第3話 薄明(1)
「まあ、あなた」
修道女は驚いた様子で灰色の目を瞠った。
「今日はどうしたの、お嬢さん」
「あなたにお話があってきたの」
「話? なにかしら」
警戒心のかけらもない修道女は、子供相手にそうするように、腰をかがめて顔を近づけた。
「あなたのところに、夜、黒髪の男の人が来ているでしょう」
「――えっ」
修道女の顔色が、明らかに変わった。
「ここ、男子禁制でしょう? 男の人が夜に来ていたりしたら、大変よね」
「……あなた、いったい」
修道女の面は、いまや蒼白だ。
(ろくに嘘もつけないのね)
侮蔑を込めて眺める。それも一瞬、すぐに微笑した。
「心配しないで。あたしは彼の家族なの。誰にも言わないわ」
「家族……?」
「そうよ。ねえ、彼はあなたに、大切な秘密を打ち明けたかしら。あなたになにか差し上げるって言わなかった?」
あるいは。
「あなたから、なにかが欲しい、とか」
修道女は意味がわからないように、しばらく惚けていたが、やがて首を振った。
「いいえ、そんなことは、なにも……ただ、少し、お話をしただけ」
見る見るうちに頬が染まる。頭布がなければ、首まで赤くなっているのがわかるだろう。
熱っぽく潤んだ灰色の瞳を、わたしは刺すように見つめた。
「彼の秘密を教えてあげる。――彼は魔物よ」
「……えっ?」
「魔物なの。あなたの神さまを冒涜する闇の住人よ。だから、注意したほうがいいわ」
灰色のまなざしから、光が失せていく。
少しだけ愉快な気分になったわたしは、くすくす笑いながら修道女に背を向けた。




