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第1話 月虹(6)

 わたしはアルディラーンの言いつけをよく守った。相変わらず毎日外出していたが、叱られるようなことはしないよう用心していた。

 分別のあるところを見せたわたしは、少し無邪気さに欠けるようになったかもしれない。アルディラーンがわたしを見るまなざしに、どこか寂しげな陰りが差すことがある。勝手なものだ。


 拒食するほど嫌がった変化は、確実にわたしを進めていた。

 背が伸び、髪も伸び、花冠を難なく編めるくらいに指も伸びた。

 そして、甘い菓子や美しい宝石とともに、本を読むことを求めるようになった。アルディラーンは菓子職人や仕立屋のほかに、書籍商も出入りさせ、わたしの欲求を満たしてくれた。



 断食月の夜、アルディラーンはわたしを夜の街に連れ出してくれることになった。

 食事を済ませて戻ってきた彼を待ちかね、邸の入り口まで出迎える。


「見て、見て。新しい服よ、綺麗でしょう?」


 わたしはアルディラーンの前で、くるりと回って見せた。


 長袖長裾の胴着は、白地に金糸の刺繍で彩られたダマスコ織りで、胸前から前裾の割れ目まで真珠のボタンが連ねられてある。胴着の胸から覗く肌着は白の金紗で、角度を変えるたびにきらきらと輝く。

 脚には、薄い薔薇色の地に銀糸で花模様を刺繍したブルサの錦織をたっぷり使って仕立てた長袴を穿き、大判の青い絹の腰帯を、胴着の上からゆるやかに巻いている。

 頭には黄水晶の水仙を飾った天鵞絨の小さな帽子を被り、金の巻き毛には青と銀の細い飾り紐が編み込んである。

 金剛石の粒をいくつも繋いだ金細工の首飾りと、金の腕輪を嵌め、唇には一人前に薄い紅さえ引いている。さながら王妃か王女のような装いで、わたしは気取っておじぎした。


 アルディラーンはわたしを見つめ、感嘆の溜め息をもらした。


「とても綺麗だよ。皇帝の姫君のようだ」

「本当?」


 彼が喜んでくれているのがわかって、ふるえるほど嬉しくなった。


「さあ、出かけよう」

「はい」


 長身のアルディラーンと並んで立つと、腰くらいの背丈しかないわたしは、明らかに子供だ。だが装いはすべて大人の女と同じにあつらえてあった。


 断食月の夜は、祭りのように賑やかだった。ジャーミイは一晩中照明が点され、夜間の外出が許される。ムスリムは日没の祈りを済ますと、昼のあいだ禁じられていたぶん、大量の御馳走を食べる。また、家族や親しい者と連れだって街へ繰り出し、伝説や叙事詩を語る講釈や、弦楽器の弾き語りなどを聞きに行く。


 アルディラーンはわたしを影絵芝居見物に連れて行った。街頭で歌う弾き語りに耳を傾け、明るく浮かび上がるジャーミイを眺め、にぎやかな街路を歩いた。

 彼と初めて外出できたわたしは、目につくものすべてに興奮した。いままでにないほど笑った。


「あたし、もう少し大きくなるわ」


 偉大なる皇帝の名を冠した大ジャーミイを眺めながら、わたしは言った。


「そしてまた、アルと一緒に街を歩くの」

「いまのままでも、歩いてあげるよ」


 アルディラーンの返事が、あまりに言葉そのままだったので、思わず笑ってしまった。


(そういう意味じゃないのよ、アル。あたしが本当に望んでいるのはね)


 でも、それは言わない。いつか自然に理解してほしいから。


(でなきゃ、真実じゃないわ。そうでしょ、アル?)


「ちゃんとした大人になるわ、あたし。だから、ずっと一緒にいてくれる?」

「一緒だよ、ずっと」


 ――それが真実なら。


 青年の大きな手を、わたしはせいいっぱい強く握った。

 わたしたちは並んで手を繋ぎながら、眩く輝く勇壮なジャーミイを、いつまでも眺めていた。

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