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10:おとこはゆめをみた

ご覧くださりありがとうございます。

「おにいさま、おにいさま。」


 さびしくって、こわくって、音湖はがんばってこえをだした。

 音湖のおうちはいつもうす暗くて、あちらこちらにろうそくの火があって、ときどき、ひとがたおれていて、()()()()()が、どこにいてもおそってくる。

 音湖はまだ五つだったけれど、あまりじぶんが期待されていないらしいことをしっていた。あんまり、()()()()()のちからがつよくないのだ。

 おとうさまとちょくせつ血がつながっていないひとでも、つよいかどうかのほうがたいせつで、おうちをつぐのはそのひとたちなのだと、きいた。

 だから、いつもだあれもたすけてくれなくて、さびしくって、こわい。

 それだけど、じょうすけおにいさまと、ニコおにいさまだけは、音湖のこと、まもってくれる。

 いっしょにいると、あったかくて、しあわせになる。いっしょにいてほしい、ずっといっしょにあそんでほしい。


 だから音湖はさがしていた。

 いま、なにかが音湖のうしろにいて、おいかけてくるけれど、きょうはおにいさまたちがいらしていたはずだから、きっと、きっと、見つけてくれる。


「じょうすけおにいさま、ニコおにいさま、たすけて!」


 音湖はがんばってはしった。

 はしって、はしって、よんで、よんで、そうしたらきっと、見つけてくれるはずだから。


 せなかに、いやななにかがどんどんちかづいてくる。


「こないで、やだ、やだ。」


 こわいものが、音湖をつかまえようとしている。

 つかまえられたら、きっと、きっと、しんでしまうのだ。それがわかるから、音湖ははしった。


「たすけて!おにいさま、おにいさま!」


 なんども、なんども、よんだ。

 けれどだれも音湖をみつけてくれなくて、ただ、せなかのこわいけはいがぐっとちかづいて、音湖のめのまえはまっくろになった。



 ぽかぽかと、お日さまの暖かさと眩しさが身体を包んでいる。瞼の向こう側が明るくて白い。起きなければと音湖は思った。

 眩しい眩しいと思いながらゆっくりと瞼を開けて、ああ、と溜息をつく。

 思い出した。化け物になって、千ニ百年後に来て、ここは学園の保健室なんだっけ。

 横たわったまま、音湖は軽く伸びをした。よく眠れたらしい、頭が冴えている。外の天気は晴れ、いい感じに雲が浮かんでいて、今は何時だろうか。

 触り心地の良い真白なシーツの中で身動ぎする。そういえば今、夢を見ていたなと思い出した。

 その夢はもう何度目かも分からない、本当によく見る夢の一つで、幼い頃のトラウマだとか何だとかが基になっているのだと知っていた。


 音湖は神御成の正統なる跡継ぎだ。それはそうなのだが、そういうことになったのは、実はかなり最近のお話である。

 音湖の生まれ持った霊力は大して強くない。薬丸にも蛇呑にも大きく劣るだろう。

 ただ、女性という霊力使用適性の高い身体と、それなりの努力と、センス。偶然それらを持ち合わせていたから、音湖はかなり戦える方でもあった。

 神御成家は実力主義というよりは才能主義、次いで血統主義みたいなところがあって、結果的にどの程度戦えるかよりは、例えまともに術が使えなくても所持する霊力量が多くて強いほうが良いという価値観を根強く持っている。

 故に、現当主唯一の実子である音湖は当然当主にはなれないはずだったし、音湖自身もそれに異論はなかった。神御成の家に生まれた以上血筋に対するプライドこそあったが、そもそもの扱いが良くなかったから、まあ継げないのだろうなと漠然と分かっていた。

 そこに、件の『機械』である。


「お父様は、何を考えていらしたのかしら。」


 未だにそれが分からない。

 父親に、当主に、大切にされた覚えはまるでない。正直、父娘という関係性でもなかったように思う。あの人にとって、音湖はただの駒に過ぎなかったはずだ。

 その割に、音湖よりも先に『機械』に突っ込まれて殻になったのは、音湖より遥かに評価の高かった跡継ぎ候補達だった。

 確かに、当主は世界を救うべく『機械』の使用を躊躇しなかった。

 それでも順序というものがあっただろう。弱いものから、順々に消えていったのだから。跡継ぎ候補達だって、力や血筋がよくよく考慮されて、優先順位の低いものから殻になっていったのを、音湖は知っている。

 つまり、音湖が『機械』に入れられたそのタイミングがとにかく謎なのだ。なぜそれまでずっと温存されていたのかが、疑問で仕方がない。

 どう考えても早々に切り捨てられる駒だったはずだ。それなのに何故。

 例えば、父娘の情、だとか、実は当主が音湖のことを愛していて犠牲にしたくなかっただとか。

 それはあり得ないだろうと考えている。個人的な感情抜きにして、そうだろうという確信があるのだ。何だかんだ十六年側にいたので、あの人が何というか、そういう感じの人でないことは知っている。

 だから、恐らく何か明確な理由があるのだ。音湖を、最後の方まで取っておいた、理由が。


「夢、か。」


 夢。薬丸に言われたことを思い出す。音湖は、『成り損ない』の夢を受信できる、唯一。

 

「あり得る。」


 音湖はガバリと身を起こして、膝に肘をついて顎を支えた。

 霊力こそ強くなかったが、神御成直径の血筋には価値があった。

 降霊、対話、思念の読み取り。血筋が物を言う適性勝負の術。そのあたりは、誰と比較されても恥ずかしくないだろう自信があった。というか、それ以外に他者より優れている点が思いつかない。情けないが本当に、天才だとかの類ではないのだ、音湖は。

 

「……そういえば。」


 今し方見ていた夢のことも、少し気になった。蛇呑と薬丸を必死に呼ぶ、幼い姿をした音湖の夢。

 最後には二人が音湖を見つけてくれて、ぎゅっと抱きしめられて目が覚める、いつも決まってそういう内容だったはずだ。

 だが今回は違った。音湖は最後まで一人のまま、二人は音湖の声に応えないまま、最後に背中に強烈なコワイモノ、の気配を感じて目が覚めた。要は、助けてもらえないまま捕まってしまったのだろう。

 再び溜息をついた。幸福が逃げるだとか何だとか言うが、不幸を逃がすためにもたまの溜息は必要だ、そういうことにしたい。

 だって、このタイミングで見るにしては、本当に嫌な夢なのだ。どうしても思い出してしまう、眠る前―昨日、あるいは今日なのだろうか。薬丸の、あの、得体のしれない隠し事。


 空気は比較的読める方、だと思う。

 薬丸のことも、蛇呑のことも、音湖はとてもとても信頼している。

 ついでに、当主のことも、それなりに信頼している。

 神御成当主のくだらない願いのために、乱心のために、命を使われかけた。それが音湖の認識だった。しかし、キーパーソン云々の話を聞いて考え直すと、話が変わってくる。

 神御成家をめちゃくちゃにした張本人、有能な術師まで殻にしてどうしてくれる、そういう話をすればそれまでだし、プライドだけ高い、ぼんくら、無能と思わんこともない。というか思っている。そもそも神御成の一族は本家も分家も等しく金の亡者で性格が良くないし、どう良く見たって善人ではない、それは知っている。

 しかし、誰より強い術師であったし、判断力に関しては称賛に値する人だった。だからこそ。


 勝算があったからこんな奇行に走ったのではないか?


 そう思えてならない。神御成一派を片っ端から殻にしてまで世界を救おうとした、その勝算とは何か。そもそも救うとはどういう意味なのか。

 ただの乱心ではない方に賭けるとして、神御成当主に気づけたことが、薬丸と蛇呑には分からないなんてことあるだろうか。音湖の見立てでは二人のほうが余程優秀だし、何より、千二百年あったのなら、時間は足りているはずだ。

 

「私は、ここねともう一度話したい。」


 確かめるように、音湖は呟いた。


「それには、お兄様達の協力が必須。」


 そもそも、何が何だかまだ分からない部分が多すぎる。情報が欲しいし、もし本当にどうにもできなかったとして、じゃあただ諦めて蹲るというのも癪だ。いずれにしろ、長い間ここにいて、自分よりも才覚がある二人の力は借りるべきだ。


「多分、薬丸のお兄様の企みも、そう悪い内容ではないはず。」


 そういう人だと思う。考えうることとしては、音湖に対してはとてつもなく悪い話で、もっと広い目で見れば良い話、という場合だ。どちらにせよ、とにかく気になるし、知りたい。


「……よしっ!」


 音湖は勢いをつけて、ベッドから降りる。

 再び大きく伸びをした。気持ちの良い朝だ。昼かもしれないが、そのあたりも、聞いてみよう。

 用意されていた上靴があるのに気づく。履き慣れた靴、音湖自身のものだ。靴箱に置きっぱなしにしていたのを、丁寧に置いておいてくれたのだろう。

 靴底がキュッキュと鳴る。懐かしい感じだ。

 歩くのも随分久しぶりで、変な感じがする。ぎくしゃくする身体を動かして、扉へと向かう。長いこと眠っていたはずなのに、とくに筋肉の衰えは感じない。すぐに滑らかに動けるようになった。

 進んで、途中、鏡があるのに気づく。洗面台に備え付けられたそれは音湖の姿を反射した。


「わあ。」


 右目側、懐かしいここねの赤い瞳が覗いている。

 愛おしくて、懐かしい。鏡に身体ごと寄って、撫でる。肌も、瞳も、まつげの一本ずつも、どんな宝玉より大切で……。

 けれど無視できない話、その瞳孔が、白い。


「……。」


 驚いたが、酷い動揺はなかった。己の賭けが成功とは言い難いことは、そろそろ認めるべきだろうから。志津丘ここねは確かに死んだ。瞳孔が白いのは、彼女は生き返ってなどいない、そういうことだろうか。

 だがその身体は確かに脈打っている、温かい、そう感じる。それはここねの心臓だろうか。それとも、音湖の?

 どちらであれ、今またその瞳の開いているところを、温かな肌を、目にし触れられたことが嬉しくて堪らないのだから、欲深い。

 自分勝手だが、ここねは怒らないだろうと思えた。冷静になって考えると、もしここねと音湖の立場が逆だったとして、ここねは同じことをしただろうという気がする。そういう信頼がある。

 音湖は幸せそうに笑って、目を閉じた。瞳の裏で微笑むあの頃を、しばらく、噛み締める。


「……、そうだ、パーティー。」


 ふと、音湖が目覚めたらパーティーをしてくれると、薬丸が言っていたのを思い出した。


「ふふ、楽しみ。」


 クラスメイトは皆、元気だろうか。

 早く顔が見たくて、うずうずしてくる。

 音湖は鏡から目を離す。それで今度こそ、踊るような足取りで保健室の扉から飛び出した。

 遠くでうっすらとざわめきが聞こえる。まとまった人数がそこにいるのが分かった。


「あっちは、食堂のほうね。」


 廊下は走らない、なんて書かれたポスターがあったはずなのに、いつの間にかなくなっている。ただ、貼られていたシールの黒ずんだ後だけが残っていた。

 立ち止まり、少し、悪い事を思いつく。悩んで、少しだけ考えて、それから音湖は、思いきって地面を蹴った。

 誰一人いない廊下に、素早い足音が響く。

 千二百年経っているのだ、校則もそろそろ老いた頃だろう。

 タッタッタ、と音がする。反響して、まるで一人じゃないような気分だ。


 タッタ、タッタッタ。


 見慣れた校舎で、初めての校則違反をして、それが何だかとても楽しくて。音湖はくすくす笑いながら、食堂の皆の元へと走った。

お読みくださりありがとうございました。

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