表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

第1話 月虹(1)

 眠りにつくのは、いつも夜明け直前だった。

 彼が眠らなければならない昼の時間。わたしの名前の由来になった太陽を見ることもなく、彼は夜闇を追いかけるように深い眠りにつく。

 おやすみを言って見送り、わたしも少しだけ眠る。でも昼前には目覚め、彼のいない太陽の下の世界を過ごす。


 アルディラーン。夜の世界の美しい住人。彼がなぜ夜の眷属となったのか、わたしには教えてくれない。ただ、罰だとか呪いだとかいうような言葉を口にしたことがある。いずれにしても、彼は遥かな夜をたったひとりで越えてきたのだろう。


「おまえを初めて見たのは真夜中だったが、まるで太陽のかけらがこぼれているのかと思ったよ。生まれて間もなかったおまえは、生命そのものの光り輝く赤子だった」


 彼は〈月の島〉クレタ島でわたしを拾ったそうだ。月の女王の国で見出した子供に、太陽の贈り物なんて名前をつけるなんて。それほど太陽に焦がれていたということだろうか。


 焦がれているだけならいい。手に入れようとして、取り返しのつかない大火傷を負ってしまうより、ずっと。


「おまえがどこから来たのか、両親は何者なのか、わからない。盗賊一味がどこからかさらってきた赤子がおまえだ」

「ふぅん」


 気のない返事をして、わたしは上目遣いに彼を見上げる。自分の生まれには興味がない。それよりももっと、訊きたいことがあった。


「どうして盗賊なんかと会ったの」


 無邪気な素振りで訊ねる。本当は答えを知っているのに。

 彼が怯むのがわかる。表面は平静だが、わたしにはわかるのだ。

 ――目を開けてからずっと、彼だけを見つめてきたのだから。


「ねえ、どうして? もしかしてアルも盗賊だったの」

「わたしは盗賊ではないよ。おまえを見出したのは……偶然だ」


 困ったような、寂しそうな笑みを浮かべ、彼はわたしの頭を撫でた。

 わたしはお行儀よく座り、それ以上は訊ねない。それ以上追求すれば、きっと彼を苦しめることになるから。


 彼が盗賊などと関わった理由――それは彼の〈狩り〉だったからだ。

 永い、永い生命を繋ぐために、彼は人の血を飲まなければならない。だから彼は〈狩り〉をする。人が鹿や猪や鳥を獲るように。生きるためだ。仕方がない。

 でも彼はそう思っていない。自分の存続のために、ほかの人間を狩ることを後ろめたく思っている。だからわたしから隠そうとする。わたしが幼い子供で、事実を知れば傷つくのではないかと心配している。


 そんな必要ないのに。


 そのときわたしはずいぶんと幼かったが、彼が思うよりはるかに大人だったのだから。彼が生きるために、誰かの命が必要なら、わたしは迷うことなく誰かを犠牲にするだろう。


 毎日、宵に目覚めるアルディラーンは、起きるとすぐに邸を抜け出し、街へ食事に出かける。

 大帝国の帝都であるこの街は、海峡を挟んで欧州側と小アジア側とに分かれている。欧州側の湾岸に面した邸は、人目に付きにくいという理由で選ばれた。

 帝国人らしく装った彼は、人でごった返す宵の街路を歩き、獲物を見つけて食事をするのだ。


 窓の外の宵闇を眺めながら、街を歩く彼の姿に思いを馳せ、わたしは彼が戻るのを待ち続ける。

 この広い世界で、きっとわたしだけが、彼のことを待っている。そう自覚しながら。

 彼の身内を焦がす孤独。わたしは小さかったが、それを知っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ