがとう!この後も素敵なホリデーを!俺、IORIとはまた明日!バイバイ!」
クリスマスソングに乗って番組を締めると、ふぅ〜っと息を吐いた。
SBに入ったのを確認した途端、横に置いてあるリュックを肩にかけ、ガチャっと防音扉を開ける。
まだ番組が終わった直後。
みんな、片付けと言うよりも、番組が終わった後のゆるい空気の中にいた。
そんな中、足早にスタジオを出ようとしたら…
「IORIさん、お疲れ様でした!今日は特に何もないので。明日もいつも通りで大丈夫です」
後ろから声が聞こえ、挨拶をしてないことに気付いた。
どうやら気持ちがかなり先走っていたみたいだ。
ひょっこりと顔だけ中を覗く感じで瀬田君とADの子に「お疲れ様でした」と声をかけ、エレベーターホールに向かった。
頭の中でこの後の予定を一通り確認する。
スマートウォッチで時間を見ようとしたら、ふと、小刻みに足が動いてることに気付いた。
なにを焦ってるんだか…なんか、おかしくて口元が緩んだ。
♪ピンポーン
エレベーターの到着した音も、何となく『そんなに急いでどうするの?』って言ってる?
とりあえず乗り込み、1階のボタンを押して壁にもたれかかった。
気持ちが浮ついてる時って必ずミスするから、うん、少し落ち着こう。
大きく深呼吸をすると、頭も気持ちもスッキリした。
局の入っているビルを出た瞬間、思わず空を見上げた。
「雪だ…。今日はホワイトクリスマスになるのか。ハチが喜ぶな」
凛と冷たい空気のなか、ふわふわとした雪が舞っている。
積もるほどの勢いではないけれど、クリスマスなのにどこか静かに感じる街が…いつもより優しく感じた。
思わず手のひらを上に向けると、舞い落ちた雪が手の温かさで溶けていく。
このまま立ち尽くしてしまいそうになるけど、今日はまだやらないといけないことが。
マフラーを巻き、慌てて歩き出した。
「う〜ん、デッドは多分…19時ぐらいって感じかな」
駅のホームで行き先案内の表示を見てたら、チラッと時計が目に入った。
時間はないけど…でも、ハチに笑って欲しいから。
だから、やるしかないよな。
だんだんと大きくなる音と共に、電車がホームに滑り込んでくる。
5日前の19日。
暖房がついてるのにどこかひんやりとするリビングに入り、アドベントカレンダーの前に立つと溜息が漏れた。
「もう3日も開けてないのか…」
12月は何かと忙しいハチに、夜、10分だけでいいからゆっくりしてもらいたくて始めたんだけど…。
最初のうちは二人で一緒に開けてたんだよな。
ハチに、アドベントカレンダーを買ってきたから一緒に開けようって言ったら、「じゃあ、紅茶入れようか」って、キッチンに嬉しそうに向かうハチがかわいかった。
少し大きめの木製のアドベント。
ハチの目の前に置いたら、目をキラキラさせて「開けていい?」って聞いてきて。
「せーの、で開けようよ」って言われたけど、楽しそうなハチから目が離せなくて、開けるの忘れてたらハチが俺のまで開けちゃったんだっけ。
どうしても、週末は仕事で東京に戻らないといけない。だから、そういう時はビデオ通話して…。
離れた場所にいても…ハチとの距離は…近かったな…。
……。
ハチの笑顔がないだけで…いつもと同じリビングなのに…それなのに…明かりさえも冷たく感じる。
今日も…帰りが遅いだろう。
溜息を吐きながら、そっと、リビングの明かりを消した。
自室のベッドにごろっと寝っ転がり、天井をボーッと見つめる。
考えなくても浮かんでくるのはハチの笑顔。
俺に何か出来ることって…仕事を頑張ってるハチに何かしてあげたいな…。
「そうだ!」
ガバッと起き上がり、スマホを手に取る。
「とりあえず画像検索が分かりやすくていいか…」
検索結果をスクロールして、目に付いたものをタブでどんどん開いていく。
これはスクショして…
「お菓子作り…苦手なんだけどな。でも、そんなこと言ってられないか」
ふと、ハチの笑顔が浮かんだ。
両手で自分の頬をバシッと叩いて気合い入れると、もう一度スマホを覗き込む。
「うわ〜、これ、まだ残ってるかな…」
シーンとした部屋に、つぶやきが吸い込まれていく。
「とりあえず…電話で問い合わせ…。あ〜、もう閉まってるじゃん。でも、明日じゃ間に合わないよな」
画面の隅に目をやり、頭を抱えるが…。
「そうか!メール!とりあえず片っ端からメールして…。でも、明日電話でも確認した方がいいな」
さっきまで"がらん"としてどこか冷たかった心が、急に跳ねて温かくなった気がする。
喜んでくれるといいな…。
まだ検索しただけなのに、どこかやり切った後の充足感でバタンとベッドに転がった。
クリスマス間近の店内はどこかワクワクとした空気が流れている。
店内のBGMも、もちろんクリスマスソング。
客も多くて、みんなカゴの中に材料だったりラッピング用品だったり。
なんか…商品までも楽しそうに見えてくる。
そんな浮かれた空気、いつもだったら真っ先に楽しむのにな。でも、今日だけは別。
スマホ片手に必要なものを探して…
うろうろ…うろうろ…うろうろ…
「え?ダメだ…。どこに何があるかさっぱりわからない」
店員さんも忙しそうでなかなか捕まらないし。
時間だけがどんどん過ぎていって、焦る…。
「何かお探しですか?」
振り返ると店員さんが優しい笑顔で「お手伝いしますよ?」って言ってくれた。
助かった…。
「これを使って、ブッシュドノエルを作りたいんですけど…」
ここへ来る前にピックアップした、大きなバウムクーヘン見せる。
「最近、バウムクーヘンのブッシュドノエル流行ってますよね。それでしたら…」
店員さんの後をついて、商品を順にカゴに入れていく。
ココアパウダーに生クリーム、粉糖にサンタクロース…?
生クリームはどれがいいのか分からなかった。
35%?
42%?
何が違うんだ?
分からなくて、とりあえず…35%を選んだんだけど…
店員さんは「好みですね」って…。
いや、その好みすら分からないんだけど…。
それに、粉糖も何か言ってたよな?
「泣かない粉糖?」
説明してくれてたけど、粉砂糖に"泣く"も"泣かない"もあるわけないだろ…ってそっちが気になって全然聞いてなかった。
ケーキの上に乗せる飾りもちゃんと売ってるんだな。
たくさんのサンタがこっちを見てて、どれも表情が違ったり、動きが面白かったり…で、気付いたらかなりの数のサンタをお迎えすることに。
だって、プレゼントを抱えてたり、トナカイと一緒だったり…
一つ選ぶとか無理だったよ…。
レジに並ぶ頃には、カゴの中がちょっとしたサンタクロース村だったけど…
まぁ、ハチなら笑うよな。
ずっしりと重い紙袋を持って、賑やかな店をあとにした。
「…苺、生クリーム…粉糖にサンタ…。っと、これこれ、巨大バウムクーヘン!」
買ってきたものを紙袋から順に出して並べていく。
少しひんやりとしたキッチンが、材料の赤や白で溢れ、温度が上がったような気がした。
単純だけど、これだけでお菓子作りしてるって気分になる。
ワクワクした気持ちが抑えられず、急いでエプロンをして腕まくりをすると、早速、バウムクーヘンの袋を開けた。
「…大きな角皿があったよな。いつも、何に使うんだろうって思ってたけど…今日のためだよね」
薄いパステルグリーンの皿の真ん中に、バウムクーヘンをどーんと乗せる。
「それにしても…これ大きいな…」
気になってスマホでサイズを測ってみると縦横14センチ。
これ、二人で食べ切れるかな。
俺もハチも結構食べる方だし…まぁ、なんとかなるか。
え〜っと…。レシピをどこかにブクマしたはず……。
「これ、生クリームさえ泡立てれたら、もう勝ちってことだな」
……口笛が出た。
なんだ、簡単じゃん。
で、そうしたら真ん中に苺を入れて、生クリームを塗って、サンタを飾ったらいいんだよな?
あっ、粉糖をかけると雪っぽくなるって、店員さん言ってたっけ。
よし、やるか。
早くやらないと、ハチが帰ってきちゃう。
「生クリームのパック、小さかったから3つ買ってきたけど…。とりあえず2つでいいか」
手に持ったパックを見て量を確認するが、どう見ても200mlって少ない気がする。
「うん、このぐらいの量は必要だろ」
ボウルに入れた生クリームを見て、思わず頷いた。
それにしても、一人で作業してると独り言が多くなるんだな…。
え〜っと…『ボウルを氷水に当ててよく冷やします』
なるほどね。その方が上手く泡立つ…と。
次は…。
パッケージの説明を軽く読んで必要な器具を取り出す。
「なになに?『200mlに対して砂糖15g〜20g お好みで調整してください』か。甘さ控えめがいいから15gだな…。 よし、計量完璧」
それから…『柔らかいツノが立つまで』って書いてあったけど、ツノ?それも柔らかいって…?
まぁ、なんとかなるか。
キッチンにシャカシャカと泡立て器がボウルを擦る音だけが響く。
リズミカルな音を聞いてると、いかにも順調そのものって気がして思わず鼻歌が漏れる。
「…え?もう10分は泡立ててるよな…。腕攣ってきたし。でも、これ…多分、まだ…だよな?」
泡立て器で生クリームをすくってみるが、サーっと流れ落ちていく。よくテレビとか写真で見る、泡立て器にモコっとしてる感じが全く無い。
パッケージをもう一度手に取り見直してみるが…。
「あっ…。砂糖の量少ない。マジか〜。どうしよう。今から足す?とりあえず少し足してみるか」
スプーンひと匙ほどを生クリームの中に入れ、再び泡立てる。
カシャカシャ…ガチャガチャ…
「あ〜。もう、このくらいでいいよな。もう15分も泡立ててるし…腕も限界だし」
生クリームを泡立てたボウルを氷水から取り出す。底をタオルで拭いてる時に何か忘れてる気がしてたんだけど…
「あっ…。ココア買ったんだった。ブッシュドノエルにするつもりで。まぁ、ホワイトクリスマスってことにしておくか」
サクッと気持ちを切り替え、苺のヘタを取るとそのままバウムクーヘンの穴にゴロゴロっと入れた。
あとは、さっき泡立てた生クリームを塗ったら完成だな。
早速、生クリームを塗ろうとゴムベラですくうが…
「上手く塗れないな…。やっぱりゆるかったか?」
とりあえず苺の入った穴に生クリームを流し込み?そのままバウムクーヘンの上へゴムベラで生クリームを落としていく。
生クリームの山を崩すようにして、側面へ少しずつ塗っていく…
少しずつ山に足しては塗って…足しては塗って…
「あっ!」
ボウルの重さで腕がぷるぷると震え、生クリームが少し皿の上に広がってしまった。
「まぁ、これはこれで…なんというか、地面にも雪は積もってる…はず」
思わず笑ってしまった。
その勢いで買ってきたサンタを全部乗せていく。
なんか埋もれたり、傾いたりしてるけど…これも愛嬌ってことで。
たくさん飾った中の、なんとなくハチに似ているサンタをちょこんと触る。
すると、ハチの笑顔が浮かんで心があったかくなった。
それと同時に、さっきまで冷たかった指先までも温かい気がした。
そうだ、粉糖を振るんだったよな。
買ってきた粉糖の袋を少し開け、振りかける。
「あれ?ちょっとかかりすぎ? あ、あれもかけちゃえば…ごまかせ…ないか」
面白そうで、ついでに買ったオーロラシュガー。キラキラして雪っぽかったからつい手にとったけど…。
さっきのようにならないよう、気を付けて振りかける。
「うん、雪っぽくていい感じ。俺っぽくていいんじゃないか?」
出来上がった『雪がこんもり積もったブッシュドノエル』を見て達成感に浸るが…。
時計を見ると予定の19時まで後1時間ほど。
まだやる事が残ってる。
そっとケーキを冷蔵庫にしまい、屋根裏に急いだ。
「確かこの辺りに……あっ、あった」
オフホワイトの長方形の箱を丁寧に引き出す。
うっすら黄ばんで角も擦れているけど、丁寧に使われてきたんだって一目で分かる。
大事に抱え、リビングへ移動すると静かに床に下ろした。
「勝手に持ってきちゃったけど…いいよね?」
箱を優しく一撫してから蓋を開けると、なんだか懐かしい匂いがした。
なんとなく落ち着くような…それでいて、優しい匂い。
自然と口元が緩む。
一つずつ順番に取り出していき、数字を合わせながら組み立てていく。
今までもこうやって順番に組み立てられて…リビングに飾られたんだろうな。
少しだけ溝が甘くなってる部分もあるけど、パーツ全てがとても状態が良い。
静かなリビングに、木のパネルを組み立てる音だけが響く。
午後から降り出した雪のせいなのか、クリスマスなのに街の音が聞こえてこない。
時間がゆっくり流れてる気がして、ケーキを作っていた時のバタバタが嘘のように思えた。
俺よりも少しだけ低いツリーに、バランスよくオーナメントボールを飾りつけると…。
「よし、出来た。この下にアドベントを飾って…」
シンプルな木製のツリーだけど、これがあるだけでリビングが暖かく感じる。
窓の外を覗くと店の明かりは消えていて、工房の明かりだけがついている。
もう少ししたらハチが帰ってくる。
「ハチ、喜んでくれるといいな…」
心が跳ねてるのが分かって、そっと深呼吸をした。
「ただいま〜。流石にもう、無理……」
ガチャっと玄関が開く音がして、ハチがリビングに入ってきた。
よろよろと歩いてきて、そのまま崩れ落ちるようにソファーへ。
「ハチ、お疲れ様」
頭を少し動かして返事をするハチからは甘い匂いが漂う。
それだけで、なんだか胸の辺りがじんわりと温かくなる。
そんなハチの頭をぽんぽんっとしながらも、口元は緩みっぱなしだ。
「あっ……。クリスマスツリー。いーくん、出してくれたんだね。ありがとう」
リビングの隅に飾ったツリーを見ながら、懐かしそうな、それでいてどこか優しい笑みで、ハチがぽつぽつと口を開く。
祖父母との思い出のツリーだったこと…。
小さい頃は一緒に組み立てるのが楽しかったこと…。
クリスマスの日はツリーを見ながらリビングでご飯を食べたこと…。
でも、一人暮らしになってからは思い出が多すぎて出せなかったこと…。
静かなリビングに、暖かくてゆったりとした時間が流れる。
そんな時間の中に一緒にいられることが…ただ、嬉しかった。
「ねぇ、ハチ。アドベントまだ残ってるだろ?一緒に開けようよ」
「え?いーくんも開けてないの?」
ハチがびっくりした顔をしてこっちを見てくるが、一緒に開けるって約束してたし。
ハチの手を引いて、ツリーの前に二人並んで座る。
「5日も開けてなかったんだね」
「ハチ、開け終わったら俺たちのクリスマス始めようよ」
「クリスマスを始める?」
ハチが首を傾げながら、どこかきょとんとしてる。
でも、俺は笑顔を返すだけで、自分のアドベントの引き出しを順に開けていく。
柔らかな空気が満ちるリビングに、木製のアドベントの引き出しを開ける音だけが響く…。
「よし、開け終わったな。じゃあ、俺たちのクリスマス、始めるか」
隣には満面の笑みを浮かべているハチ。
やっぱり…なんか安心するんだよね。
ハチの笑顔って…。
「ハチに喜んでもらいたくて、クリスマスケーキを作ったんだ」
「え?いーくんが作ったの?」
びっくりするハチをリビングに残し、キッチンから慎重にケーキを持ってくる。
「いーくん、これ…。なんか色々と…」
笑いを堪えながら、いろんな角度から覗き込んでる。
「それに…サンタの数、すごいね。……サンタクロース村?こっちにはトナカイもいる。このケーキ、すごく“いーくん”って感じする。 でも…」
「ハチ、言うな、分かってるから…」
そっとハチが視線を逸らすが、肩が震えていて笑っているのがバレバレだ。
「…生クリームが…上手く泡立たなかったんだよ」
ちゃんと説明通りやったんだけど…。
ボソボソと言い訳するように呟くが、なんとなく気まずくて今度はこっちが視線を逸らす。
「ブッシュドノエルを作ったつもりなんだけど…」
「でも、雪深いところの森は、こんな感じなのかもね」
時間が経って、緩かった生クリームが少しずつ皿に広がって一面、雪景色だ。
ふと、立ち上がった気配がして、向かいを見るが…
ハチがリビングを出ていくところで、慌ててその背中を追いかける。
「いーくん、もう、直接食べちゃおうよ。その方が切り分けるよりもいいと思う」
そう言ってフォークを二本、手に持っている。
「じゃあ、紅茶も淹れた方がいいな」
二人で色々と準備をして、ケーキの前に向かい合う。
「ハチ、メリークリスマス」
「いーくん、メリークリスマス」
かけ声と同時に、二人、フォークでクリームをすくおうとした瞬間….
「あっ…。アハハッ」
「マジか〜…」
目の前で起きた出来事に二人、顔を合わせて大笑い。
「見事に雪崩たね」
「はぁ〜…。これはもう、『雪に埋もれた木』…だな」
でも、どんな出来でも、ハチの笑顔が見れただけで作った甲斐があったな。
それだけで、俺の心が温かくなる。
来年もこうして…笑い合っていたいな。




