娘が聖女として召喚されたら、異世界の学園から三者面談の通知がきました
娘が異世界召喚された。
なにを言っているんだって?
私だってこんなこと言いたくない。でも仕方ないでしょう。娘の帰りが遅いなぁと思っていたら、急に目の前に二足歩行の猫が現れて喋りだすんだもの。
長靴を履いた猫って知っている? そう、ちょうどあんな感じよ。
「ママさまですか? はじめまして。私、異世界にあるベスラ王国筆頭魔術師クーリの使い魔ミャルと申します。このたびあなたのご息女悠愛さまは、聖女として我が国に召喚されました。つきましては、今後魔王を倒すまで五年ほどを異世界で暮らしていただきますので、ご連絡に上がりました」
被っていた帽子を取った猫が、深々とお辞儀をする。
その様子もお喋りの内容も、長靴を履いた猫と五十歩百歩ね。あの猫も妙に鼻につく慇懃無礼な話し方をする猫だったわ。
冗談じゃないって思ったんだけど……どうやら悠愛は既にこの件を了承して、聖女として頑張る気満々なのだそう。
――――ホント、あの子って乗せられやすいとこあるから。
だから『ご連絡』なのね。本人が納得しているから許可なんて必要ないと思っているのかしら?
おあいにくさま、日本では法律で『子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない』と決められているのよ。
まあ……でも、この国の法律を振りかざしても、異世界側が納得してくれるとは思えないわよね?
「五年も異世界だなんて困るわ。悠愛は高校に入学したばかりなのよ。猛勉強してようやく合格できたのに」
だから私はそう言った。法よりも、実質的に本人が被る被害を訴える方法だ。
……とはいえ、これはちょっぴり嘘だったりする。
誰に似たのか悠愛はナマケモノ。高校は無理せず入れるレベルの学校を選び、受験勉強よりゲームばかりやっていた。……たしか、流行の乙女ゲームだったような?
「そこはご安心ください。異世界とこちらの世界は時間の流れる早さが違いますから。こちらの一ヶ月があちらではおよそ一年。順調にいけば悠愛さまは半年と経たずこの世界にお戻りになれるはずです」
五年で五ヶ月。多めをとって半年ってことかしら。
「たかが魔王討伐にずいぶんかかるのね?」
思わず出てしまった言葉に、ミャルが毛を逆立てた。
「たかがなどと! ママさまは、魔王の脅威を知らないからそのような発言ができるのです! 魔王はとても恐ろしい存在なのですよ。それこそ、異世界から聖女を召喚しなければならないほどに!」
尻尾まで膨らませて……可愛いこと。
でも、その発言は逆効果よ。
「まあ! 愛しい娘を、そんな恐ろしい魔王と戦わせるなんて、できないわ!」
私が、ヨヨヨと泣き真似をすれば、ミャルは焦った。
「あ! い、いえ。……あの、その……ご、五年の内の三年は、聖女さまの教育期間ですから! 聖女さまには優れた資質を持つ少年少女を集めた学園で、同年代の者たちと切磋琢磨することで聖女の力を覚醒させ強くなっていただくのです。それから魔王討伐の旅に出る予定で……実質の魔王討伐は一年ちょっとになるはずです。それも学園で選抜した優秀な若者たちに守られての安全な旅なので!」
あらあら、ずいぶんのんびり構えているのね?
これは魔王といっても、それほど脅威ではないのかしら?
なんだか、悠愛のしていた乙女ゲームの設定に似ているような気がするわ。あのゲームも、傍で見ていてそんな悠長なことしていていいの? って、思ったのよね。
まあ、でも……半年くらいならなんとかなるのかしら? 海外に短期留学するとかなんとかいって休学できるかも。
迷っていれば、なんとびっくりミャルが海外留学許可証を出してきた。
「ママさまが必要とされているのは、これでしょう?」
なんでも、異世界の魔王は定期的に復活してその都度聖女召喚をするために、こちらの世界で学校や会社を休むための偽造書類が完備されているのだとか。悠愛の場合、最長一年間の海外留学に関する書類と、なんならその間の単位証明書まで付けてくれるという。
ドヤ顔の猫の説明に、思わず聞き入ってしまった。
――――ふ~ん、ずいぶん便利になっているのね。でもそれならいいのかしら?
可愛い子には旅をさせろというし、悠愛にも人生経験が必要な年頃だわ。
「無事に帰してもらえるんでしょうね?」
「もちろんです。アフターサービスとして、魔術師クーリの『異世界で何年すごしてもこちらの世界の時間に換算した体年齢に戻せる魔法』も付けさせていただきます。……お望みならお母さまの肌年齢も数年くらいなら戻してさしあげられますよ」
まあ!
私は二つ返事で娘の異世界暮らしを許可した。……女なら当然よね。
そんなこんなで一ヶ月。
娘のいない生活にも慣れた頃にその通知はやってきた。
「三者面談?」
「はい。悠愛さまは、現在聖女としての資質をみがくため魔法学園に通っておられるのですが、担任の教師が是非お母さまも交えてお話をしたいと言っているのです」
運んできたのは使い魔ミャル。相変わらず可愛い二足歩行の黒猫だわ。
まあ、たしかに学校には三者面談がつきものよね。だから、面談自体に否やはないんだけど……。
「私が、異世界の学園に行ってもいいの?」
「こういった場合の特例措置として国から認められています。なにより担任が強く望んでいますので」
担任がそれほど来て欲しがっているなんて……なんだか嫌な予感がするわ。
とはいえ、行かないという選択肢はないようね。久しぶりに娘にも会いたいし。
「わかったわ」
こうして私は異世界の学園での三者面談に挑むことになった。
そして当日。私の嫌な予感は的中する。
「……素行不良で退学ですか?」
唖然として聞き返した私に、担任教師はハンカチで汗を拭き拭き頷いた。
「もちろんそれは、お嬢さんが普通の学生ならば下される処分です。現状悠愛さんは聖女候補ですので、さすがに異世界からわざわざ召喚した聖女候補を退学にするわけにもいかず、困っているのです」
まあ、それはそうよね。
というか、悠愛ったら『聖女』じゃなくて『聖女候補』だったのね。最初から聖女として召喚されたと聞かされていたのに……これは、ミャルの伝達ミスかしら?
それとも――――。
大きなため息をつけば、娘が焦ったように言い訳をしてきた。
「違うのよ! ママ。私は悪いことなんてなにもしていないわ! ただゲームどおりに、攻略対象者の好感度を上げようとしただけなの!」
「……ゲーム?」
私は思わずポカンとする。
「そうよ! ここは、私のやっていた乙女ゲームの世界なの。私はヒロインとして召喚されたのよ! 魔王を倒すには、好感度の高い攻略対象者が必要だから頑張っていただけなのに――――」
娘の顔は真剣だ。どうやら本気でそう思っているらしい。
……ゲームって、受験勉強そっちのけでやっていたあのゲームよね?
自分のやっていた乙女ゲームの世界に召喚されるなんて、いくらなんでも荒唐無稽過ぎるのじゃない?
私はそう思ったのだけど、娘が言うには『そういう設定が最近の流行なの!』だそうだ。このため『聖女召喚、キター!』と思った娘は、ゲームのヒーローたちを攻略すべくシナリオどおりに行動したのだとか。
「でも――――入学式でぶつかるはずの王子さまには避けられるし、校舎の中庭で授業をさぼっているはずの騎士団長の息子は真面目に授業を受けているし、図書館で引き籠もっているはずの宰相の次男は陽キャになっていて、お色気担当の教師は堅物眼鏡になっているのよ! 最悪なのは一推しだった年齢不詳の魔術師クーリさまが、まったく全然現れないことよ――――こんなこと、あり得ないわ!」
娘は泣きながら叫ぶ。
そんな娘を担任は忌々しそうに睨みつけた。
「だから、あなたのその言動がダメだと言っているんです――――入学早々、こともあろうに王子殿下に体当たりしようとしたり、授業をさぼって中庭や図書館で、大声で他人の名前を連呼したり、厳格で有名な教師相手に誘惑するかのような発言を繰り返したり――――あなたが先ほど言った生徒は全員婚約者のいる方ばかりですし、教師に至っては既婚者なんですよ。みだりに近づいていい方々ではありません! 私は何度も注意しましたよね? 学生とはいえ、ここに通う生徒は王侯貴族ばかりなんだと。礼節は守ってくださいとも。……いくらあなたが聖女候補であっても、これ以上非常識な行為が続くようなら、退学にするしかないんですよ!」
よほどストレスがたまっていたのだろう。ハアハア息を荒くして一気にまくし立てる担任の姿は哀れを誘う。
本当に申し訳ないわ。
「でもでも、それだとゲームが――――」
娘は、事ここに至っても言い訳しようとした。
「学園は真摯に学ぶ場であって、ゲームをするところじゃないと言っているでしょう!」
まったくもって担任の言うとおりだわ。
でも……それにしても。
「ねぇ、悠愛。あなたが今言ったその状況って、入学試験当日にあなたが熱く話していたゲームの二次創作小説と同じなんじゃない? ……たしか、悪役令嬢のざまぁモノとか言っていたような気がするんだけど?」
「え?」
私に指摘された娘は、唖然としたような顔をした。
「いやだわ。忘れてしまったの? 受験前だというのにあんなに夢中で話していたのに。ママ、この子は自分が受験生だってことをわかっているのかしら? って、ものすごく心配したのよ」
ホント、あのときは我が子ながら呆れてしまったわ。
私の指摘を受けた娘は大混乱。両手を頬にあて、ムンクの叫びみたいなポーズになる。
「え? え? ……えぇっ!? で、でも、あれは非公式の二次創作で――――」
「公式とか非公式とか、こっちの世界でそんなに意味のあることかしら?」
娘は、ザーッと顔色を青ざめさせた。
「う、嘘っ! ……私、悪役令嬢にざまぁされるヒロインなの?」
「ママ、その『ざまぁ』っていうのがイマイチわからないんだけれど……あなたの話を聞く限りそうなんじゃない?」
少なくとも、退学にはなってしまいそうよ?
娘の目に、見る見る涙が盛り上がった。
「いやぁ~っ! いやよ、そんなの! 私、ざまぁされたくない!! ……ママ、どうしよう?」
泣きながら縋ってくる娘。
ホント、困った子なんだから。
ちょっとおバカで……でもそこが憎めないのよね。そんなところが父親に似ているわ。
仕方ないので私は、とびきりの解決策を教えてあげた。
「だったら方法はひとつだわ。『聖女』なんて辞めて日本に帰りましょう」
娘は目をパチパチと瞬く。
「え? でも――――」
「でもじゃないわよ。このままじゃ、ざまぁされてしまうんでしょう? あなたの話では、ざまぁされたヒロインは、捕まって追放されたり強制労働させられたりするんじゃなかったかしら? ママ、可愛い娘をそんな目に遭わせたくないわ。さっさと家に帰りましょう。そうだ! 今夜は帰宅祝いにカツカレーにしてあげるわ」
この場合大切なのは、娘に考える隙を与えない勢いでまくし立てること。
「カツカレー! うわっ、食べたい!」
……娘は、カツカレーが大好物だった。
「奮発してプティングも付けてあげるわよ」
「ママ、最高!」
娘は両手を広げて飛びついてきた。
まだまだお子さまなのよね。チョロすぎて心配になるレベルだわ。
ま、娘はこれでいいとして。
「――――ということで、学園は退学させますわね。お騒がせして申し訳ありませんでした」
私は笑顔で担任に頭を下げた。
「え?」
きっと思わぬ展開だったのだろう。口を『え』の形に開けたまま担任は固まっている。
そこへ――――。
「ちょっ! ちょっと、ちょっと! なにを勝手に決めているんですか!」
叫びながら現れたのは、ミャルだった。どうやら隠れて様子をうかがっていたらしい。
「聖女が退学なんて困ります! しかも、さらっと日本に帰ろうとしているし! 魔王討伐はどうするつもりなんですか!?」
そんなの知ったこっちゃないわよ。
「あら、だってこのままじゃ娘にとってよくないことになりそうなんですもの。担任の先生だって困っていらっしゃるみたいだし。娘がいなくなれば万々歳ですわよね?」
チラリと視線を向ければ、担任は「あ」とか「いえ」とか「う」とか言って固まっていた。
「どこが万々歳ですか! 聖女がいなくては魔王を倒せないんですよ!」
ミャルは大興奮。毛を全部逆立てて怒鳴りまくっている。
……まあ、可愛いばかりでちっとも怖くないのだけど。
「そんなもの。悠愛をざまぁしようとした『悪役令嬢』とかいう方がなんとかなさるんじゃないかしら? こういった場合のセオリーとしては、その悪役令嬢も日本からの転生者っていうのがお約束みたいですよ? よもや、自分が婚約破棄されたくないためだけに、なんの代替措置もなく魔王討伐の要となる聖女を排除しようだなんて……そんな短絡的なことをなさるとは思えませんけど?」
もしもそうだとしたら、そいつはバカである。
そんなおバカさんの尻拭いなんてしてあげる必要ないわよね?
私がフフフと笑えば、ミャルは口をパクパクと開けては閉じてを繰り返した。
「で、でもっ――――」
なんとか反論しようとする前に、私は言葉をかぶせる。
「だいたい、あなた方も監督不行き届きでしょう? 聖女だなんだとおだてておいて、なんのフォローもなく学園に放りこむなんて。たしかにうちの悠愛はちょっとおバ……いえ、単純で暴走しがちな子だけど、異世界で真摯にお世話してくれる人の忠告を聞けないほどじゃないのよ。つまり、悠愛にはそういう人がいなかったってことよ。――――それとも、ちやほやされて調子に乗りそうな聖女には、一度痛い目に遭ってもらって大人しくさせようとでもいう魂胆があったのかしら?」
ジロリと睨めば、ミャルは焦って目をそらした。
あらあら、図星なの? まったく姑息な手を使うのね。
「マ、ママ――――」
不安そうな視線を向けてくる娘の頭をいい子いい子と撫でた。
大丈夫よ、あなたにはママがついているから。
「――――ママ、今、私のこと『おバカ』って言おうとした?」
うっ……。
しっかり聞いていたのね。うちの子案外賢いわ。
今度は私が目をそらす。
「……で、でも! 帰るだなんて許せません! そもそも帰しませんから! 私たちの力がなければ、あなたたちは地球に帰還できないんですからね!」
開き直ったミャルが腰に手を当て、偉そうにふんぞり返った。『私たち』じゃなくて、魔術師クーリの力だと思うけど?
まあ、困ったわね――――なんて言うと思った?
私はニンマリと口の端を上げる。
「ママ、どうしよう?」
「大丈夫よ、悠愛。……あのね、悠愛には言っていなかったけど、実はママも若いとき聖女として異世界に召喚されたことがあるの。あのときはこの国ももう少しまともで、真面目に魔王を倒して地球に帰ったんだけど……たった十六年くらいでこんなに変わってしまうなんて、異世界は無常だわ」
……あ、でも地球の十六年はこちらでは二百年近くになるのかしら? だとしたら、いろいろ変わるのも仕方のないことなのかもしれないわ。
どっちにしろ許してあげるつもりはないけれど。
ミャルは驚き目を丸くしている。
「聖女? ママが?」
娘も唖然としていた。
「ええ。それもとっても強い聖女よ。だから魔王討伐なんてすごく簡単だったわ。それに、討伐に行く道中で魔法が得意で長生きの子分もできたの。きっとまだ存命のはずだから、今回はその子に地球に帰してもらいましょう」
「ニャッ!?」
ミャルが大きな鳴き声を上げる。よほどびっくりしたようで、本物の猫みたいな声だったわ。
「本当にそんなことできるの?」
「大丈夫。前もその子に帰してもらったんだから。地球くらい、いつでも送ってくれるはずよ。さっさと帰りましょう」
面談のため椅子に座っていた私は、娘の手を取り一緒に立ち上がった。
「待っ! 待って! 待ってください! うわっ! マジですか?」
ミャルが滅茶苦茶焦って、教室内を四つ足で走り回る。
「ええ。大マジよ」
私は笑って、その子分を呼ぶため口を開いた。
「ゲェッ、ヤバい!」
そう叫んだミャルも、慌てて大きく口を開ける。
「おいで、魔竜クリリン」
「うわぁっ! 助けてください、クーリさま!」
私とミャルの声が重なって、教室内にカッ! と閃光が溢れた。
そして現れたのは、ひとりの青年だ。長い黒髪と尖った耳。金色に光る縦長の瞳孔を持っている。
おまけにとっても美形だわ。
「「クーリさま!」」
ミャルと娘が同時に叫んだ。
どうやら彼は魔術師クーリらしい。
――――そう思ったのだけど。
「ご主人さま! ようやく僕を喚んでくれたんだね!」
クーリと呼ばれた青年は、何故か私に走り寄ってきた。
手を広げ抱き締めようとしてくるから、思わず「ステイ!」と叫ぶ。
ピタリと止まった青年を、私はじっくり見つめた。
金の目に、なんだか既視感を感じるわ。……ひょっとして。
「クリリン?」
私は半信半疑でそう聞いた。
「そうだよ、ご主人さま。あなたの僕クリリンだよ!」
そう叫んだクーリの背からは二枚の竜の翼が現れ、背後には長い尾が現れた。
……先日テレビで見たコモドオオトカゲの尻尾そっくりだわ。
それが、嬉しそうにブンブンと振られている。
あらまあ、クーリってクリリンだったの?
私も驚いたけど、娘とミャルはもっとびっくりしている。
「え? え? クーリさまに羽と尻尾が生えるだなんて」
「ひぇっ! ……まさか、まさか、まさか……ママさまが、クーリさまの捜していたご主人さまなんですか?」
ゲームを知る娘も、彼の正体は知らなかったみたい。
一方、ミャルはクーリが竜だったことは知っていたのかな?
それにしても――――。
「どうしたの、その姿? あなた可愛い子竜だったじゃない」
私は首を傾げてそう聞いた。私の知っているクリリンは、人型になんてならなかったもの。
「進化したんだよ。ご主人さまに好かれたくって! ……人間の女性はこういった姿の方が好きなんだろう? そこにいるミャルが教えてくれたんだ」
クーリ――――いいえ、クリリンはそう言って、長い指でミャルをさした。
ミャルは「ミャッ!」と鳴いて飛び上がる。
「……あら? 私は前の子竜の姿の方が好きよ」
「えぇっ! ホントに?」
「もちろん。あなたは竜だもの。そのままの姿が一番ステキに決まっているじゃない」
私に「ステキ」と言われたクリリンは、嬉しそうに「そっか」と言ってはにかんだ。
次の瞬間、ポン! と音を立てて小さな竜の姿に変化する。
「どう?」
「うん。やっぱりそっちがいいわね。……久しぶりクリリン」
「うん、うん、ご主人さま! 会いたかった!」
飛びついてくる竜を受け止めて、いい子いい子となでてあげた。
クリリンは、満足そうにゴロゴロ喉を鳴らしている。
「でも、あなたどうして起きてしまったの? 私が迎えに来るまで火山の寝床で眠っているって言っていたじゃない?」
クリリンは、私が聖女の力で卵から孵化させた竜だ。
本当は暗黒竜とかで、魔王に次ぐ存在になるはずだったらしいのだが、私の力が上手く作用して普通(?)の魔竜になった。
おかげで危険性は減ったのだが、それでも竜は竜。大きすぎる力はいらぬ争いを引き寄せるため、私が地球に去った後は、クリリンにとっては暖かで心地よい火山で眠りにつくはずだったのに。
私が日本で普通の人としての人生を終えたら、こちらに来て一緒に暮らそうと思っていたのよね。
たぶん千年と経たずに戻ってこられるはずだから、それまでいい子で待っていてねって言いつけておいたのに。
「寝ていたんだけど、起こされたんだ。勇者の子孫たちに。……僕を起こして、ご主人さまの守った世界を僕にも守ってほしいって頼んできたから、協力してあげていたんだよ」
「勇者の子孫?」
勇者はベスラの王子だったから、つまりはベスラの王族ということね?
あらあら、……クリリンの力は人の手には余るから眠らせておこうと決めたはずなのに、その約束を破ったということかしら?
聖女として勤めを果たした私との、神の下に誓った約束だったのに?
……まあ、二百年近く経てばどんなに神聖な約束も風化してしまうものかもしれないわよね?
事情はわかるわ。
それを許してあげられるかどうかは別として。
私はフフフと笑う。
「ちなみにミャルは、その王族からあなたに付けられた使い魔なのかしら?」
「そうだよ! よくわかったね。長く寝ていて世情に疎い僕をサポートしてくれているんだ」
……そう。サポート。サポートね?
私はチラリとミャルに視線を流す。
ミャルは、ビクッと震えて小さくなった。必死で周囲を見回して、どこか隠れられるところを探しているみたい。
……後ろ暗いことでもあるのかしら?
………………まあ、いいわ。いろいろ言いたいことはあるけれど、今はそんなことに関わりたくないって思うから。
ぶっちゃけ、どうでもいいのよね。
「クリリン、今回私と娘は間違ってこの世界に来てしまったの。だから、あなたの力で私たちの世界に帰してほしいのだけど――――」
そう言えば、クリリンの耳と尻尾が寂しそうに垂れる。せっかく私に会えたのに、また離ればなれになってしまうと思っているのだろう。
ホント、わかりやすい子なんだから。
私はすぐに言葉を繋いだ。
「ね、クリリン、あなたも一緒に来ない?」
クリリンはポカンと口を開けた。
「えっ!?」
慌てた声は、ミャルの声。
「せっかく人型になれるんですもの。私と一緒に日本で暮らしましょう?」
そう言って手を差し伸べれば、クリリンは嬉しそうに笑った。
「いいの?」
「もちろん、いいわよ」
尻尾が超高速でブンブンと振られている。
「行く! ご主人さまと一緒に行く!」
子竜は、私の上をパタパタと羽ばたいて回った。
「ちょっ! ちょっと待ってください! そんなの困ります!」
ミャルが大声で止めてくる。
……そうね。困るでしょうね。
きっとあなた方は、今までクリリンをいいように利用してきたんでしょうから。
でもね、私は全然まったく困らないの。
「大丈夫よ。二百年前の人たちは竜の力なんて借りなくても、ちゃんと生きていけたんだから」
「そんな! 聖女と一緒に魔術師クーリさままでいなくなったら……魔王はどう倒せばいいんですか?」
「どうとでもすればいいんじゃない? 召喚した聖女を利用するために、あれこれ画策する余裕があるくらいですもの。頑張れば魔王くらい倒せるわよ。……きっとね」
保証はしてあげないけれど。
私は右手を伸ばして、腕に子竜をとまらせた。
左手は悠愛と手を繋ぐ。
「さあ、帰るわよ日本に!」
「はい! ご主人さま!」
パーッと光に包まれて、私たちは異世界の学園を後にした。
後は野となれ山となれ。
こういうときにピッタリの言葉よね。
あの異世界がどうなろうと、まったく興味はないわ。