第1話 月虹(1)
眠りにつくのは、いつも夜明け直前だった。
彼が眠らなければならない昼の時間。わたしの名前の由来になった太陽を見ることもなく、彼は夜闇を追いかけるように深い眠りにつく。
おやすみを言って見送り、わたしも少しだけ眠る。でも昼前には目覚め、彼のいない太陽の下の世界を過ごす。
アルディラーン。夜の世界の美しい住人。彼がなぜ夜の眷属となったのか、わたしには教えてくれない。ただ、罰だとか呪いだとかいうような言葉を口にしたことがある。いずれにしても、彼は遥かな夜をたったひとりで越えてきたのだろう。
「おまえを初めて見たのは真夜中だったが、まるで太陽のかけらがこぼれているのかと思ったよ。生まれて間もなかったおまえは、生命そのものの光り輝く赤子だった」
彼は〈月の島〉クレタ島でわたしを拾ったそうだ。月の女王の国で見出した子供に、太陽の贈り物なんて名前をつけるなんて。それほど太陽に焦がれていたということだろうか。
焦がれているだけならいい。手に入れようとして、取り返しのつかない大火傷を負ってしまうより、ずっと。
「おまえがどこから来たのか、両親は何者なのか、わからない。盗賊一味がどこからかさらってきた赤子がおまえだ」
「ふぅん」
気のない返事をして、わたしは上目遣いに彼を見上げる。自分の生まれには興味がない。それよりももっと、訊きたいことがあった。
「どうして盗賊なんかと会ったの」
無邪気な素振りで訊ねる。本当は答えを知っているのに。
彼が怯むのがわかる。表面は平静だが、わたしにはわかるのだ。
――目を開けてからずっと、彼だけを見つめてきたのだから。
「ねえ、どうして? もしかしてアルも盗賊だったの」
「わたしは盗賊ではないよ。おまえを見出したのは……偶然だ」
困ったような、寂しそうな笑みを浮かべ、彼はわたしの頭を撫でた。
わたしはお行儀よく座り、それ以上は訊ねない。それ以上追求すれば、きっと彼を苦しめることになるから。
彼が盗賊などと関わった理由――それは彼の〈狩り〉だったからだ。
永い、永い生命を繋ぐために、彼は人の血を飲まなければならない。だから彼は〈狩り〉をする。人が鹿や猪や鳥を獲るように。生きるためだ。仕方がない。
でも彼はそう思っていない。自分の存続のために、ほかの人間を狩ることを後ろめたく思っている。だからわたしから隠そうとする。わたしが幼い子供で、事実を知れば傷つくのではないかと心配している。
そんな必要ないのに。
そのときわたしはずいぶんと幼かったが、彼が思うよりはるかに大人だったのだから。彼が生きるために、誰かの命が必要なら、わたしは迷うことなく誰かを犠牲にするだろう。
毎日、宵に目覚めるアルディラーンは、起きるとすぐに邸を抜け出し、街へ食事に出かける。
大帝国の帝都であるこの街は、海峡を挟んで欧州側と小アジア側とに分かれている。欧州側の湾岸に面した邸は、人目に付きにくいという理由で選ばれた。
帝国人らしく装った彼は、人でごった返す宵の街路を歩き、獲物を見つけて食事をするのだ。
窓の外の宵闇を眺めながら、街を歩く彼の姿に思いを馳せ、わたしは彼が戻るのを待ち続ける。
この広い世界で、きっとわたしだけが、彼のことを待っている。そう自覚しながら。
彼の身内を焦がす孤独。わたしは小さかったが、それを知っていた。