第3話 薄明(6)
「女を捕らえよ!」
国政庁から派遣された警察長が、部下を率いて修道院の敷地内に踏み込んだ。
少し離れたところには、白い法衣をまとった初老の男が供を従えて立っている。おそらくカトリック教会の司祭だろう。管轄下の女子修道院に異教徒の役人が入り込んでも、渋い表情をかためたまま黙認している。
奇蹟を行う聖女が、じつは悪魔と通じた魔女だったとの通報があった。
通報を受けた国政庁は、聖女のいる修道院を統括するカトリック教会と協議した。帝国の国教はイスラムだが、帝国は他の宗教にも寛容で、移住者も異国人も信仰の自由が保障されている。
国政庁は聖女の真偽よりむしろ、聖女という存在が原因で社会の秩序が乱されることを警戒した。
一方、カトリック教会は身内が告発を受けたことに嫌悪感を表した。欧州では魔女狩りが盛んに行われているが、キリスト正教会が最も力を持つ帝国においては、カトリックやプロテスタントの魔女騒ぎは遠い異国の出来事だった。
そんなところに突然起こった魔女騒動である。教会は不名誉な告発を厭い、〈聖女〉を切り捨てることを決めた。
〈聖女〉は捕らえられるだろう。キリスト教国ではない帝国で裁かれても、死刑にならないはずだ。まして、欧州のように火刑になど。
それでも、キリスト教会からの破門は免れない。追放された彼女がどこへ行くのか、知ったことではない。
(あなたが悪いのよ)
木立の陰で様子を眺めていたわたしは、ひそかに思う。
(――あなたが、あんな顔をしているから)
胸の中に冷たい青い炎を感じながら、わたしは怯えているミロエを従えて修道院を後にした。




