前半
ユグドラ歴二千十四年。八ノ月。
【イーリス王国。城下街】
「はぁ、はぁ……街がある方角から煙が見えたから急いで来て見たら、何なんだ? ……これは、一体?」
フードを被った男性の目に映ったものは信じられない光景だった。
ここは、イーリス王国内にある城下街。
イーリス王国は他国と比べ温暖な気候と土地が肥えているため、作物がよく育つことができる。そのため、農業生産に力を入れている国であった。恵まれた土地ということもあり、大森林に囲まれ国でもある。
しかし、そのイーリス王国の城下街は現在、火の海に飲み込まれていた。そして、火の海に飲まれている城下街から見えるイーリスの城も燃えていた。
さらに、街中には、街の住人らしき無数の遺体があった。
(これは、酷い。パッと見て、遺体の殆どが成人男性や老人か。女性の遺体は見当たらないな……)
フードを被った男性は辺りを見渡すと、道端に破れた布切れが落ちていた。
(あの布切れ。破れているが、明らかに元の型は女性ものの服か。……くっそ! 服を破いてまで強引に連れさったのか! 胸糞悪いな! それと、子供の姿もない。子供も連れ去られたのか? となると、子供の方は奴隷や人身売買でもする気か? そうなると、これは、ただの族の仕業ではないな。街を襲い、女子供を攫う連中か)
男性のフードの中から見えたのは険しい表情だった。また「ちっ!」と舌打ちをした。
「助けてくれぇ!!!」
男性らしき悲鳴が聞こえてきた。
そこには、兵士らしき者が市民らしき男性を襲っていった。
(分かっていたが、市民を襲っている奴はイーリス兵ではない。目視でもわかる。鎧に使われている素材の質がいい。となると、連中の正体は……)
市民らしき男性は逃げる際に転んでしまった。
正体不明な兵士らしき者が、容赦なく転んだ市民の男性目掛けて「死ねぇーーー!!!」と叫びながら剣を振り下ろそうとしていた。
「手出しはさせない!!」
フードを被った男性は指を鳴らしながら腕を振り下ろした。
すると、「パッシューーーン!!!」と音が鳴りながら、突然、正体不明な兵士らしき者が持っていた剣が空高く弾き飛んでいった。
「が!? 何で、剣が……」
ガッシ!!!
正体不明な兵士らしき者が怯んだ隙に、フードを被った男性は正体不明な兵士らしき者の首元を鷲掴みをし宙に浮かせた。
「ぐ、ぐ……ぐるしぃぃぃい!!!」
「おっと、抵抗はやめときなよ。私はいつでも、風の魔術の発動ができるからな。抵抗したら最後、風の刃の餌食になるぞ」
フードを被った男性の腕周りには風が纏っていた。
「あ! ありがとうございます!」
「礼はいい! 早く逃げろ!」
「あ! は、はい!」
市民の男性は慌てて、その場から逃げていった。
「逃げたか。よし。……おい! お前ら、帝国の人間だな? 死にたくなければ、答えな! 何故、イーリスを攻めた?」
帝国というのは、コルネリア帝国のことで、今から十三年前に建国したばかりの国のことだ。マギ大陸内でも一番国土が広い国である。イーリス王国の隣国でもある。
「先にやったのは、この国の王だ! あの人でなしの王が、帝国から派遣された親善大使を殺したんだ! これは、連中への抱腹だ! 俺らは八騎将のダリア様の命令に従ったまでだ!」
(イーリスの国王が? イーリスの国王は温厚な人柄と聞く。まさか、そんな方が? いや、待てよ)
「八騎将のダリアの命令と言ったな? 皇帝の命令じゃないのか?」
「ああ、そうだよ! 親善大使殿の死体を見て、抱腹の指示を出したのは、ダリア様だからな」
「犯人探しすらしていないのか? そんな、横暴な命令をお前らは従ったのか? 真実すら不明なのにか!?」
「ふん! 俺の知ったことではない! それに今回の褒美が最高だからやるしかないだろ? 文句があるならダリア様に言うんだな!」
「褒美は生け捕りにした女性達か? そのために、真相の有無関係なく、虐殺を!? 本当にふざけていな! お前らは!」
「ぐっつ! ぐるじぃい!!!」
フードを被った男性は、コルネリア兵の首元を鷲掴みをしている手を、さらに強く握りしめた。
(ダリアか。コルネリア帝国建国時、八騎将の位を授かった男。そう言えば、最近、功績を残したと話は聞かない。こんな横暴な命令を下すなら、一番怪しいのはダリアだろう)
「そこで、何をやっている!?」
フードを被った男性目掛けて、大きな火の玉が飛んで来た。
「しまった!」
フードを被った男性は、咄嗟に首元を鷲掴みしていたコルネリア兵を掴みながら、大きな火の玉から避けた。しかし。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
フードを被った男性は避け切れたが、首元を掴んでいたコルネリア兵には、火の玉が全身に命中してしまった。
「熱い!! 熱い!! 誰か、助けて!!! 誰か、だれ……か……」
全身焼かれてしまったコルネリア兵が暴れ出していたが、段々と動きが鈍くなり、次第に動かなくなってしまった。
火の玉が飛んで来た方向には、一人の兵士が立っていた。着ていた鎧からして、コルネリアの兵士だった。
(この威力は、完全に味方を巻き込んでしまう。あいつは、初めから、味方ごと巻き込んででも、私を殺すつもりだったのか?)
「ふん! 大人しく焼かれれば、よかったのに!!」
(周りには、他の帝国兵はいないのか。一人だけなら、どうにかなるか)
「お前は何者だ? ただの市民ではないようだな?」
「私はお前らが喉から手が出る程、欲しい存在だ」
「何を訳の分からないことを言っているだ? ふざけいやがって」
仲間殺しをしたコルネリア兵は、腰に掛かっていた鞘から剣を抜こうとしていた。
しかし、瞬間。 フードを被った男性は、指を鳴らしながら、腕を振り下ろした。
パッシューーーン!!!
先程のように、仲間殺しをしたコルネリア兵が持っていた剣が弾き飛んだ。
「! まずい!」
ボォオオオオオオ!!!
フードを被った男性の目の前に、火の玉が飛んで来た。フードを被った男性なんとか躱した。
(危なかったな。風圧を飛ばして、奴の手に持っている武器を弾き飛ばしたのはよかったが、奴の手には擦り傷が見えなかった。恐らく、奴は勇能力の持ち主で、勇能力の固有の力である障壁で守られたのか。これに気づかないで、さっきの奴のように、首元を掴みに近づいていたら、火の魔術の餌食になっていたな)
「魔術か。発生が早い過ぎる。勇能力か。英雄の力が聞いて呆れる。歴代の英雄達は、その力で厄災を倒しているのに」
「俺の勝手だ。力は使ってこそだ!」
さらに、仲間殺しをしたコルネリア兵は、無数の火の玉を飛ばしていった。フードを被った男性なんとか躱していった。
「さすがは、勇能力。魔術の威力は高い。だが、お前は魔術に関してはド素人。お前の魔術は、たいまつを投げつけるのと変わらない。魔術を使いこなせているとは言えない。折角、勇能力を持っているのに。そういうのを宝の持ち腐れって言うんだよ」
フードを被った男性はため息を付いた。
「余裕をぶっこきやがって!! 魔術は威力さえ、あれば十分なんだよ!!!」
仲間殺しをしたコルネリア兵は攻撃の手を緩めることなく、次々と火の玉を飛ばしていった。
(攻撃方法が無差別過ぎる。まさか、この火の魔術で味方ごとやっていないか?)
火の玉は建物や地面に当たり、どんどんと火の海が広がっている。
(勇能力には、固有能力の一つである身体強化もある。接近戦に持ち込まれたら、まず勝てない。だが、こいつの放った火の魔術で私との間に火が広がっているから近寄れないはずだ。となると、攻撃方法が魔術に絞られる。魔術の腕なら負けはしない)
「分かっていないな。本当の魔術の使い方を教えよう。魔術は、こう使うんだ!」
フードを被った男性の手元には、小さな竜巻の様な物が出現した。
「風の魔術? バカが! 風で、逆に火は広がるんだ!」
フードを被った男性目掛けて、巨大な火の玉が飛んで来た。
しかし、巨大な火の玉はフードを被った男性に向かって放たれたはずだが、軌道が変わってしまった。火の玉は円を描くように周り出した。
「何? 俺の火の魔術が!? どうなっているんだ!?」
(風の道を作り、奴の火の魔術は、その軌道に沿って、とある場所へ誘導させる。さらにそれだけではない。風の道に導かれた火の魔術は私の思い浮かべた形を作り出す)
火の玉は、風の道を辿っていくと、炎の渦へと姿を変え、炎の渦は仲間殺しをしたコルネリア兵へ向かって行った。
「何!?」
炎の渦は、仲間殺しをしたコルネリア兵を飲み込んでいった。しかし。
「こいつ! 俺の魔術を利用して! ふざけいやがって!」
本来なら、体が燃えるはずだが、体が焦げている様子は見られていなかった。
「だが、俺には障壁がある。障壁が壊れる前に、この炎の渦から脱出すれば……」
仲間殺しをしたコルネリア兵は、交差した腕を前に出して、振り払おうとしていた。だが。
「ぐ! 振り払られない!? それに、前に全然進めない、どうなっている?」
仲間殺しをしたコルネリア兵を巻き込んでいる炎の渦を囲むように四つの竜巻が発生していた。四つの竜巻は、それぞれ四つの方向へ炎の渦を押し付けていた。
この四つの竜巻は、フードを被った男性が発動させた風の魔術だ。
「逃しはしない。風で火が広がるなら、それを利用する。しかも、その火は勇能力の魔術によって発動した火。火力は相当なものだ」
やがて、四つの竜巻は中心にある炎の渦に接触しているため、四つの竜巻は火を吸収し、四つの竜巻は炎の渦へと変わっていった。
「ぐっ! ぐるしい!」
仲間殺しをした帝国兵は、首を掴み出した。
(火の中は、水中にいる時みたいに、息ができない空間だ。呼吸ができなくなって、苦しんでいるみたいだな)
パキーーーーーン!!! 突然、ガラスが割れた様な音が響き渡った。
「ぐぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
割れた音と同時に、仲間殺しをしたコルネリア兵が苦しみだした。
(こいつに纏っていた障壁が壊れて、全身に火が通るようになったのか。奴の火力の高い火の魔術が仇になったか。正直、私の魔術では、障壁を壊すのに時間が掛っていただろう)
「あつい! あつい! 暑いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
苦痛の叫びを出す仲間殺しをしたコルネリア兵。
「お前は、その声を何度聞いた?」
全身燃えた仲間殺しをしたコルネリア兵は倒れて行った。
「焼け死んだか。私が水の魔術を使えれば。いや、情けをかけたら、やられるのは、私だ。……取り敢えず、生き残った者を探そう。もしかしたら、いるかもしれ……」
(は!)
「……そう言えば、これだけの騒ぎがあるのに、コルネリア兵がこっちに向かってくる様子がない。軍を引いたわけでもなさそうだな。現に、こんな火の海にコルネリア兵が居たんだし。……まさか、街の外へ逃げだした住人がいて、それを追いかけにいったのでは? それなら、街の外へ……いや、まずは街に生き残りがいないか探すのか先か?」
フードを被った男性は走り出そうとしたが、足がふらついてしまった。幸い、転びはしなかった。
(く! 一瞬、目眩が! 魔術を全力で使った影響か。短時間で蹴りをつけたとはいえ、障壁を壊すのは一筋縄にはいかない。なんせ、障壁はドラゴンの攻撃でさえ、耐え切れるんだ)
フードを被った男性は、ふらつきながらも歩き出した。
「さて、この惨状をどうする? 私が、水の魔術を使えれば良かったが。生憎、風と地の魔術しか使えない。どうしたものだ。このままでは、城下街の近くにある森に燃え移ってしまう」
フードを被った男性が空を見上げると、曇り雲が空を追っていた。
「雨が振りそうな雲だな。ひとまず安心か。降らないと意味がないが……雨を振ることを祈るしかないか」
(しかし、連中は何が目的でイーリスを攻めたのか? まさか、先日イーリスで起きた事件が原因か? あの事件を引き起こせる者。それが帝国、いやダリアとかいう奴の狙いか?)
「……とにかく、私は私で、やるべきことをしなければ。あの子の……エドナの未来のために!」