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6. 父親

 満点の星空、細い月が西にかかっていた。

 クォンが子供の手と馬の端綱はづなを引き、ユエは水滴型の黄色い提灯をさげて歩く。

 ホァは今にも走り出しそうにそわそわし、ちらちらとユエやクォンの顔をうかがっていた。


「なあユエ姉さん。とっとに悪さしたモノの怪は、ほんとにおらんのか?」

「大丈夫。いないよ。もしいても、わたしがすぐにやっつける」


 その言葉通り、ユエは平笠から五色の布を垂らし、魔力を呼吸で取り込んで、呪術的にも魔法的にも臨戦態勢を取っていた。


「きみのお父さんは猿の怪にって、猿あたり(・・・・)したんだ。取り憑かれたわけじゃない。大変だったと思うけど、何日かすれば治るものなんだよ。だから今ごろは元通りになって、きみを待ってる。やっつけなきゃいけないモノの怪なんて、もういないよ」

「うん……でももし、とっとがまだ変だったら……」

「だから、わたしが先に会って確かめる。治ってなかったら治るまで一緒にいるから。大丈夫。信じて」


 空いた手でホァの細い肩に触れた。指先がぞくりとして生気が抜かれていく。抜いた幽霊の方はびくっと肩をすくめて目を丸くする。


「姉さん手ぇあっつい!」

「あれ? そんなに」


 思っていた展開とは違ったが、ホァの足取りがしっかりしたから良しとした。

 家から顔を覗かせた者も数名あったが、近づいてきたり、話しかけてきたりした者はなかった。

 ユエはいま、笠から布を垂らし、提灯の光に浮かび上がる生白い女だ。傍目にはモノの怪じみて、夜中に話しかけたい相手ではない。

 ホァは村人と話したそうにしていたが、遅いから父親に会うのを先にしようと言って、半ば強引に諦めさせた。

 そうやってしばらく行ったところで、ホァが足を止めた。


「あれが、おらんだ」


 ひらけた前庭の奥、竹編み壁の、小さいながらも整った造りの家が、提灯の灯りに微かに浮かぶ。


「じゃあ、見てくるから待ってて。提灯を振って合図したら、来てね」

「気を付けてください」


 見送るクォンは膝をつき、ホァの肩をしっかりと抱いていた。



 ごめんください、とユエが声を二度張り上げてしばらく。入口の引き違い戸が開き、室内の暗闇を背負って、男の顔がぼんやりと灯りに浮かび上がった。

 クォンよりも背が高く、胸板が分厚く、日焼けが濃い。下がり気味の目元や上向き気味の鼻の形にホァの面影が見て取れた。が、表情には警戒の色がありありと現れている。

 右目リールーが一瞬、男の手にある菜切り包丁に焦点を合わせた。油断なくユエは口上を述べる。


「夜分に申し訳ありません。わたしは、ガイドンいちの呪い師、ユエという者です。ホァさんの事でお話があって参りました」


 男の表情に変化があった。その黒目に光が宿った。

 入れ、と身振りで示されユエは従う。土間と高床で二分された室内、ホァの父親は台所に包丁を置くと座るよう促した。

 父親の出した蝋燭に提灯の火を分けてやり、高床の上に座って向かい合う。


「おれの、娘は?」


 と問う父親に、ユエは笠を外して、答えた。


「残念ですが、亡くなっています」


 そして、父親がゆっくりと顔を覆い、床に拳を突き立て、その床を叩くのを見ていた。

 自分がおかしくなっていた間の事も、覚えているという。正気に戻り、娘がガイドンいちから帰っていないので、探しにも行ったと。


「俺のせいだ。俺がおかしくなったせいで。あんた、あんた、なぁ、ホァはどこにいたんだ。あの子は、どこだ、なあ。探しても、いなかったんだ。なあ、せめて、おれは、弔ってやんなくちゃなんねえ。まだ、八つなのに。なぁあの子はどこだ」


 身を乗り出し、食い入るように父親が迫ってくる。


「ご遺体はありません。あの子は、幽霊となってわたしの所に来ました。幽霊となってなお、あなたを助けてほしいとわたしに頼んだのです」


 おおおおお、と声を絞り出し、父親が慟哭した。その気持ちを、ユエは推し量ろうとして、とどまる。冷静であらねばならない。外ではホァが待っている。


「ホァさんを『』へ送らなければいけません。そのために、ホァさんの霊と会って頂きたいのです」


 父親が顔をあげる。その目に、ユエは怯みそうになる。黒い目から伸びた不可視の鎖に四肢を捕らえられたような気分だった。


「会えんのか?」

「はい。ホァさんが『』へ旅立つまでの、ほんの少しの間ですが」

「あんた、もし俺をからかっているのなら――」

「その時はわたしの首を掻き切ってくれて結構です」


 言い切った。ややあって、父親は言った。


「会わせてくれ」


 会わせられなければ、殺されてもおかしくない。そういう迫力に肌をひりつかせながら、ユエは外に出るよう伝えた。


「そこで、ホァさんを呼びます」

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